第32話 episode 28 新たな魔人王

 予想通りだったのか、それ以上だったのか分からないが城内に入る人数としては予定よりも少なかった。


「レディ、人数が少ないけどどうするの?」

「このまま行くよ。ただ最短で向かうしかなさそうだけど。

 みんな!! これより城内に向かう。

 今よりも激しくなるかも知れないが急ぎ魔人王を討伐する!」


 三陣を先頭に駆け出し城へと続く緩やかな坂を登る。少しだけ振り返ると魔者と海賊が入り乱れてはいたが、どうやら海賊が圧倒しているようだった。


「アテナ、早速お出ましだよ」

「分かったわ。あたしは後ろに気をつけて付いていくわ」


 城の中ということもあり魔者も少数ずつで、これにはあたし達の本陣は手をかける必要がなかった。


「誰か秘密の通路知ってる人はいないの!?」

「カルディアの通った道だね? あれはあの側近達しか知らされてなかったようだよ」

「だったらあたしが通った道しかないようね。

 それを右に! そのあと階段があるから上に行って左よ!」

「了解しやしたっ!!」


 逃げるのに必死だったあの時の記憶の断片を繋ぎ合わせ謁見の間への道順を標すが、魔者との遭遇は回避出来ずどんどんと海賊を置き去りにせざるを得なかった。

 そして、扉の前に残ったのは全部で八名。


「この先よ。嫌な気配しかしないから分かると思うけど」

「あぁ、そうさね。血の匂いも混ざった嫌な感じだよ。

 みんな、いいかい? あたいとテティーアン、アテナで魔人王の相手をする。皆は手下となった海賊を抑えてくれ。

 それが済んだらあたい達に力を貸してくれたらいい」

「もし、あいつらが本当に魔者となっているならば躊躇ちゅうちょはするなよ。正気であるならば……出来ることなら生かしてやりたい。

 だが、お前達の命を優先することを忘れるなよ!」

「分かりやした!」

「やってやりましょう!!」

「では……行くぞ!」


 テティーアンの言葉で士気を高め、レディが大きな両扉をゆっくりと押し開いた。

 玉座で足を組み頬杖を付く色白の男性、それの両脇に仲間だったはずの海賊が並んでいる。


「彼がそうなのか?」

「ええ、間違いなく……いえ、あたしが見たときよりも若くなってる……」

「もう――話は済んだのか? 人間」


 声の感じもあの時のよりもすっきりとし若さをかもし出しているが、威圧的で重厚感に溢れ冷たさはあの時のままだった。


「ええ、終わったわよ! あんたを叩っ斬る話し合いがね」

「ふんっ。小娘が、我に従うなら今のうちぞ」

「舐めてもらっちゃ困るんだがね。あたいらだって何も用意してないわけじゃないんだからさ」

「貴様は中々見込みがありそうだが? 我が手を出す必要もあるまいて。

 あまり美味そうではないが、我らが活きる糧となるが良い」


 魔人王の言葉に並んでいた海賊達は口を開き、ありもしない牙を剥き出しにし出した。


「あいつら……どうやら眷属に成り下がったようだね!

 お前ら遠慮はするな! 仲間と思うな! 彼らは魔者と化した、人の意思は無いものと思え!!」

「おぉーー!」


 テティーアンの号令で王の間の中央で海賊と元海賊がぶつかり合う。それが徐々に両端で争うことになると魔人王への一本道があたし達の前に出来上がった。


「いよいよね……。

 やれる、あたしならやれる」


 あたしは鞘の解除をすると煌神刃ディバイン・ブレイドを引き抜き眼前に構えた。


「ほぉ、それは我が因縁たる武器。

 だが――お主のような者が持ってしても我が肉体を傷つけることは出来ぬだろうよ」

「それはどうだか? あたしを見くびらないでよねっ!

 それにっ――あたしはアテナって名前があるの!!」


 走り出したあたしの両脇を二人が素早く追い抜きそれぞれに剣を振るった。と同時に魔人王は立ち上がり真っ黒な外套マントひるがえすと姿形がその場から消えた。


「えっ!?」

「なっ!?」

「我を玉座から動かすとはなぁ。人間風情が」


 背中の方から声がし振り返ると魔人王はさっきまであたし達が立っていた所へ移動していた。


「あら? その人間風情の剣も受けれず逃げたなんて王を名乗る資格はあるのかしら?」

「ふん、小娘がぁ口だけは立派なようだな」

「口だけじゃなかったらどうする?」

「我を侮辱するのも大概にするが良い。貴様らに勝ち目なぞない」

「勝ち目がなくてこんなところに来るわけないでしょ!」


 先程とまるで同じように二人が仕掛けあたしが突っ込むが、これまた同じように姿を消した。


「我の動きを止められずして何を出来ようぞ」


 今度は玉座の前に戻っている。


「逃げてばかりなのね」

「ほう。避けなければどうにかなるとでも?

 では、来るがいい。たわむれもしまいだ」

「良くやったよ、アテナ。

 ここからが本番! 行くよっ!!」


 テティーアンは大回りして左手に回り、レディとあたしが正面から剣を伸ばす。しかし、テティーアンの剣が届く直前、彼女の体は弾き飛ばされ魔人王はレディの剣を掴むと伸ばした煌神刃を下から突き上げ玉座の後方へと弾き飛ばし真っ赤な垂れ幕を斬り裂いた。


「ぐっ!!」

「きゃぁっ!」


 レディは腹部を蹴られ、あたしは魔人王の外套に吹き飛ばされた。


「言ったであろう、人間が何をしても無駄だと」

「け、剣が――」

「無茶だ、アテナ! 今は行くな!!」


 あれだけは取り返さなければとの思いで立ち上がり倒れたレディの静止を聞かず玉座に向かい歩き出す。


「ほう。何も持たずして我が前に来るとはなぁ。

 やはり無謀という言葉が人間には似合うということか。

 ならば貴様だけは生きたまま我が糧になるがよ――ぐぅっ!!」


 魔人王が手を伸ばしあたしに触れる直前、苦悶の表情を浮かべ胸から煌神刃の先端が突き出ていた。それに驚いたあたしは左を見るがテティーアンは倒れたままで、状況を理解することが出来なかった。

 魔人王ドラキュリアの胸に突き刺さる煌神刃ディバイン・ブレイドは玉座を貫き垂れ幕の後ろから伸ばされていた。


「だっ!? 誰なの?」


 呼び掛けに応じることなく煌神刃は勢いよく上に掲げられ、魔人王は上半身を引き裂かれると一声も発することなく塵になっていった。


「誰だい! 出ておいで!!」


 背中からレディの声がし、状況を飲み込んだあたしはゆっくりとその場から去りレディのいるところまで下がった。


「助けてやったのにその言い様は無いんじゃないかい?

 気高い女性ノブル・レディ

「その名を知っている!?」


 レディは驚愕の声を出したが、驚いたのはあたしも同じだった。その名前で呼んだ女性は生きているはずがなかったからだ。


「そう! 私のことはまだ覚えているだろ?」


 垂れ幕から姿を現したのは死んだ筈のカルディアだった。


「カルディア! あんた死んだんじゃ――」

「あたしは見たわよ、あなたが首筋を咬まれ倒れたところを――」

「そうさね、あれで確実に死んだよ。

 人間としてはね」

「あんたまさか……」

「そうさ。私は魔人として甦ったのさ。

 それがドラキュリアを復活させた理由の一つだったわけでね」

「……バカやろう……」


 レディの声は小さく色々な感情が沸き起こってやっと絞り出した言葉だった。

 それに対してカルディアは笑顔を作り玉座へと腰をかけた。


「始めからそれでこの地に来たってことなのね!?」

「ああ、そうだ。この地に最初訪れた時に発見してね。

 そこで思いついたのさ、あと僅かな命を伸ばすには魔人になるしかないとね」

「僅かな命?」

「レディから聞いてないかい? 私達の傭兵部隊を裏切り壊滅に追い込んだことを。

 あの時、私は致命傷を負い瀕死でもうすぐ死ぬんだと腹をくくっていた。

 そこに一人の金髪の女性が手を差し伸べて言ったのさ『死ぬには惜しい逸材ね。少し生き延びてみないかしら?』とね。

 私は『生きられるものならね』と苦笑いして見せたわ。

 そしたら彼女は液体の入った小さな小瓶を渡し飲むように言い、私はそれに従って震える手でやっと飲み込んだわ。

 すぐに体は熱くなり動悸が激しく脈打つと目の前が歪み始め死を覚悟した時、彼女の一言を聞き終えると意識が遠退とおのいていった。

 次に目を覚ました時は傷が治り何とか動けるまでになっていたのさ」

「その女性は何て言ったのよ」

「彼女は『これは魔者の血を混ぜたもの、真に生きるには魔の者として生きなさい。さもなくばいずれ体は朽ちるわ』とね」

「そんなことって……」

「そう、それが有り得たのだから驚きしかないわ。

 そして傷を癒す為に神秘術カムイを施したら激痛に襲われ、彼女の言っていたことが本当だと悟ったのよ」

「カルディア……。

 そうだとしても魔人になってまで生きたかったのか!? あんたは……そんなんじゃなかっただろ!」

「そうさ、レディ。私は自分の信じた正義を盾に生きてきた。

 それを踏みにじったのは誰だい!?」


 二人の視線が交わると凍てついた空気が漂い、いつしか周りの戦闘も停止していた。


「あたいだよ……あたいだけど! 何がそうさせるんだい!!」

「私を突き動かすもの、ね。

 それは私の世界を創ること!

 人間よりも高みに立ち人を統べる者として生きることさ」

「魔人王ドラキュリアと全く一緒じゃない? だったら一緒にやれば良かったじゃない。

 どのみちあたしが二人を滅ぼしてたろうけどさ」

「ふ、はっはっはっはっ!!

 アテナ、このに及んで随分と強気だね。私がこいつで斬らなければ終わりだと思って助けたんだがね」

「ああっ! 確かに助けては貰ったわね、忘れてたわ。

 でも、それは余計なお世話ってやつなのよ?

 魔人に助けられたなんて言いふらされた日にはたまったもんじゃないからね」

「では、新たな魔人王となった私を滅ぼしてみたらいい。それで名声が欲しいならな。

 これも返してやろう」


 座ったまま放られた剣はあたしの足元へ勢いよく突き刺さりそれを引き抜くが、あたしは構えずに下に向けたままにした。


「あたしは名声が欲しいわけじゃないのよね、残念ながら。

 だからカルディアと戦う理由もないし、なんなら思い直してくれないかなとも思ってるわけ」

「思い直すとは? 私は始めからそのつもりだったんだよ。

 それにはドラキュリアの存在は利用する以外は邪魔でしかなかったのさ。

 それにこの力を見るがいい。

 出でよ! 眷属ども、我の元へ集え!」


 カルディアの号令にどこからともなく羽音と奇音が聞こえて来ると、カルディアの傍に吸血蝙蝠ディープ・バットが牙を剥き出しに

集まっていた。


「どうだい? 魔人王ともなると人間にはない力も扱えるのさ。

 こいつらに吸われるとお前達も下級魔人の仲間入りってやつさ」

「えげつないわね。しかもこの数じゃどうすることも出来ないわ」


 吸血蝙蝠の数に圧倒され眺めていると、視界の端で動く人影が目に映った。


「カルディアー!!」

「テティーアン!? ムリよ!」


 カルディアの視線はあたし達に向けられたままだったが、突進したテティーアンに吸血蝙蝠が群がり行く手を阻んでいた。


「助けるよアテナ!

 みんな!! テティーアンを助けた後、撤退する!」


 海賊達の脇を通り抜けたところであたし達にも襲いかかってくる。


「でやぁ! そりゃあ!」

「アテナ、その剣は吸血蝙蝠にも有効だ! あんたがテティーアンの元へ」

「分かったわ!! テティーアン、少し耐えていて!

 だぁぁ!!」

「はっはっはっはっ!

 生き延びることが出来たら次の機会を楽しみにしているよ!

 あっはっはっはっ」

「なにくそ! こんなところで死ぬわけないじゃないのさっ!!

 でやぁ!

 テティーアン! こっちに」

「くっ! アテナか!? すまない――つぁ!!」


 テティーアンを吸血蝙蝠のから救い出すと、レディのところへ集まる群れを蹴散らし扉のところまで下がった。

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