☆神降臨☆

『おっ、二人とも起きたようじゃな』


「うわっ」

「え、何この声。キモ」


 不意に脳に響くような不思議な感覚の声が聞こえてきて、俺と唯音は驚く。正体不明の人物にもしょっぱなから罵倒するその精神、尊敬するぞ妹よ。


 聞こえてきた声はいかにも「お爺さんです」というような声色で――違和感半端ない。……いや、だってさ、もし今のが何かしらの新しい機械で、脳に響くような声を発せられるとかだったら、お爺さんがそれやってるの違和感あるだろ。どっちかって言うとご高齢の方は機械苦手なイメージあるし。


 そんな疑問を頭に浮かべていると、再び声が響き始める。


『ふぉっふぉっふぉ。キモいと言われてしまったわい。こんなにストレートに罵倒されたのは久し振りじゃ』


 快活に笑いながらお爺さん(?)がそう言うものだから、何となく罪悪感を感じる。別に俺が言ったわけじゃないけどさ。


「あー、なんか妹がすんません」

「兄貴ヅラしないでくれない?」

「いや、実際俺お前の兄貴だろ。お前だって俺のこと兄貴って呼んでるし」

「うっさい」

「殴るな、腹パンすな。言い負かされたからって暴力に訴えるのは良くない――おい、『ちょっと力弱かったかな?』って雰囲気で拳を握りながらしっかり構えるのやめろ。絶対痛いしそれ」


 制止してもなお拳を握り続ける唯音に、俺は嘆息する。いくら女子で力が弱いと言ったって、殴られることに慣れていない者にとっては変わらず痛いんだからな。


 そしてまた、近頃の女子は気が強いことが多い気がする。唯音も含めて、だ。

 俺の体験から察するに、決めたことはやり遂げたい性格なんだろうか。例えそれが、兄を殴ることだったとしても。

 

 こうなってしまえば、俺には止める術がない。

 強いていうならば実力行使だが……妹に手を上げるのってどうよ。いくら身内だと言ったって、相手は一応女子。手を上げるだなんて言語道断というのが今の風潮だ。不公平じゃね? まあ、だからといって男尊女卑を推す気は全くないが。


『……相変わらず仲が悪いのぉ、二人は』

「……ん? 相変わらず?」


 今、このお爺さんは「相変わらず」って言ったよな。どういうこっちゃ。初対面のはず……少なくとも俺は向こうのこと全く知らないし顔なんてわかったもんじゃない。


 それは唯音も同じようで、頭にはてなマークが浮かんでいるようだ。


 なので、代表して聞いてみる。


「……あの、俺達のこと前から知ってたんすか?」

『当たり前じゃ。儂を誰だと思ってる』

「え、誰ですか?」

『あ、自己紹介忘れてたわい』


 おい、と、口に出さないでツッコむ。


 ま、まあ、ご高齢の方っぽいし? 色々忘れちゃうお年頃なんだろうよ、きっと。だからあんまり責めるのはよくないよな。


 そして、正体不明のお爺さんは口を開いた。



『儂、神じゃ』



「…………」

「…………」


 暫し訪れる沈黙。


 そして、俺と唯音は顔を見合わせ小声で会話する。


「……なあ、このお爺さん頭大丈夫か?」

「……兄貴に賛同するのは不服だけど、あたしもそう思った。この人ヤバい」

『おっ、おいっ! 儂、本当に神様じゃぞ⁉ 頭おかしくなんて無いからの⁉』

「聞こえてんのかい」


 小声で話しても聞こえるとか……ん? でも、それだって神様だと考えれば普通……いや、それだけで神様と考えるのは早計か。偶然だ偶然。


『偶然じゃないわい!』

「おお! 考えてることわかるのか!」

『そりゃあもう、神様じゃからな』


 えっへんと胸を反らしているのが見えてくるようなどやぁ感が声だけで伝わって来た。ある意味凄いな。


「……兄貴、さっきの口に出てただけだからね。あたしも聞こえたし」

「なんだよ。興奮して損した」

『……儂、本当に心の声聞こえるのに……ぐすん』

「あー、兄貴お爺さんのこと泣かせたー」

「いや、お前が俺に現実を突きつけたのが悪い」

「ハァ? 責任転嫁? 最っ低。ありえない」

「俺は事実を言ったまでだ。それの何が悪い?」

「歪められた事実は事実って言わないんだけど。兄貴頭大丈夫?」

「あ、それ言う? 実力テスト学年五位の俺に四十七位のお前がそれ言っちゃう?」

「うっさい志望校D判定。実力だけあっても復習してないからそんな成績になるんでしょ。もっと勉強した方がいいんじゃない?」

「お、お前〜っ!」


 うわ、めっちゃイラつくこいつ。いっぺんぶちのめしたろか?


 そして、ヒートアップしている俺達の間に入り込む声が一つ。


『わ、儂の為に争うのはやめんか!』

「「お前は黙ってろクソジジイ」」

『ひぃぃぃっ!』


 お爺さん……もといクソジジイは、偶然にもシンクロした俺達の一喝によっておびえたような声を出した。威厳も何もあったもんじゃないな。この人絶対神様じゃない気がする。


 とはいえ、そんな自称神様のジジイのおかげで毒気が抜かれた俺達は、素直に話を聞いてやろうと一時休戦となったのだが……


『……ぐすん。誰もが一度は憧れるであろうセリフを言ってみただけじゃのに』


 泣いてる。

 いい年して泣いてるぞこのジジイ。


 神様だろうが認知症だろうが、泣くのはヤバいって。


 さっきのはまだ冗談臭い泣き方だったけど、今のはガチ泣きだと思われる。メンタル弱すぎじゃないか?


『お主らのせいじゃ!』

「うわっ、また心の中読まれた」

「またじゃないけど、今回は兄貴何も言ってなかったよ」


 唯音はくだらない嘘は余りつかないタイプなので、信じてもいいだろう。俺が「メンタルよわ」ってドン引きしてたのは声に出てなかったんだな。


「となると――」

『そうじゃ! 儂は神じゃ!』

「――あれか? 表情でわかったとか」

『おいぃぃぃっ! そろそろ素直に儂が神様だと認めてくれてもいいじゃろ!』

「「うるさっ!」」


 神様の慟哭が頭の中で響き、脳を揺さぶった。

 咄嗟に耳を塞いでも、音が聞こえてくるのは脳内からなので遮ることは出来ない。


 そのため、俺達はジジイの計五分にも及ぶ大泣きを聞き続けることになるという地獄を味わった。泣き止んだのは、二人して全力で謝罪&「神様素晴らしい!」コールを繰り返し続けたから。おかげで非常に疲れた。肉体精神ともに。


『……うおっほん。何はともあれ、儂は神様なのじゃ』

「……まだ完全には信じてないけどな」


 気を取り直したかのように途切れていた話を再開させた神様のジジイに、俺はボソッと呟く。


『……そんなこと言ってもいいのかね?』

「あーはい、すんませんした」


 だが、その小言は神様の耳に届いてしまっていたようで、脅すように俺に尋ねてくる。信じる以前にこんな神様がいてたまるか。「泣いちゃうぞ?」って脅すとか、今どきの小学生ですらしねぇわ。


 もう、神様に聞かれてようがなんだっていい。聞きたきゃ勝手に聞け、と割り切った俺なので、神様が俺の心の中の声にツッコむことは無く、そのまま神様は話を続ける。


『それで、じゃ。お主ら二人に伝えたいことがある』

「あたしと兄貴に? ……まあ確かにあたしたちの前に現れたんだし、用があるのはあたしたちにだよね。で、何?」

『こらこら、急かすでない』

「早くしてくんない? 時間勿体ないから」

『あっ、はい。今すぐ言うのじゃ』


 どうやら我が妹様には流石の神様も対抗できないようで、素直に言うことを聞いている。恐ろしいわ。敵に回したくないな……と言いつつ毎日のように喧嘩してるんだけどさ。


 まあ、そんなことは置いといて、まずは神様の話を聞いてやろう。


 ……そう意気込んだまではよかった。


 だが、俺達が告げられたのは衝撃の事実。動揺待ったなしだった。


『お主らの左手の小指に、細い赤い糸があるじゃろう?』


 ……ああ、そんなもんもあったな。


 俺は自分の左手に視線を移し、その赤い糸を眺める。


 唯音は今更気が付いたようで、一人で「うわ、なにこれ」と驚いている。何となく優越感感じるな。ドヤァ……って、足踏むな痛い。


「……で、それがどうかしたんだ?」


 俺が唯音の足をどけて踏み返しながら問うと、『それはじゃな……』と少しの時間溜め、そして告げた。




『――お主ら二人は、運命の相手同士じゃ』




 一発くらい殴らせろ、と素直に思いましたまる。

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