大事なことは、ちゃんと伝えなきゃ伝わんない
◇
「――と、こんな感じだ」
そう言って父さんは締めくくった。
自分の本当の母親が既にいないということにショックを感じつつも、涙が出る程ではなかったのは、やはり俺の中での母親が、今目の前にいる「母さん」だからだろう。
だが、感謝の気持ちはしっかりと浮かんできた。
――俺の本当の母さん。俺を、命をかけて産んでくれて、ありがとう。
神様がいるならば、どこかで死んでしまった人だって、見ているかもしれない。空のどこか遠くで、見守っているかもしれない。
そう願いながら、俺は窓の外に広がる青空のずっと先に届くように感謝の言葉を繰り返し続けた。
産んでくれて、ありがとう。
ふと、隣から鼻水を啜る音が聞こえてきた。
唯音だ。
赤く腫らした目に大粒の涙が浮かび、溢れる。
頬には左右に一対の筋ができており、目に浮かぶ涙の量が増えるにつれて筋の数も増えていった。
きっと、唯音は根が優しいのだろう。
冷たいと思われても仕方がないが、俺は実際に自分の本当の母親をこの目で見た記憶が残っていないし、所詮血が繋がっているだけの他人――と、心のどこかで思ってしまっている。そのせいで、特になんの感慨も湧いてこないのかもしれない。
だが、唯音は違う。
顔も実際に見たことがない人に対して、涙を流せる。
――ああ、やっぱり俺と唯音は、違うんだな。
不謹慎にも、そんなことを考えてしまった。
これが流れる血が違うせいだとは言うつもりは無い。
ただ、自分には無い唯音のいいところだな、と発見したってだけだ。
俺は涙を流し続ける唯音を見ながら、ずっとそんなことを考え続けた。
「……さ、昼ご飯にしましょ」
少し暗い雰囲気のまま訪れていた沈黙を、母さんがそう言って打ち破った。
俺達はみな、言葉を発することもなく頷く。
普段なら何か文句を言われるところだろうが、母さんはそれもしょうがないと思っているからか何も言わずに立ち上がり、一人で台所に向かった。
そして、再び気まずい沈黙。
後ろの台所では母さんが何かしらの作業をしている音が聞こえるだけで、俺達三人の間には会話は無かった。
何か言おう。
必死に頭をフル回転させ、最適解を探す。
俺も唯音も、父さんの話を聞いてから何も喋っていない。……いや、唯音は言葉よりも大きな反応をしたか。今は泣き止んでいるが、さっきまでは泣いてたし。
まあ、どちらにせよ何か言うべきなのは間違いない。
俺自身がこの沈黙に耐えられないというのもあるが、それよりも、父さんの表情が少し不安げなことが、俺の「何か言いたい」という衝動を突き動かしている。
恐らくだが、実際に不安なんだろうな。
自分の親の片方が本当の親では無いと知り、悲しませないかどうか。
唯音は泣いてしまい、その不安には拍車がかかっていることだろう。
ならばこそ――何か言いたい。
そして俺は、自身の中に燻っていた思いを、思いのまま吐き出した。
「――俺は、父さんと母さんの子になれてよかったって思ってるよ」
口を突いて出てきたのは、そんな言葉。
「冷たいように思えるかもだけど、俺のことを生んでくれたのが今の母さんじゃなくたって、俺のことをここまで育ててくれたのは母さんに違いないし。だから、母さんは母さんのままだ。もちろん俺を生んでくれた本当の母親である瑠璃さんには感謝しているけど、それだけ。この真実を知ったところで、今までの暮らしや価値観が変わるわけでもないんだから、そんなに不安そうな顔しないでくれよ、父さん」
頭の中で整理も何もせずに吐き出したから、もしかしたら父さんが愛していたはずの瑠璃さんのことを悪く言ったと捉えられてしまうかもしれない。
だが――少なくとも俺は自分の気持ちを正直に伝えたかった。
このままギクシャクしたまま生活するのも嫌だし、もし「今の母さんは母さんじゃないから、本当の母さんと代われ」と言ったところで、そんなことは不可能だ。……まあ、元よりそんなこと言うつもりなんて更々無いけどな。
俺の発した言葉に、父さんも、後ろで作業していた母さんも軽く衝撃を受けたのか、特に反応がある気配がない。
「あたしも――」
しかし、その沈黙を埋めるかのように、唯音が口を開きだした。
「あたしも、お父さんの子供でよかったって思ってるよ。実際にはお父さんの子供じゃないけど、あたしのことをここまで育ててくれたから、お父さんはお父さん。あたしの本当のお父さんが死んじゃってるって考えたら、ちょっと悲しくなっちゃったけど、でも――それでも、お父さんがお父さんであることに変わりはないでしょ?」
話した内容は、俺と似たようなもの。
だが、珍しくも俺と唯音の意見が一致したんだ。しかも、とても一致してほしい場面で。
父さんが不安がっていた理由は、恐らく俺達を悲しませてしまっていないか、ということ。そこが一番啓一さんが気にしていた部分でもあるからな。
だからこそ、俺と唯音の意見が一致――それも悲しみのような負の感情ではなく、感謝のような負の感情とはかけ離れたものだったのは、俺としても嬉しい。なんなら、もしここで唯音が悲しみで喚いたとすれば、家族崩壊の可能性すらあったのではないか? まあ高一だし喚くことなんてないとは思うけど。
――とまあそんなことを考えていると、目の前にいる父さんが、やっと反応を示しだした。
「……ありがとうな、二人とも。僕も――いや、僕達も、二人のことを本当の子供だと思っているよ。唯音も、駿朔も、二人とも僕の大切な子供だよ」
普段あまり見せることのない笑顔となり、母さんに一瞬目配せしながらそんなことを言った。
泣きだしそうにも見える父さんの表情はとても優しくて、とても慈愛に満ちていた気がする。
そこに、後ろから母さんがやってくる音が聞こえた。
「――二人とも、大好きよっ!」
俺と唯音の肩に腕を回して、一気に抱きしめる。
力がこもっていて少し痛かったが、それを咎める気にはならなかった。母さんも、あまり表情には出さずとも不安がっていたことに間違いはなさそうだな。
俺達は母さんのされるがままになりながらも、チラッと視線を交わし、二人して苦笑いするのだった。
☆あとがき
短いですが、これで第一章・『義妹が運命の人らしいんだが???』が終了です。
続く第二章もよろしくお願いします!
面白かったと思った方は、星や応援コメント、レビュー等を残していってもらえると作者がとても喜びます!
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