02.03.亀と猿と

 「あれ、誰も居ない」


 リビングに降りてきたんだけど、誰も居なくてテーブルに書き置きが残されてるだけだった。


    昼飯食いに行ってくるからお前はこれで好きなもん食べろ


 父さんの字だ。でも、そっか。もうこんな時間なんだ。

 帰宅したのは11時前。慣れないことして疲れたからちょっと休憩ってベッドにダイブしたんだけど、そのまま眠ってしまったみたいだ。もう14時になろうとしてる。

 緊張して昨日は眠れなかったしな……

 でも、起こしてくれれば良かったのに。僕なんて居ないほうが良かったのかな……


 「そうだ、弁当」


 明日からは普通に授業が始まる。勿論学食もあるんだけど、凜愛姫りあらと話す切欠が欲しい。


 「うん、弁当作って凜愛姫りあらに渡そう!」


 そうと決めたら食材の調達に行かなくちゃ。幸い近くに大型スーパーもあるし、確かフードコートもあったよね。


    グググー


 「先にお昼かな♪」


    ◇◇◇


 「はい、カツカレー、お嬢ちゃん可愛いからカツ2倍盛りっと」


 「うわ~、ありがとう、おにいさん♪」


 作り笑顔に媚びるような仕草、ミニスカJKパワーはすごい。でも、このキャラ疲れるからもういいかな。後は食材買って帰るだけだし。

 平日のこんな時間だからなのか、フードコートもスーパーの店内もあまり人が居ない。知り合いも居るはず無いし、素のままでも大丈夫かな。本来の自分に戻り、弁当箱を2つとお肉なんかを中心に淡々と食材をカゴに入れていき、レジへと向かう。


 「あっ」


 「ん? ああっ」


 レジに居たのは隣の席の女の子だ。知り合いなんて居ないと思ってたのに、こんな所に……


 「姫っちじゃん。ふーん、彼氏くんに弁当作っちゃったりとか?」


 「えっ、いや、これは自分のと義弟おとうとの分を……。えーっと……」


 姫っちか……。それより、名前、なんだっけ。いっぱい交換したから全然覚えてないよ。うーん……確か動物だったような……


 「猿田さるたさんっ!」


 「はあ? 猿っちはそっち」


 「ウッキー、ってこら、猿って言うな、猿って」


 あっ、隣のレジの人も最後列の人だ。一緒にバイトしてるのかなあ。


 それより、彼女の名前なんだっけ……、うううう……。


 「亀島かめしま 夢妃ゆき。席隣なんだからさぁ、頼むよ」


 「う、うん。ごめん」


 やっぱり動物だった。こっちが亀島かめしまさんで、あっちが猿田さるたさん。こっちが猿で、あっちが亀。猿と亀、猿と亀……


 「で? 弟という名の彼氏くんは何処のどいつなのかな~? 気になるな~?」


 「気になる、気になるー」


 「いや、本当に弟なんだってば。姫神ひめがみ 伊織いおり、同じクラスの」


 「言われてみれば同じ名字だな……、つまんねーの。まあいいや、名前覚えてなかったから友情割引は無ーし。正規料金払ってってねー」


 「あはは。じゃあ明日学校でね」


 猿田さるたさんの下の名前、名簿で調べとかなきゃ。慣れてないからな、こういうの。小学校のときは同級生が6人しか居なかったし、中学の時はハブられてたもん……


    ◇◇◇


 その日の夕食。

 といっても、凜愛姫りあらは昨日引っ越してきたばかりだから、こうして並んで食卓に着くのはまだ2回目。昨日は何だか怖い感じだったんだけど……


 「あ、あの……、凜愛姫りあら


 「……伊織いおりだから」


 ううう、やっぱり今日も怖い。弁当の事伝えておこうと思ったんだけど、怖くて言えない……


 「凜愛姫りあら、いい加減になさい。とおるちゃん怯えちゃってるじゃない」


 「……」


 凜愛姫りあらはそのまま黙り込んでしまい、誰とも目線を合わせようともしなかった。


 「そんな大した話じゃないから……」


 明日の朝渡せばいいだけだもんね。


 結論を言うと……、弁当は受け取ってもらえなかったんだ。

 『頼んでないから』か。確かに僕が勝手に作っただけだけどさ……

 これでも早起きして頑張ったんだよ?

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