02.06.動き出す生徒会長

 いつも私より早いのに、今朝はまだ起きてきてないのか。


 とおるに関する噂話は色々と耳に入って来てるけど、どれも他愛もない事ばかりだ。本気にしてとおるに接触しようとした男子が殺到してたけど、とおるがそんな事するわけない。

 だって、男の子……なんだから。


 「誰かれ構わず笑顔を振りまいちゃって、調子に乗ってるからこんな目に遭うんだよ」


 「とおるちゃんの事?」


 「……何でもない」


 でも、ちょっと心配かな。昨日も嘔吐してたみたいだし、もしかしたら……


 「ちょっと見てきてくれない?」


 それが出来るならとっくにしてるよ。とおるは私の事……


 「ごめん、用があるからもう出るね」


 「そう、いってらっしゃい」


 とおるから逃げるように家を出る。とおるは……、寝坊しただけだよ、きっと。


 でもこの日、とおるは学校を休んだ。


 「昨日も激しかったんじゃない?」


 「マジで? 変な病気持ってたりしないわよね」


 本人が居ないこといい事に、皆んな言いたい放題。


 「義理とはいえ、あんなのと姉弟だなんていい迷惑だよな、伊織いおりも」


 特に、彼はあからさまかな。皆んなみたいに影でコソコソっていうんじゃなくて、こんな感じで直接とおるの悪口を言ってくる。


 「いい加減にしないか、正清まさきよさん。君はとおるさんの何を知っているというんだい?」


 「何も知らないし、知りたくも無いねぇ。不特定の相手と関係を持つようなメスの事は」


 「君は――」


 「いいの、武神たけがみさん」


 「しかし、これじゃとおるさんが……」


 このクラスでとおるの事を心配してくれてるのは武神たけがみさんぐらいかな。


 「調べてみましょうか。どう考えても誰かの嫌がらせですものね」


 水無みなさんも、かな。

 私は……


 「だよね~、あんなに可愛いんだから、わざわざ募集する必要なんてないもんね~」


 大金おおがねはどっちなんだろう……


 「ホームルーム始めるぞー、皆んな席に着けー。姫神ひめがみは、何かお疲れみたいだ。皆んなは程々にしとけよー」


 担任までこんな感じだ。数学教師みたいに明確に言わない分、文句の言いようも無いんだけど。


    ◇◇◇


 昼休み。


 「姫神ひめがみ とおるさんの事について訊きたいことが有るのだけれど、少しいいかしら」


 「天照あまてらす会長……」


 この学校の生徒会長にして、2年の学年首位。容姿も端麗で才色兼備を体現したかのような女性。そんな先輩がとおるの事を聞きたいと……


 「好きなものを頼んで。今日は私がごちそうするわ」


 連れてこられたのは、特選カフェテラス。学食から隣接する庭に張り出してるんだけど、その名の通り、特選の生徒以外は利用できない。といっても、そんなに席数が多いわけでもないから、ほとんど3年生専用って感じなんだけど。

 そんな限られた空間の中でも、ここは更に特別。生徒会長専用の特別席だ。隣の席ともかなり離れているし、そんな隣の席でさえ、遠慮して誰も使おうとはしない。


 「あの……、訊きたいことっていうのは……」


 「そうね。では、単刀直入に。貴方は彼女の事をどう思っているのかしら?」


 「どう? えっ?」


 てっきりセフレの件で話があるのかと思ってた。とおるは休んでるから代わりに私に……


 「姉のとおるさんは7月生まれ、弟の貴方は8月生まれ。当然、双子のわけないのだから血の繋がらない姉弟ということになると思うのだけれど、正しいかしら?」


 「はい。両親が再婚して私達は連れ子同士ですので」


 「そう、そんな二人が同じ屋根の下に……。理想的なシチュエーションね」


 「理想的?」


 「あら、そんな風に聞こえたのかしら。だとしたら、それは貴方の願望ね」


 いや、絶対言ってるし……

 でも、願望か……


 「天照あまてらす家と関係する企業に姫神ひめがみという男性社員が居たの。珍しい名前よね、姫神ひめがみなんて」


 確かに珍しい名前だから、多分お義父とうさんだと思うんだけど、何の話?


 「最近、同じ名前の女性まで現れたの。確か、旧姓は紅葉坂もみじざかだったかしら」


 もうお母さんで間違いない。


 「彼女には娘さんが居て――」


 「会長、それ以上は……」


 知ってるんだ、会長……、私達の事……

 嫌、席が離れてるからって声が漏れないわけじゃない。知られたくない、私が女の子だったなんて。やっと吹っ切れそうなのに……


 「そうね。敢えて言うまでもないわね。貴方の方が良く知っているのだから。本題に入りましょうか。知っての通り、彼女は今、校内で嫌がらせを受けているの。かなり悪質のね」


 彼女って、とおるの事……。なんだ、てっきり私達の事知ってるのかと……

 でもこの人、とおるがそんな事しないって解ってくれてるんだ。もしかして、力になってくれるのかな。とおるが普通に学校に通えるように。


 「それで、本人から状況を訊こうと思ったのだけれど、今日は欠席しているみたいだから義弟おとうとの貴方から詳しい話を訊こうと思ってね。事態が深刻になる前に手を打った方がいいでしょうから」


 手を打つ……

 週末には二泊三日のブートキャンプが予定されている。手っ取り早く友達を作ってしまおうという学校側の計らいなんだけど、こんな状況で参加するのは辛いだろうな、とおる。だから、私の知っていることで話せる事は全部会長に話した。といっても、特別何かを知っているわけでも無いから、目新しい情報は無かったみたいだけど。


 「時間はかかるけど、監視カメラの映像を調べてみようかしら。まともに機能していれば何かしらアラートが上がってきても良さそうなものなのだけれど。委託先に丸投げで機能不全に陥っている可能性もあるわね」


 そう言って貰えた。


 「ところで、貴方はこのままでいいのかしら? 私にはその方が都合がいいのだけれど」


 ついでに、そんな事も。

 このままでいいわけなんて……ないよ……

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