第2話 浴びる
状況の整理がしたい。
奏亜に、ここがインターチェンジのすぐそばだということを聞いたので、この距離なら歩いて帰れると伝えると、「体が汚くてくさいから風呂に入ってからいって」とストレートな言葉をもらったため、風呂に入ることにした。
先ほどの長い廊下は食事の匂いはしなくなっており、刃を砥ぐ時の匂いがした。母が毎日のように砥いでいたので脳裏に染み付いた匂いだ。その匂いが、なんだか安心感を与え、俺の脳内パズルのプレイスタイルを、RTAからゆっくり確実なプレイに変えてくれた。
風呂は、小さな旅館の風呂くらいの広さ。三つ並んだシャワーの真ん中を、僕は使った。
体を洗おうとシャワーに手をかけたとき、サンドイッチに入っている卵みたいなものが手に付いていた気がして、なんでこんなもの…とおかしく思って少し愉快になったのも束の間、頭痛に襲われたので、そんな気持ちは消し飛んだ。
自分の頭がおかしい。いや別に今まで自分の頭の悪さを理解していなかったということではなくて。
頭の中の様子が違うという言い方をした方が正しいだろうか。
何人もの人間が頭の中で会話している。それは俺にではなく、ここでみんなで話している。何を話しているのか。よくわからない言語、いや、どうやっても理解できないであろう事がなんとなくわかるような、そんな意思疎通の信号。そんな感じだった。
音は、発せられていなかったから。
そんな自分にしかわからないであろう超常現象が俺を憂鬱にした。
ごめんなさい家の主さま、体洗う前に湯船につかってしまいました。
普段からこんな人間ではない。こんなことしたのは初めてだ。
頭痛が憂鬱だし、いろんなことを思い出してしまったせいで頭がパンクしそうだったから、シャワーを浴びる気にはどうしてもなれなかったんだよ。
そしてこんな不思議な状況になったのも初めてだ。
こんなに現実味のある「夢」は初めてだ。
なぜわかったのかがわからないけれど、たまにあるだろう?なんとなくこれが夢だって確信している夢が。そんな感じで、これが夢であることがわかったんだ。これは、さっきの夢の続きだと思う。
風呂を上がると、なぜかそこにいたのが酒井。いわゆる、学級委員の男の方と言えばわかりやすいだろうか。身長は高め。俺より10センチくらい。なんと言うか…強そう。
クエスチョン:なぜ彼がここにいるのか。
アンサー:これが夢だからである。
これは簡単だったのだが、難しかったのは彼からの質問。
うまく不意をつくにはやっぱり言葉が一番だよねって思う。参考にさせてもらいます。
「どうして、生きているんだい?」
ほら、意味わからない。
ただこれも夢だから全部でたらめ......
「なんで生きているんだよ!!」
俺が頭の中で吹き出しを読み上げている最中、大声で遮る。
「何言ってんだよ酒井、いくら夢だからって冗談きついって…」
切れ気味の友人をなだめるように、というか今はマジ切れの友人をなだめているわけなんだけど。
ぎこちなくほほえみながら話しかけても彼はちっともニコニコする気は無いみたい。
困ったどうしよう。
「....びたのか....?」
というありがちな語尾残しのセリフが耳のそばを掠(かす)める。
「なに....?」っていいそうだった。
おおっとここは
「え?今なんて.....」これがアンサー
何のアンサーかというと、“答えを聞きたくないときの”アンサー。
これで回答は....
「シャワーは浴びたのかって聞いているんだ!」
あぁ、いいお返事だよ。
俺はシャワーを浴びていない。
自分の家に来た友達が、シャワー浴びずに湯船入ったら俺でも不快感絶頂になるよ。
まずい……おこられる….
「え、ええっと….」
言い訳言い訳....だめだゴミみたいなレベルのしか思いつかん! ちょこっとだけ洗う時間短かったかも....なーんて。
「浴びずに入ってしまいましたごめんなさい!!!!」
悪いことをしたら正直に謝ろう。これは母の言葉であるが、夢の中でも有効である。許して、貰える、かな?
「ふーん、やっぱりね。」
これは....
お許し....
「殺すしか無いね。」
そもそも謝罪とは許しを請うものではなく、罪人に与えられた叱る時間スタートのピストルだと俺は思うよ、母さん。
そして物騒なことを言い出した酒井は、綺麗な刃物を取り出す。
夢とはいえど、これはさすがに怖い。研ぎたての刃の香り。
いやまて....?ここで刺されればこの不思議な悪夢も覚めるのでは? 死んで夢から覚めたことなら何度かある。多分夢ってそういうものなんだろう。
歯をくいしばる。どうせ、どうせすぐ汗だくで目が覚めるんだからね。
起きたかトイレに行って二度寝せずにちゃんと起きよう。ただしそれが四時以降だったら。
割と楽観的な心境で仮想の死を迎えようとしていた。いや夢とはいえどうかと思ったりしたりしたり?
と、同時....
「避けて!!!!!!!」
女の子のやわかな肌を感じる。目は覚めていないようだ。
だって俺、女の子と一緒に睡眠とらないし。
「やっぱり、元からこうする気だったんじゃない!!」
奏亜の声がする。
「違うんだよ御堂さん、僕はみんながかわいそうだから。」
酒井の声だ。
やはり、ただごとじゃなかった。これは...
「今の状況は、奏亜が俺を愛の抱擁で癒しているということで間違いないよな。」
「いいからとりあえず黙っててくれる?」
夢の中でも言い突っ込みをくれる。
それよりこいつは今の状況をどうするんだろう。
夢の中の彼女、要するに俺の想像する御堂奏亜の人物像だろ。
「譜くん行くよ!」
案が浮かぶより先に、俺の手が引かれていた。すぐ逃げるイメージはなかったんだけどなぁ。まあ、逃げ恥ってことで勘弁してやるか。
手を引かれて駆け出す。
「逃げる必要はないのに....みんなで新しい暮らしをすればいいんだよ....」
何かよくわからないことを言っている酒井を置いて、いやちがうな。酒井から全力疾走で逃走した。
彼は追いかけてこなかった。
夢うつつ 戸川未来 @mirai_tokawa
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