過去の話って、どうしても雰囲気が重くなる

 ◇


 父さんと母さん、そして唯音の本当の父親――赤沢啓一という名前だったらしい。赤沢は母さんの旧姓ということになる――は、仲のいい友人だったらしい。


 三人は高校の同級生で、一緒に遊びに行くことも多く、それぞれが親友と呼んでもいいような関係だった。


 それくらい仲がよければ、もちろん大学も同じところを目指そうという話になったそうで。

 三人は猛勉強の末に、無事同じ大学へと入学を果たした。


 大学でも関係が変わることなく楽しい時間を過ごしていたらしいが、三人の内訳が男二人、女一人だったことが三人の関係の綻びへと繋がってしまった。……やはり、男女の友情というのはいつしか恋愛に発展してしまう可能性が否定できない訳であって。


 幸いというべきか、一人の女――母さんを取り合っての喧嘩が起きたとかそういう訳ではなく、単純に母さんと唯音の本当の父親――啓一さんが付き合い始めた。


 父さんはそんな二人に嫉妬してしまうといったこともなく、素直に二人を祝福し今まで通りで居ようとしたらしいのだが、そんなことは無理で。


 誰かが悪いわけでもなく、当然のこと。


 付き合い始めれば、いくら親友と言えども距離は離れてしまう。


 そして――いつしか、父さんと二人の間には、見えない壁が生まれてしまった。


 二人以外にも交友関係を、少しずつ作り出し。


 三人の間には、時々のメール程度の繋がりしか残らなかった。


 それから何年か経ち、父さんは俺の本当の母さん――瑠璃さんと結婚した。

 ちらっと父さんに写真を見せてもらったんだが、自分で言うのもなんだけど俺にところどころ似ている部分がある気がする。主に目元とかだな。


 そして、瑠璃さんは俺を身篭った。

 しかし――瑠璃さんは、俺を産むと同時に、出産の反動で他界してしまった。元々身体がそこまで強くなかったらしい。


 父さんはその頃から既にしっかりとした収入を得ることができていた為に、俺を育てるのに金銭的な心配は無かったらしいのだが、流石に愛する人が逝ってしまうのは辛かったのだろう。しばらくは泣き続け、家に篭っていたそうだ。


 しばらく経って父さんのもとに、一つの連絡があった。


 それは良い知らせとは程遠い――啓一さんが倒れたという知らせだった。


 病院での検査の結果、啓一さんは膵臓ガンだったらしい。それも、かなり進行が進んだ状態の、だ。


 治る確率はとても低く、すぐさま入院が決まった。


 まさに、父さんにとっては泣きっ面にハチ状態だ。疎遠だったとはいえ、仲が良かったことは確か。愛する人と同時に友人まで失うことになるかもしれないのだ。


 更に不運なことに、啓一さんの奥さん――今の俺にとっての母さんは、妊娠中だった。


 父さんが結婚する前に二人は既に結婚していたが、今回がはじめての妊娠だったそうだ。


 そんな中で、この辛い報告。母さんもさぞ辛かったことだろう。


 少しばかりの希望に縋り、治療に努めたらしいが――努力虚しく、啓一さんの病は治ることがなかった。


 立て続けに直面することになった、親しかった人々の死。そんな中で、よく俺を育ててくれたと思う。父さんには感謝しかない。


 啓一さんが他界してしまう前に、幸か不幸か、母さんのお腹の中の子――唯音が生まれることができた。死んでしまう前に、啓一さんは唯音を抱きしめることができたのだ。母さん曰く、その時の啓一さんは滅多に見せない涙を目に浮かべていたらしい。


 そして、どうしてそんな父さんと母さんが結婚するに至ったかというとなんだが……啓一さんの、最後のお願いだったそうだ。


 死ぬ間際、父さんと母さんを病室に集め、二人にしたお願い。


 それは、「子供達を悲しませないで欲しい」というものだった。


 自分の親が存在しないとなれば、誰だって悲しんでしまう。物心ついたあと、自分が人と違うという特異性から来る孤独感やその他様々な感情から守って欲しい。そういうことなのだろう。


 具体的な方法として、二人の再婚が挙げられた。


 そうすれば、一気に二人分解決できる。


 それに、金銭的な問題もある。


 父さんはしっかりと稼ぎを得ていた為に貧困等で困ることはないが、当時の母さんには子供一人をしっかりと育てるのはキツかったらしい。


 だが、それには親達の心理的なハードルがある。それに加え、金銭的な問題については父さんの方にデメリットが大きくなる。だから、啓一さんのワガママな「お願い」だったのだ。


 父さんも、母さんも、二人とも大事な人を失った直後なのに新しく相手を作るのは、幾ら合理的とはいえ積極的にやりたいとは思えないだろう。


 しばらく話し合ったのち、「形式だけの婚姻関係」というので落ち着いた。


 父さんが稼ぎを得て、母さんが専業主婦として俺達を育てる。

 二人の間に恋愛感情は無くとも、愛し合っていなくとも、子供を不安にさせるようなことだけは避けたかったそうだ。


 そして啓一さんが他界してしまってから、二人の新たな生活が始まったのだった。

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