第29話 episode 25 散る命

 拾い上げたつかを見ると現実味を帯び、絶望が沸き上がってくる。


「これ、どうしよ……」

「お、お嬢様……」

「なんてこった。普通、そんな目一杯蹴らないだろうに……」

「し、仕方ないじゃない! ぬ、抜けないんだもの!

 それに柄に当たるとは思ってなかったし」

「いやいや、刺さってるものを蹴るという発想だよ。折れるに決まってるじゃないのさ」

「だからって簡単に折れるほうも折れるほうよ。もうちょっと丈夫に造ってあるはずでしょうに」


 最早剣が悪い、造り手が悪いとしか言いようがなくなった。こんな造り方でと愚痴を吐きつつ柄を見回していると肩に手を乗せられ、振り向くと目が座っているミーニャだった。


「ミーニャ? どうしたの?」

「闇より生まれし魔の力……の光より照らす聖……は一条の煌めき……闇を砕く刃となりてその姿を現せ」


 ミーニャの口調とは全く異なり、まるで魔言語マジックワード神秘言語カムイワードでも唱えているかのようだった。


「ど、どうしたのミーニャ!?」


 ミーニャに驚いていると手元よりまばゆい光が発せられ、それは柄から剣身のような形で固定された。


「光が剣になった!?」

「こんなこと……。

 ミーニャ、これは!?」


 あたしもレディも困惑から言葉が出ず、ミーニャに振り返ると目を閉じ項垂うなだれていた。しかしそれも一瞬で、急に顔を上げたかと思うと辺りを二度三度と見回している。


「お、お嬢様! 剣が、剣が!」

「え? あぁ、うん。光が剣の形になったのよ、ってミーニャがやったんじゃないの?」

「わ、私が? そんな、何もしていませんよ」

「だったらさっきの言語ワードは何?」

「言語? 何も話してないですが……」


 言ってないわけはない。

 確かにミーニャの口から発せられたのはこの目で見ていた。しかし、ミーニャが嘘をつくことは考えられないし、ついてるような素振りも全くなかった。


「んー、まぁいいわ。

 何にせよ、これが煌神刃ディバイン・ブレイドってことなんでしょ、きっと」

「アテナ、こっち来て見てみな。どうやら謎が解けたよ」


 レディは折れた剣身の傍に立ち、驚いた顔であたしを手招きしていた。


「何々? ……ん? 剣が空洞?」

「そうさ、普通は有り得ない事さ。

 一つ一つ説明するが、この剣身自体には硬化と軽化の術が施されていて普通に軽く切れ味の良い剣になっていた。だが、それは煌神刃を隠す為のさやというのが本来の姿。

 そして、煌神刃は神秘力カムナを注ぎ込むことで実体を現すってのがあたいの見解だね。

 ファルの言っていた王の還る先というのは天、王の棺より高い場所に答えを持っていると言われたアテナの剣を差し込み天への道を創る、これが真の正解ってことだろうさ」

「あたしが答えを持っているって言ってた?」

「言ってた」

「言ってましたよ、お嬢様」


 ファルとの会話を蘇らせようとしてもそんな言葉は浮かび上がらず、二人に苦笑いで応えるしかなかった。


「ま、まーその、結果的に良かったじゃない」


 これにはレディも苦笑いで応えた。


「それに鞘の役割があったから外れるようにはなっていたみたいだね。ここに引っ掛かりが付いてるしな」


 レディに言われて見ると剣身の柄に当たる部分には二つほどの突起が付いていた。


「ホントね。

 そうすると、この柄のどこかに……これかしら? なんか押せるわね」

「蹴り上げたのがさいわいしたね。無理矢理外すことになったんだから。

 これが真横だったら引っ掛かりから折れていただろうさ」


 あたしの低い身長が役に立つなんて想像もしていなかったが、何はともあれということだ。


「どうやら探し物が見つかったようだな。これでお別れだ」


 安堵の息をしている最中、後ろからカマルは無表情で唐突に別れを告げながら降りようと階段に足をかけていた。


「ちょっと! 待ちなさいよ!!」


 慌てて刃を剣身に戻し、カマルの方を見ながら引っ張り上げると今度は簡単に抜けた。


「あ、あれ?」

「……どうやら抜ける角度があったらしいね」

「……そ、そのようね。

 待ちなさいって!」


 体を捻りながら引っ張ったのが良かったらしく、鞘に剣を収めると慌ててカマルの後を追い階段を降りた。


「待って、お嬢様。それって鞘を鞘に入れてますよね」

「……そ、そうね」


 ミーニャの言わんとしてることは良く分かるが、どう対処すべきかこれしか言葉が出て来なかった。しかも、ぶっちゃけどうでもいい事だったのが輪をかけて言葉を詰まらせている。

 カマルに追いついたのは外への入り口の手前で息が少し上がっていた。


「何かおかしい……気をつけろ」


 入り口に一歩踏み出す直前、カマルは不意に言葉を発し一つ階段を降りたと思った刹那、部屋へと飛び込んだ。それを確認し、タグに続いてあたしが部屋へ入った時だった。


「えっ!?」


 カマルの頭上から影が落ちて来たと思った矢先、赤い液体が光り輝く部屋の一部を染め上げる。


「カマル!!」


 叫んだ言葉を遮るよう間に立っていたのは動かなくなったはずの傷だらけの獅子人体躯アブル・ホールだった。


「あの血の量じゃ助からないと思うが、片付けるしかないようだね!」


 レディは誰よりも先に獅子人体躯へ突進し、剣を突き立てた。


「助からないって!?

 タグとミーニャは外に! あたしも行く!!」


 腰元から鞘ごと取り外すとつばにある突起を押し、小さな音が聞こえるのを確認すると勢いよく真横に振るう。

 残された柄から煌神刃が輝くと下に構えながら走りだした。


「だあぁぁぁぁ!!」


 いくら幻の獣といえど手負いの相手。

 あたしは無我夢中で斬り上げるとまるで手応えはなかったが、腰から肩にかけて新たに大きな傷を作っていた。


「ぐぅおぉぉぉ!」


 獅子人体躯の叫びが部屋に木霊すると動きが止まった。


「レディ!!」


 斬った感覚の無いほどの斬れ味に勝機を感じたあたしはレディに目配せをし膝へと一閃すると、雄叫びを発したレディは跳ね上がり爪を避けながら剣を振るう。

 レディの足が床に着くと同時に首も一つ床を転がっていき、離れた体は横に倒れ込んだ。

 黄金の部屋に重く響き渡る音は一つの命が散った証でもあった。


「はぁはぁはぁ……。

 あっ! カマル!?」


 吹き出た命の滴が床を満たし横たわる体にタグが駆け寄っている。


「カマル!? カマルー!!」

「アテナ、タグ……。

 カマルはもう……」


 言葉にならないタグの嗚咽が胸を切り裂き、いつの間にか涙が溢れていた。


「ねぇ、レディ! どうにかならないの!? ねぇ!!」

「……あたいにゃ何も出来ないよ……。

 あたいじゃなくても命尽きた者はどうにも……」


 あたしは流れる涙を拭うこともタグの叫びに動くことも出来ず、ミーニャはタグに寄り添い優しく肩を抱くと体を引き寄せ自身の胸の中で想いを溢れさせた。

 レディはあたしの荷物から外套ローブを取り出すと、カマルの体に静かに近寄り全員分の外套を体に巻きつけた。


「それ……どうするの?」


 かすれた声を絞りだし外套に包まれたカマルの体を見つめる。また、あたしの目の前で人の命がついえた。

 だが、これまでとは違うのはさっきまで話していた、さっきまで傍にいた仲間だ。意見は違えど、反りは合わずとも、一緒にいた友だ。

 心に突き刺さった剣を抜かれ、その穴を広げたような痛みと虚無感。震える膝をこらえ、涙後も拭かずにレディを見据える。


「このままここには置いては行けないだろ。連れてってやるのさ。

 その後のことは道中にでも考えるさ」

「……分かったわ……。

 ミーニャ、タグは大丈夫?」

「ええ、少し落ち着いてきましたよ。

 タグさん? 立てますか?」


 ミーニャの胸の中で少し頷くと掴まりながらゆっくりと立ち上がる。が、ミーニャは立ち上がった途端にあたしに向き直った。


「お嬢様こそ大丈夫ですか?」

「な、何言ってんのよ。大丈夫に決まってるじゃない」

「立っているのもやっとで声を出して悲しみたいんじゃないですか?

 無理しなくて良いんですよ」

「ミーニャ……あたしは大丈夫よ。

 ありがとね、気にかけてくれて。大丈夫、行きましょ」


 カマルを抱えたレディが部屋を後にすると、ミーニャは振り返りながらタグを支え部屋を出た。

 残されたあたしの頬には一筋の涙がこぼれ濃赤の床をにじませると、自然と顔は天井へと向き唇を噛み締めていた。


「カマル……。

 あたしとの決着はどうするのさ……」


 息吹きを感じない部屋で一人呟くと、壁に拳を叩きつけレディ達の後を追う。

 あたしは気づいていた。

 カマルの命を奪ったのはあたしなのだと。


「誰よりも強くならなきゃダメってことね……誰かを守る剣にならなきゃ」




 金字塔ピラミッドを出たあたし達は無言のまま王家の谷を抜け砂漠へと出た。


「あの……」

「どうしたの? タグ」

「私、カマルと一緒に暮らそうと思います。

 カマルの残したお金で暮らしていけますし、私の最期まで見守っていけたらと。でも、カマルには想い人も居たわけで、邪魔になるかも知れないんですが、だとしても一緒にいた仲間なので。

 私の想いは通じなくても、カマルの存在を消したくはないと勝手な想いを抱いているわけで。

 どうでしょう? と言っても私の気持ちは変わりませんが」

「あたしは……良いと思うわ。

 カマルも、その想い人も悪い気はしないと思うし」

「あぁ、そうだね。あたいも賛成だね。

 なら、どこに連れて行く?」

「アテナさん達の船がある街から少し行ったところに小さな街が有ります。そこなら住む場所も困らないと思いますから、そこにカマルも一緒にと」

「分かったわ。それなら街まで案内してもらって、そこでお別れね」


 意見もまとまった所で日も落ち、オアシスまで辿り着くとそこで一晩を明かした。

 昨日はもう一つあった焚き火も今はなく、明らかに暗い雰囲気だったが誰も無理には明るく振る舞うこともなかった。そして、あたしの提案でタグとカマルの旅の話を聞き、カマルの存在を皆の胸にも刻むこととなった。

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