第33話 episode 29 帰還

 城からの脱出を図る際に魔者と戦っていた海賊達と合流しながら急ぎ出口へ向かうと、未だに外から声がしていた。


「まだ戦ってる!?」

「こいつはまずいね。急ぐよ!」


 レディの言いたいことは体力的なことだろうと察し、魔者の群れの中に飛び込み叫んだ。


「撤退よ! 状況が変わったわ! みんな急いで」

「あたい達が退路を確保する! 疲弊している者から早く船へ」


 あたしやレディ、テティーアンが叫ぶと今まで耐えていた海賊は足早に船の方へと向かった。


「レディ! このまま殲滅するの?」

「いや、あたいらも後退しながら行くよ。アテナはあたいらの後ろでいい」

「分かったけど、ここまで来たら慌てて逃げることもないんじゃ――」

「違うんだよ、アテナ。

 謁見の間の暗さと読んだ古文書で合点がいったんだ。夜になるとあたい達に不利だってね」


 言われて日を探すと、木々に半分ほど遮られしばらくすると日が落ちることを意味していた。


「分かったわ。理由やもろもろは後で聞くから戻ればいいのね」

「そういうことっ!

 みんな行くよ、走って!! 追いつかれたらまた相手をする」


 目の前の森へと入ると魔者との戦闘も比較的楽になり、距離を取っては戦ってを繰り返す内に浜辺へと出られたがそこでも戦いは続いていた。


「レディ、どうするの!?」

「一旦は蹴散らすしかなさそうだね」

「レディ、アテナ。あんたらは船に。

 こっからは海賊のやり方でやらせてもらうから任せな」

「あいよ、任せたさテティーアン。死ぬんじゃないよ」


 あたしとレディが海賊に守られながら船への架け橋を上る。それを見届けたテティーアンは手をあげ何やら合図をし出すと、急に船から砲撃が始まった。


「うぉぉ!! な、なによこれ!? 大丈夫なの?」

「大丈夫なんだろ。見た感じ当たらないような布陣を取っているからね」

「ん? あっ!! なるほどね」


 砲撃しているのは一番離れている船で、砲撃と海賊の間に驚き奇声を放つ魔者達がいた。所謂いわゆる挟み撃ちで逃げ場は森の中しかないことを意味している。


「どうやら戦うことを辞めそうだね。

 テティーアン達を乗せた後、ただちに町へと向かうと全軍に伝えよ!!」


 魔者達はゆっくりと後退し、その姿が森へと消えると浜辺にいた海賊達も船に乗り込み、ゆっくりと帰路へと動き始めた。


「何とかって感じね」

「ああ。見たところ半数以上は生きて戻って来れたようだからね。

 流石さすがは海賊ってところだよ」

「兵士じゃムリだったってこと?」

「半数以上は減っていたかもね。指示がなきゃ臨機応変には動けないから、魔者の大群相手じゃ難しいのさ。それを補う為に人数が多いってこと。

 海賊は少数精鋭で根本が違うんだよ」

「あぁ、休んでる海賊もいたものね。代わる代わる戦っていたってことか。

 それよりも、日が落ちるとあたし達が不利だって理由はどうなの?」

「魔者そのものの行動力が増すのは知っているとは思うが、ドラキュリアは何よりも日の光が苦手らしく、その代わりに夜になると魔力マナが倍以上になるらしいのさ。

 そして、あの謁見の間。

 黒い布で覆われて日の光が入ってこないようになっていた。

 それで気づいたのさ。ドラキュリアもカルディアも自ら戦おうとはしなかったことも加えてね」

「その古文書ってのが役に立ったのね。てことは、あのまま戦い続けたら全滅ってことも有り得たのか……。

 どうするの? これからさ」

「皆、疲弊もしてるし、カルディアが魔人王になったことも言わなきゃならないからね。

 どうすべきか、悩みどころだよ」

「レディも戦えないでしょ?」

「あ……あたいは……」


 相手が相手だ、戦うことが出来る筈がなかった。

 船の手摺てすりに両腕を乗せ遠くの海を眺めるレディは真に迷っているように見え、あたしは手摺りに寄りかかり思ったことを口にする他なかった。


「カルディアが魔人になったのは町に着く前に全員知ることになるだろうしさ、その間にみんなの気持ちの整理もつくんじゃないかしらね。その上で話し合うしかないんじゃない?

 魔人になってもカルディアと一緒がいいって人なら、次の討伐に行くまでにあの島へ勝手に行くだろうし。

 後はあたし達がどうするかってことよね。この剣もあたしのだしさ、あたしはどうしよっかなぁ」

「それも踏まえてみなと皆と相談しないと……か。

 悪いね、アテナ。あんたにまで色々と考えさせちゃって」

「ん? 別にどうってことないわよ?

 ……ってそれじゃあ、あたしはいつも考えてないみたいじゃない」

「いや、考えて行動してるほうが少ないだろうよ」

「ぐぅっ! そ、そうだけど、一応は考えてるのよ。気持ちが優先なだけで」

「ほら、そうだろ? はははっ!

 そうさね、こういう時こそ考えよりも気持ちってことだね。

 ありがとう、やっぱりあたいとは違うアテナは素晴らしいよ」


 笑顔を取り戻したレディ。

 それに引き換え、何が素晴らしいのか今度はあたしが困り顔になってしまった。だが、それでも前向きに考えられるなら答えはきっと出るだろうと安心すると、薄暗くなった夜空を見上げ輝く星を見つめた。


 船が町へ着いたのは既に日が上り始めようとする明け方だった。

 疲労困憊の海賊達を少しでも休ませようと途中帆を上げ停泊させたからだったのだが、あたしは全く気づかず寝ていた。


「ミーニャ、ただいま」

「お帰りなさい、お嬢様。怪我はありませんか?」

「ん、打ち身程度で特には大丈夫だったわよ」


 船が町へ着くと出迎えの海賊に加え、ミーニャもしっかりと待っていてくれた。


「何とも良かったです。

 魔人はどうされたんですか?」

「え? あ、あーーーーーー、何と言うか……。

 簡単に言えば逃げて来たわ」

「そうなんですね。無事に帰って来れただけでも嬉しいです」

「でね、その話なんだけどさ。

 これから海賊の人らと話し合いがあるんだけど、ミーニャも一緒に来て欲しいのよ」

「わ、私が?」

「そうなの。魔人王が復活した時に一緒にいたからさ、その説明にちょっとね」

「なるほど。それでしたらしっかりお話出来ますから大丈夫ですよ」

「助かるわ。そしたら今から行きましょ。

 テティーアンっ! ミーニャも一緒に行くわ」

「お! これはこれは。

 貴女がアテナの連れのミーニャだね。

 私はテティーアン。よろしくね」

「ミーニャです。よろしくお願いします」


 ミーニャとテティーアンに並んで屋敷の部屋に向かう途中お互いの経緯を話し、今回のことを聞かせてあげた。


「カルディアさんが!?」

「そうなのよ。まさかもいいところよね。

 しかも、眷属まで操ってたんだから偽りがないのよね」

「本当に魔人なってしまったんですね。

 それだと海賊の皆さんはこれから戦えないですし、どうするんですかね」

「そこよね。こっちの手の内だって知ってるから攻めてくるならこの町からだと思うし。

 ここまで来ちゃったら、あたしにはどうすることもってことなの。

 さ、この奥で説明して頂戴ね」


 隠れ家の部屋に並べられた席に着くと、見知った顔とそうでない顔と二十名ほどが部屋に入ってきた。


「いいかい、みんな。

 まず先に今回のことで亡くなった奴らに冥福を述べる」


 レディが一声発すると部屋は静まり、左胸に拳をあてがうと軽く目を閉じた。


「そして、みんなよく生き残ってくれた。

 心から感謝する」

「よせやい、そんなかしこまった言い方なんざ。

 オレらは海賊だぜ? 自分の命が大事だから死なないようにしただけさ。

 誰もレディやクリスティアンのせいだとか為だとか思ってないですぜ。

 そうだろ、みんな」


 いかつい海賊がレディに言って述べると他の海賊達も同調し出した。


「それよりも悪い知らせがあるから撤退したんだろ?」

「ああ、そうだ。

 聞いてはいるだろうが、カルディアが生きていた。それも魔人になってだが。

 そして、彼女は新たな魔人王と成り代わった」

「そいつは本当なんだな?

 前から魔人だった。もしくは今、魔人のふりをしているって話じゃないのかい?」

「それについてはそこのアテナとミーニャが目撃していてね、説明してくれるかい?」

「いいわ。あたしとミーニャだけが見たから、そのままを話すわね」


 カルディアがドラキュリアに首筋を咬まれ、生気を失っていく様とそこに並んだ配下となった海賊のことをミーニャと共に交互に語った。


「アテナ達が見てきた事実とあたいが船長室で見つけた古文書を照らし合わせると合点がいくのさ。

 眷属に咬まれた者は配下となり、魔人王に咬まれ血を与えられた者は同等の力を得るってね。

 カルディアは血を吸われたと同時に血を与えられたと考えるのが妥当な線なわけさ。

 そして、アテナの剣でドラキュリアを滅ぼし自らが魔人王となったのが今回の敗走に繋がった」

「よし。そうなるとだ、これからオレ達はどうすべきか、その為に集まってもらったってことなんだが」


 レディに代わり今後のことはクリスティアンが話を進めようと切り出した。


「あたしから言わせてもらっていいかしら?」

「どうぞ、アテナちゃん」

「カルディアが魔人だとしても生きてる以上は敵討ちって気持ちは無くなるわよね。

 それで皆は戦えるのかしら?

 それと、戦う必要はないと言っても多分この町から攻めてくるわよ? しかも夜にね。

 カルディアは自分の世界を創造し、人を統べる者となると言ってたから向こうから魔者を引き連れて来るのは間違いないわ。

 それを踏まえて考えるのが無難だと思うの。

 ちなみに、夜襲の理由は古文書に載ってたみたいだから詳しく知りたければレディに聞いてね」


 海賊達のことだから逐一口を挟むだろうと思い、先に状況説明だけさせてもらった。


「他に何か、誰かいないか?

 オレが思うに、かしらなら手の内を知ってるここを襲い配下を増やすだろうな。

 その後に他の街を襲い準備が整ったら公都を攻め落とすだろう。

 そうなると、これはオレらだけの問題じゃなくなるってことだと思ってな、国に動いて貰おうと思うのだが、どうだ?」


 クリスティアンの提案に皆が頭を抱えるのは当然のことだろうと見回すと、テティーアンが手を挙げた。


「私達は海賊だよ? カルディアと戦う以前に私らが処刑になっちまうと思うんだが?」

「ま、バレたらそうだろうな。

 ただし、裏を返せばそこを切り抜けられたら魔者との戦力差は埋まるとも言えるってことさ」

「どうやってさ」

「どうと言われてもな。これから考えるしかないだろうさ、それでいくのであればだが。

 どうだい? 乗りかかった船に乗ってみるってヤツはいるか?」


 顔立ちからは想像を遥かに超えた頭の回転力を持った優男からの問いに、海賊達はちらほらと手を挙げ始めた。


「どうやら決まったようだね。

 後はあたいとクリスティアンとで考えて見るよ。今日はこれで解散にする。

 みんなゆっくり休んでくれ」


 レディの締めの言葉で続々と席を立ち海賊は部屋を出て行った。

 海賊達の今後は委ねられた形で収まったが、あたしの今後は決まっておらず中々席を立てずにいると、レディの方から『後で部屋に行く』と言い残しこの場から出て行った。

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