第31話 episode 27 魔人王の島

 話し合いから三日。

 準備の整ったあたし達は三隻の船にて魔城を目指している。


「さて、あたしにも作戦とやらを聞かせてくれない?」


 船長室の椅子に座り対面のレディにこれからのことを聞く。


「そうだね。アテナにも知って貰わなきゃならないからね」

「この船が上陸班ってことでしょ? それ以外のことが全くだからね」

「そう、この船を動かせるだけの人間だけ置いて後は戦いに行くよ。その中でもあたいとアテナ、他に腕の立つ十人はあたい達と共に行動する」

「すると、あのテティーアンって女性も一緒なのね」

「そうだよ。彼女はあたいらの前に立って貰う。なんたってアテナの剣が頼りだからね、それとアテナを失う訳にはいかないからさ」

「ちなみに聞くけど、この剣は確かにあたしのだけど、あたしまで行く必要があるのかしら?」


 一応の約束ではあるが、剣技の腕があるわけではないあたしが何の役に立つのかははなはだ疑問ではあった。


「確かにね、剣だけ借りるという話もあったよ。危険だと分かっているところに連れて行くのもどうだってね。

 だがさ、打ち倒せない相手だと分かればあたいらで逃がすだけのときを稼ぐことが出来るだろ?

 もし、テティーアンが借りてやられでもしたら剣も魔人王の手に渡ってしまう。これだけは避けなければって話にはなったのさ」

「そこで一番身軽なあたしってことね。

 それにあたしなら魔人王も油断するし、致命的な一撃が与えられるだけで良いって話だったんでしょ?」

「そういうこと。最終的にはあたいとテティーアンで動きを止めて、アテナが止めを刺すというのが筋書きではあるんだ。上手くいくかは分からないがね。

 あたい達の剣技とアテナの俊敏性があればこその作戦ってことさ」

「はっきりしたわ。

 あとはそこまでどうやって辿り着くかの問題よね?」


 そこでレディは机に両肘を付き合わせた手の上に顎を乗せた。


「あぁ。問題がそこでね。

 魔人王が甦ったことであの島の魔者は統率され、繁殖力も高まったと思うのさ。

 だとすると、どれだけの数が今あの城に集まってどれだけの防衛力になっているのか検討もつかないんだよ。だから集められるだけの人数をかけて総力戦をしようってことになったのさ。

 船の周りにはある程度だけ残して、あとは対応するしかないと思っているよ」

「船はそれで大丈夫なの?」

「それは心配要らないね。

 砲台は積んであるし、海賊船五隻は落とせるだけの力量はあるから大丈夫さ。

 それよりも城までにどれだけ辿り着けるかってとこでね、とにかく生き抜いてくれる人数が多いに越したことはないんだが」

「確かにね、みんなやっと見つけた居場所があるんだから命だけはね。ってことは正面突破はムリってことか」

「いや、正面から行くさ。

 最早どこにどれだけの魔者がいるのかも想像つかないからね、それなら遠回りせずに全員で向かう。但し、あたいらは一番最後に行く。

 アテナにとっては今までにない苦しみを味わうかも知れないが、アテナなら乗り越えられると信じてるからね」

「みんなの犠牲の上に立って生きろってことなのね……」

「そうなるね。

 ただ、彼ら海賊の中にも神秘術カムイを扱える者もいるらしいから、誰も死なないことを祈ってはいる」


 いくら術士がいようともそれは気休めなことくらいは分かっているし、あたしへの重圧を少しでも和らげるようにレディが配慮してくれたのも分かっていた。


「そうね。魔者相手なら有効よね。あとは運任せってところ……か」


 と、ここでドアを叩く音が部屋の空気を一変させた。


「来たか……」

「レディ!! 島が見えましたぜ、上がって来てくだせぇ!」

「行こうか、アテナ」


 あたしの心臓の高鳴りが一段増したが、それを落ち着ける為に一呼吸置いてから立ち上がる。


「ええ、行きましょ。覚悟は出来たわ」


 レディはあたしのそばに立つと肩に手を置き大きく頷くと笑顔を見せた。

 でもそれは互いの見せる最後の笑顔になる気がして、あたしは拳をレディに向けるとしたり顔を見せ拳を軽く合わせてくれた。

 三隻の船を岸辺に着けると、そこから長い木の板を渡し上陸への道を作り大群が船から降りる。周囲に魔者が居ないことを確認すると、レディが木の板の中央に立ち全てを見回した。


「いよいよだ! カルディアの仇を討つときがきた!

 我らが誇り高き船長カルディアはこの地に復活を遂げた魔人王ツェペシュ・ドラキュリアの手によって命を散らせた。

 それは我ら海賊にとっても脅威だ。

 仇を討つと共に、我らの居場所に安定をもたらす戦いになる。

 この戦いは激戦になることは間違いないだろう。

 しかし!

 今、我々には神聖なる剣の加護がある!!

 これを討ち滅ぼし我らが地を守り抜く。皆の力を用いて己の居場所を守り抜け!

 そして、生きて帰ることを忘れるなっ!!」

「おおー!!」


 勇ましい雄叫びが島に響き渡る。

 皆それぞれに覚悟を持ってこの地に来たのだ、レディの演説は更に奮起させたことだろう。

 レディが板を降りるとあたしは近寄って拳を差し出した。


「良かったわよ。これを見ると敗走なんて考えも出来ないわね」

「ありがとうね。皆がカルディアに感謝してたってことだろうよ。

 あたいはそれを呼び起こすだけの役割さ」

「良い演説だったよ、レディ。柄にもなく私の心も奮い立ったさ」


 あたしの後ろからテティーアンが不意に話しかけ驚くと同時に半身を翻し場所を開けた。


「テティーアン、頼んだよ。戦闘になればあたいより海賊をまとめられると思うからね」

「やれることをやるまでだよ。アテナの剣が唯一の頼みだからね。

 それにさ、私はあのとき置いてきぼりを食らった身なもんでね、魔人王に一太刀浴びせてやらないと気が済まないってもんなのさ」

「そういえばあの時いなかったわよね?」

「カルディアは町の警護で私に残れって言ってたのさ。

 海賊業よりそっちのほうが向いてるってのもあったからね、クリスティアンと共に留守番だったのさ」

「まあ、誰も予想してなかったことだからね、魔人王がいるなんてさ。

 あたしもあの場で凍りついたもの」

「だからさ、私が突破口を開いてやるのよ。

 アテナもレディも魔人王には借りがあるようだからね」

「あぁ、あたいの友……大切な友だからね。

 ……さぁ、行こうか!!」

「了解したっ! 先人の奴らに伝えて来よう!」


 テティーアンは人混みに紛れ、その中心にて大声を上げている。すると間もなく居城へと隊が動き出し、あたし達も後を着いていくことになった。


「ミーニャには何か伝えてきたのかい?」

「伝えるも何も聞く耳持たないって感じだったわ。

 一応は何かあったらクリスティアンと一緒に居なさいとは言ったけどね『何かあったらとか知りません、何もありませんから!』ってさ」

「信じたいんだね、アテナが戻ることを。

 ……大丈夫、あたいが全てをかけてでもミーニャの元へ帰すつもりだから。だから、いつものアテナでいたらそれで良いからね」

「あたしはいつだってあたしなのよ! あたしだけじゃない、レディも皆も一緒に帰るの。

 このあたしが対抗出来る武器を手にしたのよ? 負けるはずなんてないの、分かった?」

「……ぷっ! はっはっはっはっ!! そりゃそうだ!

 幻獣すら倒してきたんだものな、魔人王だって……っ! 来たか!!」


 森を抜け居城が姿を見せると同時に前方で怒号が響き渡る。甲高い武具のぶつかる音が至るところで鳴り、まるで四方を囲まれている感じさえさせる。


「レディ! 待ち伏せですぜ。

 左右前方と囲まれてるって話でさ」

「分かった。先発隊は進まず食い止めることを。後からの合流に専念させるんだ。

 あたいらはそのまま突破する!」

「分かりやした!!」

「さて、行くよアテナ」

「いつでもどうぞ!!」


 レディは近くの海賊に二陣から中央突破をかけると伝えると隊の動きが止まり、真ん中の大軍が走り出した。


「レディ! 次発隊が中央をこじ開けた。

 私達も続くよ!!」

「頼んだよ、テティーアン」


 走り抜く両手では海賊が魔者と入り交じり武器を振るい、段々と真ん中の道は細くなっていく。そして遂には道という道はなくなり交戦している間を抜けるということをするしかなくなった。


「でやぁ!!」


 引き抜いた剣は偽鞘を付けたままだが、これで十分に喰妖魔グールぎ払い自分の道をこじ開ける。


「たらぁ!!」


 海賊との間を通り抜ける際は蹴りを食らわせ、進むべき方だけに注意を向けるとレディはあたしと周りの海賊を守るように前後左右へと移動していた。


「くっ! まだなの!?」


 魔者の爪があたしの腕を掠めようとするが構わなかったことで事なきを得たが、未だ交戦域を出る気配がなかった。

 倒れた喰妖魔の牙が足を捕らえようとするが、剣先を地にわせ首を斬り上げたところで立ち止まり周囲を見回す。

 

「あれ! あそこね!!」


 前方の一ヵ所だけは海賊達が背中合わせで明らかに道を作っているのが見て取れた。


「頼んだわよ! みんな生き抜いてよ!!」


 背中に一声にかけながら間を通り抜けるとそこは海賊に囲まれ魔者の居ない空白地帯となり、数十人の三陣とあたし達本陣の面子めんつが揃っていた。

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