いや、祝うなよ
「――ってことがありましてですね……」
告白して失敗したその日。
俺は唯音の部屋で、正座していた。……訂正。させられていた。なんでだよ。
「ふーん。で、連絡先はゲットした、と」
「まあ、はい」
唯音は今日の告白に関する一連の出来事を聞くと、右手に持つ俺のスマホに目を落とした。なんで俺はスマホまで奪われてるんだろうね。毎度のことながらお兄ちゃんなのに立場弱くね?
「……ま、良かったんじゃない? 告白失敗したっぽいけど、距離は縮められたんでしょ。兄貴の変な趣味のおかげで」
「変な趣味言うなし」
「いや、そんなとこ食いつかれても……」
うるせぇ。全世界のラノベ読者に謝れよ。まずは俺に土下座しやがれ。ほれほれ。
「んで、不甲斐ない兄貴のせいであたしらの結婚がまだ回避出来てない訳ですが……何か言い開きは?」
「フラれたばっかの俺にどうしろと」
「ん」
「……誰が払うかよ」
俺は唯音の親指と人差し指で作られた
「……いいの? せっかくカワイイ妹がお兄ちゃんの健闘を讃えるちっちゃいパーティー開いてあげようと思ったのに」
「俺の金で?」
「俺の金で」
「おい」
普通そーゆーのって讃える側が払うもんだろうに。フラれたのにパーティー代まで自分で払わされるとか、もうこいつに関しちゃ訳分かんねー。
「えー、でも、お兄ちゃんあたしのこと大好きでしょ?」
「お前が何度も『お兄ちゃん』連呼すんな気色悪い」
「うっわ。それが妹に対する態度ですかね?」
「……逆に、どうして俺の事を金づる程度にしか思ってないクセに優しい対応されると思ってるんです? どーせ今回のだってパーティーという名目で、俺の金使って飲み食いしたいだけだろうが」
「あは、バレた?」
「バレるわ」
ジロリ、と唯音を睨んでから、俺は溜め息をつく。
やっぱ、俺はこいつと結婚するわけにはいかねぇわ。こいつがいたところで自宅警備員にしかならないだろ。俺はひたすら搾取されるだけで。
「もー、しょうがないなぁ」
そう言って唯音は自らの机の横をガサゴソとして、ポテトチップスだったり、某棒状のプレッツェルにチョコが塗られたお菓子だったりを取り出した。
「はいこれ」
「……え、何これ」
「お菓子」
「いやそれは知ってるわ。……これ、唯音の金で買ったやつだよな?」
「まあね」
え、もしかして、明日雪でも降ったりするの? 唯音が俺のために金を使うなんて……。
「……さては、こいつは唯音の変装をしてる別人――」
「そろそろ我慢の限界だけど、そんなに殴られたい?」
「あっ、はい」
うん、気が短くて暴力的だし、変そうなんかじゃなさそうだな! 何も問題なーし。
ぺしっ
「……何故に俺は太ももを叩かれた?」
「うっさい。蹴らないだけマシと思いな」
あは、心の中の声ばれてーら。
言わなくても思ってることが伝わる……これが兄妹の絆か? こんな絆消えちまえ。
「あのねぇ、あたしだって素直に人を讃えることくらいできるから」
「え、意外」
「……兄貴はいちいち人を煽らないと生きていけないワケ? 話進まないからちょっと黙っててよ」
「……さーせん」
正論オブ正論だった。何も言えねぇ。今後は自重しなければ。
「それじゃあ、兄貴は冷蔵庫から炭酸水と、あとコップも取ってきて。あたしはこれ開封しとくから」
「労力の差ァ!」
文句を言いつつも、俺は立ち上がってダイニングへと向かう。
唯音が俺に何が奢るのはほんとに珍しいし、滅多にないこの機会を特に理由なく捨てるなんてことはしない。……なんなら、俺の為に何かしてくれるって行為自体がちょっと嬉しかったしな。なんというか、懐かしくて。恥ずかしいから本人には絶対言わないけど。
「ほい、取ってきたぞ」
「ありがと」
いつの間にか唯音の部屋の床にはちっちゃなテーブルと、二つのクッションが置いてあった。いや、パーティーする気満々だったのか? 用意周到すぎんだろ。
俺はその机の上にコップ二つとペットボトルに入った炭酸水を置いて、クッションへと座る。
そして、コップそれぞれに炭酸水を注いだ。
「よーし、じゃあ乾杯しよ」
「……この場合、なんて言えばいいんだ? おめでとう、ってわけじゃないし」
「そんなの、『兄貴の失恋に、かんぱ〜い!』でいいでしょ」
「嫌だよ」
「――はいそれじゃあ、兄貴の失恋に、かんぱ〜いっ!」
「……はぁ、乾杯」
時間が少し経ったからまだいいものの、一応俺、今日失恋したんだからな? デリカシー持とうぜ唯音さんや。
つか、普通に「兄貴の頑張りに乾杯」とかでよかったのか。今更だけど。
そんなことを思いながらも、唯音が掲げたコップに自らのをぶつけた。
……まあでも、これくらい茶化された方が、少しは気が楽になるというもの。
俺はひっそりと心の中で唯音に感謝した。
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