02.02.すれ違う気持ち

 代表挨拶も無事終わり、少し落ち着いたかな。さっきは余裕無かったから話し掛けられても答えられなかったけど、今なら……って、もう今更かな。誰も話し掛けて来ないよね、こんな私には。


 とおるは変わってしまった。これも病気の所為なのかな。私が未来に希望を持てなくなったのとは反対にとおるは明るくなった。全然別人みたいに。

 私だけのとおるだった筈なのに皆んなに笑顔を振りまいちゃってさ。


 でも、その甲斐あってかとおるは今クラスメイト達に囲まれている。男子も女子も、さっきまで私の所に来てた人達がとおるの所に集まってる。そんなとおるを見てると、何だか嫌な気分になってくる。特に女の子は嫌……かな。とおるも女の子なのにね。


 「注目されていますね、彼女。やっぱり貴方も姫神ひめがみさんみたいな女の子が好みですの?」


 そう話しかけてきたのは左隣の火神かがみ 水無みなさん。


 「とおるは私のあ、姉なので」


 「そうでしたか。怖い顔で凝視されていたものですから、男の子に囲まれているのが気に入らないのかと思いまして」


 「凝視なんて……」


 してたのかな……

 とおるが何を考えているのか分からないけど、私にはどうする事もできないのに……


 「二人はあまり似ていないようだね」


 右隣からは武神たけがみ 刃瑠香はるかさん。男子の制服を着てるけど、名前から想像するに元々は女の子だったんじゃないかな。でも、そのまま刃瑠香はるかって名乗ってるのか。私なんて凜愛姫りあらなんてのは耐えられなくて伊織いおりに変えちゃったんだけど。


 「血は繋がってないから」


 「つまりは、義理の姉弟が同じ屋根の下で……」


 確かに一緒に暮らしてるけど……、そんな怖い顔しなくても。


 「家では殆ど話してないから」


 私が無視してただけなんだけどね。だって、どう接していいのか判らないんだもん。私はずっと楽しみにしてたのに。とおると一緒に暮らせるんだーって。なのに、こんな事になっちゃってさ。とおるは何でそんなに楽しそうにしていられるの? 私の事はどうでも良かったの? 私はとおると……


 「そうなんだ」


 武神たけがみさんの声が弾んでるように思えた。ううん、こころなしか笑みがこぼれてるかな。


 「良かったですわね、刃瑠香はるかさん。さっきは挨拶されて硬直してましたものね」


 「止めてくれ水無みな。あれは……驚いただけだよ。突然だったんでね。しかし、凄い人気だね、姫神ひめがみさん」


 「刃瑠香はるかさんも急いだほうがいいんじゃなくって?」


 やっぱりそうなんだ。武神たけがみさんはとおるの事が気になってるんだね。元々女の子だった筈なのに……、いや、これは私の勝手な推測か。

 私も気にしないでとおるの事好きなままでいれば良かったのかな。そしたら笑顔で接しられたのかな……


 でも、本当は男の子なんだよ、とおるって。

 これは言ったらダメなんだけどね。本人の許可なく過去の性別を暴露すると罰せられるの。たとえ身内でも。もちろん、あれこれ詮索するのも禁止。対象者の人権を守る為、だったかな。


 「ぼくには色々と事情があるからね。それより、同じ姫神ひめがみさんだとややこしい、君のことは伊織いおりさんと呼ばせてもらってもいいかな」


 「うん。それは構わないけど」


 事情か。やっぱりそうなんだ。その名前だと公表してるみたいなものなんだけどね……


 今の高1の事情は複雑だ。約半数が性徴期性反転症候群を発症したお陰で、ここに居る男子のおよそ半分は元々女の子だったわけだし、逆に、女の子だって半分は元々男子だったって事になる。でも、それは見た目の話であって、もともと心と体の性が一致していなかった人だって居るんだよね。その人たちは心と体が一致したことになるんだ。

 だから、恋愛事情は特にややこしい。初期症状が軽かった人は元に戻った事例も確認されてる。私やとおるみたいに完全に変わってしまった人からはまだみたいだけど。それでも、いつかは元に戻れるのかもしれないし……、戻れないかもしれない。

 私は女の子と付き合えばいいの? でも、途中で元に戻ったら……

 じゃあ男の子と? それで元に戻れなかったら?


 とおるがあんなに楽しそうなのは何でなの? それがとおるの望んでた姿なの? 元々女の子っぽかったのはそういうこ事なの? つまりは……、最初から私なんかには興味なかったって事なのかな。『彼氏とか、そういう趣味はないから』か……、確かにそう言ってたんだけどな。


 「ありがとう。ぼくのことは武神たけがみと呼んで欲しい。名前は、その……あまり気に入っていないので」


 「私は水無みなでいいですわ」


 「うん、よろしくね、武神たけがみさん、水無みなさん」


 こんな体になって絶望したけど、こうして友達が出来てみるとそこまで悪くは無いのかも。とおるとも仲良く出来たのかもしれないけど、もう手遅れなのかな……

 何であんな事しちゃったんだろう。何度も話し掛けてくれたのに……

 とおるも友達できそうだし、私なんか必要ないかな。


 「得利稼えりか大金おおがね 得利稼えりかだよ。よろしくね」


 「俺は正清まさきよ みさお。成績上位者同士、仲良くしようじゃないか」


 「あっ、うん、宜しくね」


 最前列はこの五人。成績順に座席も決まってるから、武神たけがみさんが2位、水無みなさんが3位、大金おおがねさん、正清まさきよさんが4位、5位と続くことになる。

 でも、成績上位者同士仲良くって、彼、ちょっと自意識過剰なんじゃ……


 「ねえねえ、連絡先交換しない?」


 「いいよ~」


 「俺もいいかなあ」


 「もちろん!」


 「私も私も~」


 そんなとおるの声が聞こえてきて、自然と意識がそっちに向いてしまう。


    ◇◇◇


 帰りも両親と一緒。もちろん、とおるも。


 「良かったよ、伊織いおり


 「ありがとう、お義父とうさん」


 最初は伊織いおりちゃんって呼ばれたんだけど、“ちゃん”はちょっとね。だから、そのまま伊織いおりって呼んでもらってる。お母さんは相変わらず凜愛姫りあらって呼ぶから、人前では話しかけないでって言ってあるんだけど。


 「とおるは友達出来たのか?」


 「うん。こんなに一杯」


 スマホを見せて嬉しそうに笑う。

 ざっと20人ぐらいだったかな、とおるの周りに集まってたの。あのスマホには私のしか登録されてなかったのに……


 そして、とおると一言も話さないまま家に辿り着いてしまう。とおるはもう、話し掛けてはくれない。そうだよね。ずっと無視してたんだから。でも、それはどう接していいか判らなかっただけで、避けたいなんて思ったわけじゃないのに……


 「凜愛姫りあらとおるちゃん呼んできてくれない? 皆んなでご飯食べに行きましょうか」


 「私が?」


 「嫌なの?」


 「嫌じゃ……ないけど」


 別に嫌じゃない。どう接していいかわからないだけだもん。でも……、話さなきゃ。とおると話さなきゃ。


 「じゃあ、お願いね」


 「うん……」


 とおるは帰宅早々自分の部屋に籠もったままだ。このドアの向こうに。緊張で指先が冷たくなってくる。鼓動が早くなって口の中もカラカラだよ。返事、してくれるかな……。私にもあの笑顔を見せてくれるのかな……。

 震える手でノックしたんだけど……、反応がない。


 「と、とおる


 思い切って声を掛けてみたんだけど……、やっぱり返事はない。嫌われちゃったのかな……

 とおるはこのドアの向こうに居るのに。思い切って開けちゃおうかな……


 ……怖くてできないよ。

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