02.成績至上主義の悪戯

02.01.鏡の中のJK

 スカートからすらりと伸びる真っ白な足。学校指定の制服だというのに風が吹いたら見えてしまいそうなぐらい短くて、何だかドキドキしてしまう。視線を少し上にあげる。ブラウスには薄っすらと水色の下着が透けていて、確かな膨らみがあるのが見て取れる。更に上、ショートボブ? って言うのかな。明るめの色に染められた髪はサラサラで、顔もちっちゃくて……


 「可愛いかも……」


 だいぶ慣れてきたつもりだったけど、こうして制服を着てるとそんな風に思ってしまう。

 今僕は大きな鏡の前に立っている。だから、写っているのは当然僕。勇気を出して美容室に行ってきた甲斐があったのかもしれないな。


 受験した時はこの体に違和感があった。今でも無いわけじゃないけど、それでも、直ぐに戻るだろう、なんて気楽に考えてた。だから、案内してくれたお姉さん達を見て、ちょっとドキドキしてたんだ。

 あれから3ヶ月。元に戻る兆しは全然無くて、今は別の意味でドキドキしてる。どうせ短くするんだからと、最初からかなり短いスカートなんだよね、これ。布地の節約?スカート丈に関する校則もなくて、もっと短くしても何の問題も無いみたいなんだけど……そんな事をする人は只の露出狂に違いない。


 今日は高校の入学式。

 父の勧めで私立高天原たかまがはら高校を受験し、ぎりぎり特選クラスに入ることが出来た。

 1年生の総数は300名で、入試の得点順に12クラスに分けられる。附属中学からそのまま入学してくる80名も入試と同じ問題を解くんだとか。クラス分けの為にね。1組は特別選抜クラス、略して特選。授業料が全額免除となるし、他にも色々と特典がある。父さんがこの高校を勧めたのもこれが狙いだったんだろうな。最悪でも特進に入ってくれって言ってたし。特進は特別進学クラスの略で2組のことを指す。こっちは授業料の半額が免除となる。続く3、4組は進学クラスと呼ばれるけど、授業料は普通に徴収されるみたいだ。


 「そもそも、授業料が心配なら普通に公立校にすれば良かったんじゃ?」


 まあ、今更なんだけど。ううん、これで良かったのかな。

 奇病の所為で外見はすっかり変わってしまった。中学の同級生が居ても僕だと気づかないだろう。でも、どうせなら僕のことを知っている人なんて居ない方がいい。引越しもしたし、わざわざ私立を受験したんだもん、きっと大丈夫。やり直すには丁度いいのかも。僕だって毎日楽しく過ごしたい。下ばかり向いて一人ぼっちで居たいわけじゃないもん。


 問題は中身だ。

 ウィルスは僕の体をこんな風に変えてくれたけど、心までは変えてくれなかった。気を張っていないと不安になってくるし、油断すれば今までの僕に戻ってしまいそうで怖い。


 「大丈夫、君は凜愛姫りあら。君は凜愛姫りあら


 だから、鏡の中のJKに魔法を掛ける。あの時の天使のような凜愛姫りあらをイメージして。キラキラの凜愛姫りあらになりきるために。


 凜愛姫りあら……


 彼女は変わってしまった。話し掛けても何も返ってこないし、笑顔も見せてくれない。自分の部屋に籠りがちで……よっぽどショックだったんだろうな。

 これで良かったのかもしれない……なんてのは嘘だ。本当は違う未来を期待してたのに……。壁の向こう、隣の部屋にいる凜愛姫りあらと……


 ううう、ダメだ。考えてもどうにもならないし、暗い気持ちになるだけだ。全ては今日、この日に賭かっている。楽しい高校生活になるかどうかが。


 2階のリビングに降りていくと、着物姿の義母かあさんが迎えてくれる。凄く綺麗だ。

 今日は凜愛姫りあらも入学式なんだろうな。

 父さんは……いつものスーツ姿か。相変わらずぱっとしないけど。


 「透子とうこ……」


 「やめてよね、父さん。僕は名前を変えた覚え無いんだけど」


 誰? 昔の女?


 「あ、ああ、そうだったな。すまん、とおる。しかし、本当にその格好で行くんだな……」


 「僕だってこんなんで行きたいわけじゃないんだけどね」


 「ちょっと短すぎないか、その……スカート」


 ううっ、嫌らしい目つきで見ないでくれるかな……


 「別に短くしてるわけじゃなくてさ、最初からこんな長さなんだもん」


 だから嫌らしい目つきで見るなって。


 「あら、似合ってるわよ、とおるちゃん。何処からどう見ても可愛い女子高生ね」


 「そう……ですか?」


 そう言って貰えると、素直に嬉しい……かな。


 「ええ。凜愛姫りあらも可愛かったんだろうな〜」


 うん。間違いなく可愛かったと思う。凜愛姫りあらの制服姿かあ……

 この制服を着た凜愛姫りあらを想像していると、ドタドタと足を踏み鳴らして本人が降りて来た。


 「その制服……」


 「……」


 凜愛姫りあらが眉間にシワを寄せる。僕の制服姿を見ただけで。


 「あら、 凜愛姫りあら、見て見て、とおるちゃんったらこんなに可愛いのよ〜」


 「良かったね、お母さん。都合よく娘もいて。まさか同じ高校だったとは……」


 「そういえば言ってなかったっけ? 二人は仲良しだから知ってると思ってたんだけど」


 「仲良しなんかじゃ……ないから」


 仲良しじゃない、か……。堪えるな……


 「それに、私の名前は伊織いおりだから。その名で呼ぶのは止めて」


 「まあ、反抗期かしら? 怖い怖い。さて、準備もできたみたいだし、そろそろ行きましょうか」


 こうして、凜愛姫りあらとの会話も無いまま、四人揃って学校へと向かう。ずっと何かの原稿を見てるみたいなんだけど……


 「凜愛姫りあらったら、主席で合格しちゃったのよ。凄いでしょ」


 「主席なんだ。凄いね……伊織いおり


 集中してるのか、聞こえないふりをしているのか、僕らのそんな会話にも全く反応しない。

 凜愛姫りあらとのこんな関係は嫌だけど、ここで凹んでいるわけにも行かないかな。ぼっちだった中学時代を払拭し、高校デビューするんだから!


 電車の中は僕や凜愛姫りあらと同じ真新しい制服に身を包んだ新入生でいっぱいだ。流石にここで皆んなに挨拶するなんてことはしないけど、電車を降りたら……


 「おっはよ~」


 「「「……」」」


 あれ? 硬直した……


 「えーっと……」


 新入生らしい男子に挨拶したんだけど……、何か変だった? 僕。


 「お、おはよう」


 「おはようございます」


 「おは……よう」


 良かったー、気合入りすぎてドン引きされたかと思ったよ。


 「よろしくねっ」


 「「「よろ……」」」


  ううん……、何なんだろう……


 そんな事が何度かあり、両親と別れて教室へと向かう。凜愛姫りあらは一生懸命挨拶している僕を置いて無言でスタスタ行ってしまったけどね。同じ教室なんだけどな……


 「おっはよ〜」


 元気に教室に入ると、何人かから返事は帰ってきた。まあ、沈黙とかじゃないから良かったことにしよう。


 凜愛姫りあらの座席は最前列中央。一方の僕は一番後ろ。クラス分けだけじゃなくて座席も成績順みたいで、22位だった僕は当然主席の凜愛姫りあらとは離れた席ということになる。どうせ近くに居ても無視されるんだろうから、これはこれで良かったのかもしれないけど。


 凜愛姫りあらの周りには女の子が集まってきてるみたいだ。もともと天使みたいな女の子だったもんね、今は中性的なイケメンだよ。おまけに主席なんだから当然か。でも、目つきは怖いし、話し掛けられても無視してるから……、ほら、また一人。怯えてるみたいだよ?

 でもまあ、僕にだけ冷たいわけじゃ無いって解ってちょっと安心したかな。

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