第27話 episode 24 一大事

 ただならぬ声が聞こえたのは間違いなくこの先。各々武器を抜き出し、警戒しつつ進むにつれ段々と声も大きく聞こえてくる。


「あれね! きっとあの中だわ」


 あたしが言ったのは岩壁には似つかわしくない金色に輝く扉だった。


「こいつは大層なもんだね。察するにジェセル王の眠る部屋と思っても間違いなさそうだ」

「ってことは、復活したってこと!?」

「どうだか。あんな獣染みた声を発するのか疑問は残るね」

「どのみち開けるしかないなら――これで分かるってもんよねっ!!」


 あたしは扉を思い切り前蹴りし咄嗟に後ろへ飛び退くと、開かれた部屋もまた金色に輝き、一瞬顔を背けざるを得なかった。


「眩しいぃ! 声の正体は何!?」

「奥にいるみたいだね、気をつけるんだよ」

「ふんっ!」


 目の前に広がるのは壁と分かるとカマルは前回りをして部屋に転がり込み、左手に向かい湾曲刀シミターを構えた。


「何かいるの!? カマル!」

「大丈夫だ、入ってこい」


 慎重に扉をくぐり部屋を見回すと、右手の階段から射し込む光によって金色の部屋を輝かせていた。そして左手は随分と奥まで続いているが、中央には棺のような物が祀られているかのように高い位置にあり、四方に棒のような物が備わっていた。


「あれがそうかしら?」

「ジェセル王の棺だろうね。復活の儀を行いそうなのが分かるよ。

 そして、声の主はその奥にいる」

「え? あ、あれね!」


 遠目で分かりづらいが筋骨隆々なそれが壁際に立っていることは分かったが、こちらに向かって来そうな気配はなかった。カマルを先頭に警戒しながらゆっくりと近づくと、向かって来ない理由も判断出来た。


「光で封じられてる?」

「光の鎖みたいなもんだね。誰がやったのかは分からないが」


 両手両足首が光の輪によって壁に固定され身動きの取れない人――と言って良いものか、顔は人のようにも見えるがたてがみがあり瞳も縦長で丸で二本足で立つ獣のようだった。


「これが幻獣か」

「カマルは知ってるのね?」

「こいつは幻獣、獅子人体躯アブル・ホールだろう。話に聞いたことがある」

「人のようで人ではないもの。ましてや魔者でもないのね」


 するとうつむき加減だった顔を急に上げると鋭い目つきであたし達を見回した。


「汝らの行いは何用ぞ」

「喋った!!」

「我は獅子人体躯。

 神々の争いを経て古の時を生きる者。

 人の言葉なぞ造作もない」

「あたし達は戦いに来た訳でも荒らしに来たわけでもないの。ただ、頂上を見せにもらいに来ただけなのよ」

「我が契約せし王を防守することが我が使命。

 貴様らを見過ごすことは出来ぬ」

「あたしの話聞いてた!? 何もしないわよ、あんたの王には」

「我が問いに答えよ。

 朝は破壊し、昼は従う、しかし夜は訪れない。

 答え次第では見過ごそう」

「一方的だわね、謎かけリドルなんておまけ付きで」


 あたしの話を無視するわ、謎かけまで出してきて一体なんの真似なのか不思議過ぎる存在だった。


「そんなこと知る由もない」


 カマルは静かに話すと湾曲刀を肩から降りおろし、何度も獅子人体躯の体を切り裂いた。


「カマル! 抵抗出来ない相手なのよ!」

「知るか」


 低く唸っていた声もやがて無くなり、全身の力が抜けたように腕だけ残し体は前のめりになっている。それを見たカマルは最後に一降りし、湾曲刀の血を床へと投げ飛ばした。


「脅威のない無抵抗な存在を斬るなんて」

「ここの守護者なら動けない今しかないだろうに」

「だからと言って! ……まぁ、いいわ。言っても仕方ないものね。

 さ、外に出ましょ」


 あたしは魔者相手だろうと脅威でないのならば手を出さないだろうが、脅威になり得るならば先に手を出す人間もいるだろう。それがたまたま身近のカマルだっただけのことと思い留め、とりあえずは光の射し込む階段から外へと一度出た。

 今度は自然の眩しさと熱気に一度顔を背けたが、眼前には目を見張る光景が広がっていた。


「一面砂漠!!」

「こいつは良い景色だね。

 砂漠が広がり川も見え、ここでしか見れない景色かも知れないね」

「ほんと! 大きな川ね。

 あっちのあれはオアシスかしら……。

 にしても高いし暑いし。

 で? 頂上にはこれを登っていけと?」

「だね。入り口とは反対なのかな、ここは。

 だからこの階段の存在を知らなかったってことだね」

「入る前に一周しても良かったけど、暑かったからね。

 さ、行こうかしら?」


 今度はあたしを先頭に頂上を目指し、不安定さが残る石階段を登っていく。幾度か端の方が足によって欠けたりするあたり脆くなっているのが容易に感じられた。


「あと少し。もう目の前よ」


 誰に言ったわけではない。

 暑さに高さ、不安定な足場に心が止まらぬよう自分に言い聞かせているのだ。


「や、やっと着いたわ。ふぅぅぅ」

「中々の高さだね、こりゃ。下で見るのとはわけが違うよ」

「レディはよく下を覗けるわ。

 あたしは降りることすら考えられないくらいよ」

「疲れもあるからだろうに。

 やっとここまで来たんだ、手掛かりをさっさと見つけようかい?」

「そうね、そうしましょ」


 頂上は四人いるだけで多少狭く感じる足場で、あまり身動きが取れるほどではない。

 その足場には様々な模様が描かれ、真ん中には一段高くなった石畳と窪み、それに王家の紋様が掘られているだけだった。


「特に手掛かりって手掛かりはないわね。

 多分、その窪みに剣があったんでしょ?」

「だね。持ち去った手掛かりも特になさそうだし、困ったね」

「あの、お嬢様? この窪みに剣が刺さっていたのですか?」

「そうみたいよ。形も、ほら、あたしの剣身と一緒……?

 ああああああ!!」

「どうしたいアテナ!?」

「分かった! 思い出したのよ!! 紋様のこと!」

「それどこで見たのさ」

「あたしの家! 領主の館の暖炉の上よ!!」


 そうだった。

 引き取られた小さな頃から見ていたのだ。

 そしてそれはいつしか当たり前の風景になっていたので、今まで思い出すことが出来なかった。


「そう! この剣が暖炉の上の壁に掛けられていて、その壁に紋様の描かれた布が垂れていたのよ!

 それでもって、ここにほら!!」


 剣の握りの更に下、柄頭つかがしらに紋章が掘られていたのを思い出した。


「そんなところに紋章が。こいつは持ち主でも忘れちゃうね。

 腰鞘に収めた状態で正面から見るか、抜いて上に掲げ下から覗かないと中々見るもんじゃないからね」

「まさか、あたしが持っていたのね。

 びっくりだわ、ホント」

「ここで整理すると、元々ここに刺さっていたのを誰かが持ち去り魔人王討伐に使われた後、洞窟に隠された。

 そのあと誰かが必要になり、洞窟から持ち去ったあとアテナの家に行き着いたってことか」

「そういうことね。

 多分だけど、あたしのいた帝国は昔、魔者と激しくやり合っていたらしいの。それで誰かが使い領主の家で保管されたんじゃないかしら。

 だからファルは――」

「だね。領主の家にあるのを知っていて、アテナが今の持ち主なのを知っていた。

 だからわざわざ元のあった場所を教えたってことだね」

「そうね……。

 でもよ、この剣だったのならここに来なくても良くない?

 探し物は手元にあったわけだし」

「となると、ここに来させた意味があるはずだね。単に元の持ち主の場所を教えたってことはないだろうし。

 その剣には何かが足りないのかもね」

「足りない? 鞘もこの剣のだし、他には受け取ってないのよね」

「確か爺さんは神秘術カムイが施されていたと言ってたね。そして、この金字塔ピラミッドも神秘術を施して聖王を封じていたと……。

 もしかすると、その剣に足りないのは神秘力カムナってことか」

「神秘力が足りない? どうやって補うの?」

「それは分からないが、今ここで出来るのはそれをその窪みに差し込むことだろうね」

「分かったわ、やってみましょ。それしかないものね」


 静かに鞘から剣を抜き逆手に持ち直す。

 そして、窪みに剣先を合わせると勢いよく剣身を押し込んだ。すると、半分ほど埋まった剣に呼応するかのように足場に描かれた模様が淡い光を解き放ち、天に伸びたと思うとゆらゆらと中心へと流れ込んでいく。

 その光を剣が全て吸い込むと激しく光輝き、一条の光が天へと向かっていった。


「びっくりし過ぎて声が出なかったわ」

「驚いたね。神秘術というだけあって、光の仕掛けが施されていたんだね。

 さあ、アテナ。剣を抜いてごらんよ」

「そうね。これで神秘力が備わったってことよね」


 若干恐る恐る握りに手を伸ばす。

 触った感じは特に変わった様子もなかったので、引き抜こうとした時だった。


「ん? んん? んんんっっ!

 ねぇ、レディ?」

「なんだい?」

「抜けなくなっちゃったわよ?」

「は?」

「ほら! うぬ~っ!!

 はぁはぁはぁ……ね?」

「ばかやってないでさ、抜きなよ。

 どれ、あたいが…………ぐぅっ…………。

 抜けないね」

「ええええええええ!! どうすんのこれ!

 せっかくあたしが持ってたのに、これじゃあ意味がないわよ!」

「ど、どうしたもんかね?」

「ほんとっ! どううううしてっ、抜けないのよ!!

 はぁ!? 何で抜けなくなるわけよ、このっ!

 ぐぬぬ、はぁ、抜けろっての!!!!」


 手で抜けないなら足を使うしかないだろう。

 あたしの蹴りは見事に剣身から外れ、つばを捉えていた。

 その結果、小枝を踏んだような乾いた音がなり、金属音と共に何かが転がっていた。


 ………………。

 ………………。

 ………………。


「折れちゃった……」


 あたしの言葉が届いてないのか、全員が転がっているつかを眺め言葉を発せずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る