第四章 新たなる魔人王

第28話 プロローグ 4 不老者

 あたしは目の前の男女に対して肩をすくめ軽く目を閉じて見せた。


「ちょっと! あんた、私達の探してる武具を折ったの!?

 どういうことよ、それ!」


 アスナ明日菜は怒り心頭にテーブルへ両手を付き前のめりになっている。


「待て待て。

 なあ、アテナ。本当に折れたのか、その剣は」

ルキ流騎は何を冷静にしているのよ! この女が大事な剣を折ってるのよ!?」


 この女だと!?

 どの口がそんな言葉を吐き出したのか、ひねり上げてやろうかとも思ったが、心の中で何度も何度も落ち着けと繰り返していた。


「だがな、それで終わりならここまで話した意味もないだろ? きっとどうにかしてくっ付けたに違いないのさ。

 そうだろ、アテナ」


 あたしは少しの沈黙を作り小さな声で答えた。


「……終わり、だとしたら?」

「はぁ!? マジこのおばさん何言ってんのよ!

 いくら私達が不老に近いからって無駄に話を聞いてる暇はないのよ!?」


 お、お、お、お、お!?


「どのクソガキのどの口がそんなこと言ってんのよ!!!!

 はぁ!? ふざけんじゃないわよ!

 この美貌を見てよくそんな言葉を吐き出したわね!!

 その忌々しい口の中にバルクスの葉を詰め込んで蛇鳥アズリアの卵を押し込んでやろうかしら? えっ!?」

「やれるもんならやってみなさいよ!」

「二人とも待てっての! ほら、アスナも座れって。

 アテナ、申し訳ない。

 とりあえず、とりあえずだ。本当に折れたのは間違いないんだな?

 それでその剣は一体どうしたんだ?」


 ルキになだめられ仕方なく言い争いは止めたのだが、はらわたが煮え繰り返っているのは変わってはいなかった。


「冗談――ではないんだけど、からかっただけよ。

 話にはまだまだ続きがあってね、折れるべくして折れたって言い方をしても間違いじゃ……」


 途中まで言いかけてさっきのアスナの言葉が脳裏をよぎる。それは若干の冷静さを取り戻していたことを意味していた。


「さっきさ、あんた達『不老』だとか言ってなかった?」

「ああ? その話か。

 説明するには長くなってしまうんだがな」

「もしかして、ファルの言ってたのってあんた達だったのかしら」

「本当にその塔から世界を見渡しているのならオレ達のことだろう」

「そうなのね。これであたしが出会った不老者は四人になったわけか」

「ん? ファル以外にもあったことがあるのか?」

「ええ、一人ね。

 今となっては彼女の言ってたことも多少理解は出来るわ。納得はしてないけど」


 この話の後アリシアを探している最中さなかに彼女とは出会った。だが、彼女の存在を知ることになったのはこの後の展開だったのは今となってようやく繋がったのだ。


「何か理由ワケありなんだな。

 不老は喜びを得る者もいるが絶望も与えてくれるものさ。皆が老いていく中オレ達は置いてきぼりにされるのだからな。

 それを理解したからオレ達は島を離れて世界に出ることにした」

「女の子にはこの上ない話ではあるのよね。ただ、嫉妬しか買わなくなるってのがさ」

「ん? そうよ! 一体あんた達はどれだけ生きてるのよ」


 そう、出会った二人はあたしが産まれる以前より生きていた。

 すると、この二人もまた……。


「どれだけ?

 国によるとは思うがオレ達の居た島では四つの季節で一周期として、それが四十周はしたと思うが、よくは覚えていないな」

「すると、もしかしてさ、まさかとは思うけど……」

「実際はアテナよりも老いているかも知れないな」

「ちょっと! ルキ!! なんでそんな事細かに話すのよ!」

「はんっ! 誰が『おばさん』だって!?

 よくも今まで言ってこれたわね!!」

「それは老いていたら・・・の話でしょ!

 私は見た通りピチピチの肌を保っているんだから、仮定の話をされても困るわけ!!」


 減らず口も大概にしとけよ、おばさんめ。


「とは言っても、アスナは魔力マナがなければ老いてしまうだろうに。

 オレもだがな」


 ルキの言葉で色々と読めてきた。

 そして、あたしは勝ち誇るかのようににんまりと笑みを浮かべた。


「ってことは、偽りの若さってわけね。だったら結局あたしの方が肌艶もあって若々しいってことになるわね。

 ここから出れないようにでもしようかしら?」

「ぐぬぬぬ……。

 ふん! 霊体のあんたが何を言っても仕方ないんじゃない? 体がなければ若いとは言えないんだから!」

「待てよ、二人とも。

 どっちが若いだの肌がどうだの必要ないだろ? 大事なのはそこじゃな――」

「大事なの!!」

「大事なの!!」


 あたしとアスナの息が合った瞬間でもあり、二人に詰め寄られたルキは目を伏せ眉間にしわを寄せるだけになっていた。

 ルキの失礼な発言によってあたしとアスナの口論は別の方向へと歩み出した。


「で? 何であんたの若さには魔力が必要なのよ」

「知らないわよ、体質よ体質。

 ルキのお姉さんに会うまではこんなこと知らなかったのよ」

「ルキのお姉さんが不老にしたっての?」

「それは間違いだな。

 アスナが出会った頃は既に魔力結晶体マナ・クリスタルの中だったからな」

「魔力結晶体?」


 初めて聞くルキの言葉に全く想像出来ていなかった。


「強い魔力で創られた結晶体、半透明な石を思い浮かべてくれたら伝わると思うが。

 姉さんは魔術を使えた訳ではないが魔力の容量キャパシティが人間では有り得ないほどだった。

 その魔力を使い魔力結晶体は構築され、姉さんはその中で眠りについている」

「すると、お姉さんの魔力が尽きるか死ぬかしないとダメってこと?

 それとルキとアスナの不老がどう関係するのさ」

「さあな。体質なのか魔力結晶体のせいなのか、いつの頃からかあの場にいた分だけ老化が抑えられていたんだ、オレはな」

「私は元から魔力を吸収する体質だったみたいなのよね。気づいたのは結晶体に触れてから」

「だったらあんたが結晶体の魔力を吸収しちゃえば早いじゃない」


 この話を聞いた者全員が思うだろう。

 だが、未だ眠りについているならば、それが出来なかったのだとは薄々感ずいてはいる。


「やったわよ! そのおかげで何度死にかけたと思ってるのよ」

「だろうね、そんな事だと思ったわ。

 それで結晶体を壊せそうな物を求めて世界に出た、と」

「そういうことだ。

 とある猫耳娘から聞いたんだがな、魔術解除をするか魔力を断ち切る物が必要だと。解除となると金髪の女を探す必要があるのだが、生きているかも分からないからな。

 だからここに来たという訳だ」

「巨大な魔力を持つ金髪の魔女……ね」

「何か知っていそうだな」 

「金髪の魔女ってだけじゃ確かなことは言えないけど、さっき言った不老者の一人も金髪の魔女よ」

「なっ!?」

「ただ、魔術を使う者が少なくなったとはいえ、世界には金髪の魔女なんて何人いてもおかしくないから」


 あたしが出会った不老の魔女は未だ生きているとアリシアから聞いた。そして、その魔女はアリシアと共に行動していた。


「そうだな。もしその人物ならば今も生きているし、違うのならばこの世にはいないかも知れない。

 生存不確定の人物捜す方が手間ということか」

「それに捜しても簡単には見つからないから。

 彼女は一定の場所にいるような人じゃないからね」


 彼女の野望を阻止すべくアリシアは今も追っているのだろう、未だ決着がついたとの話が聞こえてこない以上は。

 あたしが両手を広げて見せるとアスナが前のめりで口を開いた。


「だったら、なおのこと武具の在処ありかを探した方が早いわね。

 どこにあるのよ、他には」

「あんた、あたしの話を聞いてなかったの?

 折れたと言ってもまだ続きがあるんだって」

「折れて使えなくなった剣には興味ないわけ! 続きを話されても意味ないじゃない」

「待て、アスナ。

 そういえば、折れるべくして折れたと言ったな? それはまだ魔力を断ち切る物として使い道があるということか?」


 察しのいいルキでも正解には至らないものかと、あの剣の構造には恐れいった。

 あたしはにんまりとしながらそこで一つ提案を出す。


「そうじゃないのよね。使い道じゃなく、魔力を断ち切る剣なのよね。

 意味が分からないでしょ?

 最後、どこに有るかまで話すけど、どう? 聞く気になったかしら?」

「どうやら聞く意外になさそうだからな。

 アスナもいいだろ?」

「無駄話じゃないってんなら仕方ないわね」


 あたしは片目をつぶり笑顔で応えた。


「なら話すわね。

 突き刺さったままの剣身と転がったつかを見比べ、仕方無しに柄を拾いあげたの……」


 そう、これがファルの謎かけリドルの最後の一欠片ピースの始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る