第30話 episode 26 死地への覚悟
次の日、昼には港街に着きタグとも別れ、あたし達は船へと戻ることが出来た。
「海風があると随分と違うもんね」
「そうさね、体も洗い流して余計に涼しく感じるよ」
「気持ち良いですね、お嬢様。
ところでいつ出航するんですか?」
あたし達は
海の運ぶ
「もうすぐらしいわよ? ね、レディ」
「ああ、今積んでる荷物が運び終わったら出ることになっている。許可も取り終わってるらしいからね、すぐにでも出れるよ」
「ここを出たらそのまま魔人のところへ行くのですか?」
今後の話はあたしとレディだけで話し合っていた。その間、ミーニャは身支度をしたりとそれはそれで忙しかったらしい。
「ううん、一旦はグラードに戻るわよ。
この人数じゃ魔者の巣窟には行けたもんじゃないからね」
「そう、魔人王のところへ行ってもカルディアの海賊達も残っているからね。
低級な魔者と違って知性もあれば戦い慣れもしてるだろう、だから戦える海賊を連れて行くしかないのさ」
「分かりました。では、町に着くまではまた皆さんのお手伝いでもしていますね」
ミーニャは笑顔で応え、あたし達も笑顔で頷いた。
レディとの話し合いはお互い考えていたことが一緒だったようですぐに結論が出て、このよいな運びになった。
「レディ! 終わりましたぜ!!」
「ご苦労さん。
これより町に戻る! 皆、配置についてくれ!」
号令に呼応すると桟橋とを繋ぐ板を外しにかかり、足早に持ち場に着き始めるとレディも高い位置へと移動し、残されたあたし達は縁に寄りかかりその様子を眺めていると、ゆっくりと船が動き出す。
「ようやくってとこね。これで終わりじゃないけどさ」
「そうですね、こんなにあっちこっち行ってたら剣が目的だったと錯覚してしまいます」
「それなのよね。ホント紆余曲折して手にしたのが目的の為の手段なんだもの。
それもあたしが持っていたなんてね」
「私が早くにきづいていたら良かったのですが。これからはもっとお嬢様の身の回りのことを気にしますね」
「いいのよ、いいのよ! ミーニャは今まで通りでいいの。
ホントはあたしの身の回りなんてどうでも良いんだから」
笑顔で応えたが、ミーニャは怒ったような真剣な眼差しで訴えかけてきた。
「ダメです!! お嬢様の身の回りをお世話するのは私だけの役目ですから!
それに……」
「それに? なによ?」
「お世話しないとお嬢様は裸でうろうろするじゃないですか!」
いつも言われるが改まって言われると軽くショックではある。
「だって部屋にはあたし達しかいないんだからいいじゃない! それこそミーニャだって裸でいてもいいんだから」
「いくら近い存在でも恥ずかしいことは覚えて欲しいんです。私はいつだって恥ずかしいですし、人前で裸にはなりません!」
「……ケチ」
「お嬢様っ!!」
と怒鳴ったところでミーニャは目を開いて何か思いを抱いた顔をした。
「全くお嬢様は……。
これ以上は何も言いません。ただ、生きてさえいてくれたら」
見抜かれた……。
これから魔人王と戦いに行くのだ、死と向き合わせになるのは百も承知。だからミーニャとは楽しく話していたかった。
「あたしが? 死ぬワケないじゃないの。ミーニャを置いてなんて死ねないっての。
唯一の家族みたいなもんなんだから」
「……お嬢様!!」
笑顔で言ってのけるとミーニャが急に抱きついてあたしの胸を濡らした。小さな嗚咽が聞こえる中、そっと髪を撫で流れる雲に思いを馳せると空が滲んで見えてくる。
「だ……ぐすっ、大丈夫よ。あたしだって簡単には死ねないんだから。あたしが死んだらミーニャの世話は誰がするのって話でしょ。
あたしがいるからミーニャがいる。
ミーニャがいるからあたしがいるの。
約束するわ、これからもどんなことがあってもミーニャを置いては死なないと」
「ひっ、ひっ……ぐすっ、本当ですね。絶対の約束です。
……でも……私、お嬢様にお世話されたこと……ないです」
「ふふ、ふふふふ。ほら、いつものミーニャに戻った。
あたしのお世話はこういうことなのよ、可愛らしいミーニャ――」
顎を持ち上げお互いの目線が合うとあたしは顔を近づけた。
「お、お、お嬢様っ!! いやですぅー!!」
「あっ! こら! 待ちなさい、ミーニャっ!!
……ふふ」
ミーニャはあたしを突き放し一目散に船の中へ駆け込んでいく。
その様子に自然と笑みが
それは、あたし自信が許されないから。
軽い吐息と共にまだ見ぬ未来を考え、風の流れに乗った船に身を預けると覚悟を決めた。
港町グラードに着き一日の休養を経たおかげで船の揺らつきも体から取れ、海賊の
「アテナ、来てくれたね。
これで皆揃ったわけだ」
会議に使う大部屋には海賊達の主要人物が集まっている。ただ、船乗りを主としていた主要人物達はカルディアと共に魔人王の部屋に立っていたので、ここにいるのは偽装領主の側近達だった。
「よし、お嬢ちゃんも来たことで始めようとするかい?
レディ、探し物はどこにあるんだ?」
優男のクリスティアンはこれまた笑顔を崩さずあたしと反対側に座るレディを見比べた。
「そいつならアテナが持ってるよ。とは言っても、どこにあるかは教えられないがね」
「そうだろうなぁ。簡単には信用されないのは分かっていたさ。
だから、特に人質を取ろうなんてこともしないし、探しさえもしないさ」
「良いのかよ、クリスティアン。本当に持って来たなんて疑わしいぜ?」
長身で頭に布を巻いた
「ああ、構わないさ。持って来なければ全員死ぬだけ。持って来たなら一矢報いる可能性があるだけだからな。
どのみち魔人を放っておいたら全世界が危ういんだ、ここで嘘を言っても解決にはならないさ」
「流石だね。あたいも同じことを考えてたから、手ぶらでは帰ってくるつもりはなかったよ。
それで、どうするんだい?」
「もちろん、カルディアの敵討ちに行くさ。
今度ばかりは町を棄てることになるかも知れないが、総出で行くつもりさ」
「総出ね。それならあたいらも辿り着けそうさね」
「ねぇ? 総出って、町の海賊達もってことなの?」
ふとした疑問にあたしが割って入った。
「町の半分くらいだな。普通に旅人の相手をしてる連中もいるからな、そいつらまでは連れてはいけないさ。
オレ達にもしもがあっても商人としてやって行けるだろうからな」
「なるほどね。ただのお飾りじゃないのね、あなたも」
「領主気取りだからな、色々考えもするさ。
船は三隻出す。その内の二隻に上陸組を乗せるつもりだがいいかな?」
「上等。
上陸後はあたいが指揮を取る。船はあんたに任せるよ」
「結構。
魔者の繁殖力は侮れないらしいからな、あんたらの帰る場所は守っておくさ。
それと同時に同胞の命を預けているのも忘れないで欲しいね」
「一人たりとも無駄死にをさせるつもりはないさ。
この中で手練れの者はいるかい?」
レディが数十人を見回すと約半数が手を挙げた。
「他にも剣技に長けている者がいたら教えてくれ。城内が今も変わらずとは限らないからね、ある程度の人数が必要なのさ」
「それはこちらで確認しておこうか。
レディと共に向かう上陸組と船を守る上陸組、そして船に残る者に大きく別けておくさ。
上陸後はレディに従い、お嬢ちゃんを守りつつってことで
「それで行こうか」
クリスティアンの案にレディが同調すると、一人の女性が手を挙げ、不服そうな表情で口を開いた。
「カルディアが居ない今、一番武器の扱いに長けてるのは私だと思うが、その剣とやらを私が使うってのはどうなんだい?」
こんな話が出るとは思っていたが、レディは一体どうするつもりなのか何も聞いていなかったので、口を挟むことなく黙ってみる。
「テティーアン、それは分かっているさ。
ただな、元からお嬢ちゃんの武器だったものらしいのさ」
「だからと言って、使えないのなら持っていたところでカルディアの敵討ちなんて出来ないだろうさ」
「そいつは心配要らないよ。アテナが持つから意味があるのさ。
そいつが分からないんじゃまだまだってもんだよ」
「なんだと!?」
派手な髪飾りを付け長髪を麗しく纏めたテティ-アンは両手をテーブルに激しく打ち付け、立ち上がりレディに睨みを利かせた。
「落ち着きな。
オレにも真意は分からないが、所有者から奪うことも出来ないだろう。そんなことしたらカルディアの教えを破っちまうことになる」
「……ちっ! 分かったよ」
憮然として座り直すテティ-アンを横目に、隣に座る海賊にカルディアの教えが何かを小さな声で尋ねた。
「んああ、悪からは根こそぎ頂き善良者には慈悲をってな。
海賊って名乗ってはいるが、義賊みたいなもんなのよ、オレらは。
欲しいものを奪い自由にやる連中とは違い、ここに居る連中は居場所がないだけで普通に暮らしたいのさ、本当はな。
海賊から金品を奪う海賊って感じなのさ」
「カルディアが慕われるわけね。ただの荒くれ者と思っていたけど、そのことを知れて良かったわ」
本当は寂しい人達なのかも知れない。
身なりや生き方はそれぞれ理由があるからなのかと、少しこの場所の見方が変わったきがした。
「よし、あとは異論がないようなら三日後に船を出す。
町への通達と準備を怠るなよ」
クリスティアンの号令で一同席を立ち、それぞれに部屋を後にする。
あたしはレディの動向が気になったのでその場に佇んでいると、テティ-アンがあたしの肩に手を置いた。
「あんたの腕前、見せてもらうよ」
「あんたじゃなくて『アテナ』ね」
「ふふっ」
少し笑みを浮かべるとテティ-アンは部屋を出て行き、あたしはレディにこのあとどうするのか聞いてみた。
「あたいは今日はここにいるよ。クリスティアンと色々と話すことがあるからね。
明日はアテナのとこに行くが、話次第ではその後もここに入り浸ることになるかもだね」
「そう、分かったわ。それなら明日は泊まってる部屋にね。
あたし達も準備しとくから――と言っても大部分はミーニャがしてると思うけど」
「あっはっはっ! そうだろうね。本当に気が利く子だからね、ミーニャは。
それじゃあ明日行くから待っててくれ」
レディに頷き部屋を出る。
あと三日。
その間に出来ることをしなければならないと心に誓い、ミーニャの待つ宿へと足を向けた。
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