02.05.アンチ・マジック

 入学から数日後。


 「君は凜愛姫りあら、君は凜愛姫りあら、君は凜愛姫りあら


 鏡に映るJKに向かっていつものように魔法を掛ける。

 凜愛姫りあら……、凜愛姫りあらに会いたい……


 隣の部屋に居るのは知らない誰か。名前は確か伊織いおりだったかな。話し掛けても返事もしない冷たい誰か。だから、彼のことはもうどうでもいい。


 「折角のJKなんだから、楽しまないとねっ!」


 なーんて、これも魔法。本来の僕を封じ込めて、理想とする凜愛姫りあらという女の子の仮面を被るための。だって、こうでもしないと嘔吐感で立っていられなくなるんだもん。


    『姫神ひめがみさんってさあ、全然名前覚えないよね』

    『うん、私も今だに鳥海とりうみなんて呼ばれてるよ。3組の娘も同じこと言ってたかな』

    『ニコニコしてるだけで本音で話さないんだよね。自分の事も何も話さないしさ』

    『しっ、姫神ひめがみさん来たよ』

    『お、おっはよ~』

    『おはよう、姫神ひめがみさん』


 何となく聞こえてきたそんな会話。確かに言われてる通り、名前は覚えられてない。本音で話してないのかな……、話の内容に興味が持てないし、自分の事は……知られたくない。毎日毎日上辺だけの会話と意味もないメッセージの送り合い。既読チェックに影口に、ちょっとした嫌がらせ。こうなったのは僕にも原因があることは解ってる。思い描いていたのとは、夢に見てたのとはあまりにも違いすぎる関係。でも、ここで止めたらまたハブられる。そんなのもう嫌だ。


 「君は凜愛姫りあら、君は凜愛姫りあら


 よし、準備できた。リビングへ降りて最終確認だ。


 「おっはようございま〜す」


 「あらとおるちゃん、今日も元気いっぱいね」


 大丈夫そうだな。丁度伊織いおりも降りてきた。


 「おっはよう、伊織いおり


 「……」


 いつも通り目も合わそうとしないか。まあ、こいつはこういう奴だ。気にしても仕方ない。別々に通学してるし、次に話仕掛けるのも寝る前の挨拶ぐらいだし。そっちも返事はないけどね。


    ◇◇◇


 「おっはよ〜」


 「「「……」」」


 あれ……沈黙?

 直前までガヤガヤしていたのに教室が静まり返ってしまった。しかも、何だか視線が突き刺さるような気が。おかしいなぁ。昨日はちゃんと返ってきたんだけど……

 変な空気の中自席へと向かったけど、昨日までみたいにクラスメイトが集まってくることもなかった。


 「おはよう」


 「ああ、おはよー」


 席に着きがてら、隣の亀島かめしまさんに挨拶したけど反応が微妙。反対側の中木なかぎさんは答えてくれないし、猿島さるしまさんは……こっちを向いてもくれないか。

 どうなってるんだろう。僕、何かしちゃったのかなぁ。これだと中学の時と変わらないんだけど……


 休憩時間も、昼休みも、ずっとこんな感じだった。僕が話しかけても無視されるし、近づいたら逃げていく。


    ブルルルルル ブルルルルル ……


 はぁ、まただ。

 スマホに届いたのは『いつヤれるの?』ってメッセージ。他にも、『俺のは結構凄いんだゼ!』とか、『君とだったら6日間ぶっ続けでヤれるっ』とか、授業中だろうが休憩時間だろうが関係なしに変なメッセージが届く。ご丁寧位にクラスと実名入りでね。

 流石に同じクラスの人は居ないけど、逆に連絡先を交換した覚えもない人ばかりってのが気持ち悪い。


 「誰彼構わず連絡先教えるのは不味かったのかなぁ」


 なんて言った所で、誰かから返事が返ってくるわけでもない。こうなっちゃったらアプリを削除するしかないか。アカウントと一緒に。


 でも、これだけじゃ済まなかった。

 次の休憩時間、誰かが教室のドアを開けたのを皮切りに他のクラスの男子が流れ込んで来る。全然面識ないのに僕の方を目指してさ。それはもう、怖いくらいの勢いで。で、こんな事言い出したんだよ。


 「メッセージ送ったんだけどさ、アカウントが存在しないって言われちゃうんだよな。だから直接確認しに来た。もう受け付けてないのか? 俺も……お願いしたいんだけど」


 アカウントは削除したし、そもそもアプリもアンインストールしたから当然なんだけど……


 「何の事?」


 「何の事って、お願いしたらヤらせてくれるんじゃないのか?」


 おいおいこの下衆男、仮にも、いや本当に仮の姿なんだけどさ……、仮の姿だといいんだけどさ……、とにかく女の子を前に、しかも公衆の面前でよくこんなことが言えるよね。だいたいから、そんな女の子なんて居るわけ無いと思うけど?


 「俺もだ。俺の初めてを君に――」


 「俺も頼むっ」


 「てめえら、順番だぞ。俺が最初だ」


 初めてだろうが何だろうが興味もないし、先着順ってわけでもないんだけどさ。


 「いい加減にしないか、君たち。女の子に対して失礼だろう」


 文句の一つも言ってやろうかと思っていたら、イケメンまで割り込んできちゃうし、あーもう、どうしたらいいんだろう。


 「誰だ、てめえ。この女と何の関係があるんだよ」


 「只のクラスメイトだ」


 「ちっ、誰でもいいとかいいながら、イケメン捕まえたからもう要らねえってことかよ。クソアマが」


 クソアマってさぁ……

 只のクラスメイトだって言ってるのに。


 「大丈夫かい? とおるさん」


 「えっ、まあ、この程度は。あははは」


 中学時代に比べればまだましかな。でも、こんな風にならないようにしてたつもりなのに。


 「ごめん、いきなり名前を呼ぶのは失礼だったね。義弟おとうとさんも同じ苗字だから、その……」


 「まあ、そうだよね。とおるで大丈夫だよ」


 「ではそう呼ばせてもらうとしよう。それで、できれば連絡先を交換させて貰えないだろうか。困っていることがあるなら力になりたい」


 「あー、さっきの人が言ってた通り、アカウントは削除しちゃったから。変なメッセージが届くようになっちゃって。だから、今は家族以外とは連絡取りたくないかな」


 「そうか。確かにそうだね。無神経な申し出をして済まない。でも、何か力になれることがあったら遠慮なく言って欲しい」


 「うん。ありがとう」


 武神たけがみくんだったかな、鬱陶しいとか思ってごめん。いい人みたいだな。

 伊織いおりは……、僕のことなんか気にもしてないみたいだね。


 「武神たけがみ、君はこんな人に関わるべきじゃ無い」


 「正清まさきよさん、何を言っているんだ」


 「火のない所にって言うだろ。俺だって噂の全てが真実だとは思わない。だが、彼女の態度こそがこういう事態を招いているんじゃないのか? 多少容姿が優れているからって、いい気になりすぎなんだよ」


 「止めないか、正清まさきよさん」


 噂……、だからこんな事に。

 でも、誰が……


    ◇◇◇


 こんな碌でもない日でも、家に帰ったら仮面を取って元の自分に戻らないといけない。凜愛姫りあらを演じるのは疲れる。心がすり減ってしまう。


    オエッ


 はぁ、嗚咽感が止まらない。今日はいつにも増して。


 僕はこんなことがしたかったんだろうか……。

 明るく振る舞って、上辺だけの関係だけ取り繕って……、正清まさきよみたいな奴に罵られて……

 こんなの凜愛姫りあらじゃない。


 「何もしない方がましじゃん……」


 どうせ同じ結果になるんだから……


    ◇◇◇


 翌朝。


 「君は凜愛姫りあら、君は凜愛姫りあら、君は凜愛姫りあら、君は……」


 結局、いつものように魔法をかけてしまう。

 それにしても酷い顔だな。隈が二重にできてるし、目が死んでるよ。


    オッ、オエエエエッ


 あれ、魔法が効かない……


 「君は凜愛姫りあら。折角のJKなんだから、楽しまないと……。楽しむ……」


 何を……

 上辺だけの会話を?


 「違う」


 じゃあ、誰かの陰口?


 「それも違う」


 『俺の初めてを君に』


 「違う、違うっ」


 だめだ……。今日は休んじゃおっかな……

 凜愛姫りあら……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る