夢うつつ
戸川未来
第1話 覚める(仮)
多分、中学校の頃の同級生と釣りに行った日、ふと気がついたら夜になっていた。
俺はあいつに「そろそろ帰ろうか。」と声をかけた。
彼もそれに賛同したようで、座っていた岩から立ち上がり、何も持たず、尻を払いながらこちらにくる。釣りをしていたにも関わらず何も持っていないのは俺も同じだったし、驚くべきことは、そいつは中学の同級生ではなく、俺の幼馴染だった。
一瞬で変化(へんげ)して見せたのだろうか。
帰ろう、と言っても俺たちがきたのは確か東北の方のはずである。ちなみに家は東京なもんだから帰る手段は限られる。
まあそこで、「歩いて帰ろう」なんて提案したのは俺なんだけど。
その案を快諾したあいつは地図を広げる。今時地図ってどうなんだよ、とか思うのが普通なんだろうけど、なんだかふわふわして気分が良かったのでそれは気にしないことにした。
彼はその地図に、「ここから“××”の家まで」と入力する。自分の家は登録しておらず、同じ町に住む知人の家を入れたのだという。
入力すると、卵サンドイッチの中身のようなものが、小さく嫌な音を立てながら地図上の道に沿って塗られていった。
なぜかこの地図がタッチパネル機能同様、拡大縮小できると知っていた俺は、卵が手につくのが嫌だと思いつつ、地図を拡大した。
そのあとはただ地図に沿って歩んだ。どれだけ歩いたか覚えていないが、俺たちが自分の町のインターチェンジに着いた頃、日はとっくに登っていたようで、真上から少しずれた位置に所在していた気がする。
卵の記す家は、すぐそばに現れた。
目覚ましがなっていないのに目を覚ましたのは何年振りだろうか。
鬼の顔がたくさん見つけられそうな綺麗な木目の天井の反対側の面に、俺は横たわっていた。初めて体験するこんな出来事に、思わず「ここは、どこ?」なんて記憶喪失的な発言をこぼす。
起きたばかりにもかかわらず、頭は案外しっかりしていたようで「状況整理を行わなくては」という具合に頭高速スピードグルグル回転、(意味が重複したのはなんだかゴロがよかったからで、頭が足りないわけではない)で思考していた。だがしかし、大きな問題点が一つ。引っ込み思案なので、あまり人の家で勝手にうろうろしたくない。
よって俺は、俺の様子を見にくるであろう、心やさしき人間を待った。
結果は散々。三十分ほど待ったのだが人望がないためか、部屋には誰もこなかったので、仕方なく部屋を出ることにした。
言われてみれば、人望のある人間ではないかもしれない。テスト勉強なんてしたことないし、万年最下位だし。納得である。
結構大そうなものであろう和風建造物の廊下は、なんらかの食べ物のいい匂いが漂っていた。そんな匂いの間を縫って、後方から聞き覚えのある声がする。
「こら、譜(うた)くん!勝手に出歩いちゃダメでしょ?」
なんか見覚えのある美少女が現れたぞ…。身長151.3センチ、「体重推定42キロ」、綺麗な黒髪、高めのポニーテールが決まっている。彼女は二年三組学級委員の御堂奏亜(そうあ)だ。幼馴染の御堂奏亜だ。彼女がここにいるのはなぜだ。
「ええっと…ここって奏亜の親戚か誰かの家なの?いろいろ状況が理解できなくて…」
困った俺は困ったような声で彼女に尋ねる。
「それより体重推定うんたらって…なにかな…?」
カギかっこを付けてしまったことなんて知らないといった困った表情の俺に、「覚えてろよ」とでも言わんばかりにフリー素材のような薄い笑みを向ける幼馴染。
「ええっと…ここって奏亜の親戚か誰かの家なの?いろいろ状況が理解できなくて…」
何か言っているが、俺は無視してゴリ押しをする。
「もう余計なことは言わないように。ええっと、それでね、ここは私の家って訳でもないんだけれど、知り合いの家兼バイト先、みたいな感じ?かな?」
疑問形で聞かれてもわからない。情報が少なすぎてこちらが質問されると、頭の中になんだかよくないものがどんどん蓄積されてクラクラしてくる。
ここで全部聞いておかないとクラクラしてまた寝てしまいそうなので、僕は質問を重ねることにした。
「余計なことはもう言わないから、もう少し聞いてもいい?」
「うん、私に任せて!」
嬉しそうなのは学級委員的な役職を担う者の本能のようなものからだろうか。
よろこんで答えてくれることは何よりなのだけれども。
状況はこうだ。高速道路の方からよろけながら俺が歩いてきて、驚いた彼女が声をかけると、俺は倒れたと。
何から何まで情報が足りないのは彼女のせいではないので仕方ないが、それにしても…
そこで一つ、大切なことを思い出し、疑問が増えてしまう。俺は昨日、午前中に中学の頃の同級生のしゅんとスマホゲームをして午後に雪の中、幼馴染のけんしんとコンビニに行って公園で喋って、夕方に家に帰って母さんの肉じゃがを食ってすぐ寝たはずだよな...
「ほんと、夏なのに長袖長ズボンだし、汗もうほとんどかいてなかったし心配したんだからね?」
ーーーーーー。
昨日、雪降ってたよな。
「今って、夏なの?」
俺の質問なぜかハッとし、そのあとすぐに少し哀れむような表情を見せた。視線は俺の足元に逃避している。
目線と違い、感情の矛先は俺の中心に向いていた。
「何言ってんの?変な譜くんっ!」
その俺を貶(おと)すセリフくらいは自然に笑って言って欲しいものだ。
何その顔?変な奏亜っ!て感じだよ。ブーメラン刺さってるぞー。
状況の整理がしたい。
奏亜に、ここがインターチェンジのすぐそばだということを聞いたので、この距離なら歩いて帰れると伝えると、「体が汚くてくさいから風呂に入ってからいって」とストレートな言葉をもらったため、風呂に入ることにした。
先ほどの長い廊下は食事の匂いはしなくなっており、刃を砥ぐ時の匂いがした。母が毎日のように砥いでいたので脳裏に染み付いた匂いだ。その匂いが、なんだか安心感を与え、俺の脳内パズルのプレイスタイルを、RTAからゆっくり確実なプレイに変えてくれた。
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