第23話 episode 20 精霊使い

 聖なる王が存在したとなると更に詳しい場所を知る必要がある。


「それってさ、どの辺りなのか分かる?」

「…………ふんっ」

「はいはい、あたしには教えたくないのよね。

 ねぇ、タグリード? カマルはさ、何でこんなに素っ気なくて嫌がってるか知ってる?」


 相方であろう人物が傍にいる時点で、元々こういった他人を寄せ付けない性格だった訳ではないと思っての質問だった。


「知ってるわ。それはだって――」

「や、止めろ! それ以上言うな!」


 ほら、かかった。


「だったら聞かなくても良いけど、教えて欲しいわね。聖なる王がいた場所をさ」

「くっ……。

 ここから東へ向かうと大きな川がある。それを南へ下った所に昔、大きな王都が栄えていた。

 今では砂に埋もれてしまっているが、そこに聖なる王と呼ばれたジェセルを祀る金字塔ピラミッドを建てた。

 そこが聖なる王がかつて、いや、今尚眠る場所だ」

「ありがと。最初から教えてくれたらいいのに、そのくらいのこと」


 カマルは何も言わずにまたそっぽを向いた。


「タグリードもありがとね。

 これであたし達が目指す場所も判明したわ」

「いえ、どういたしまして。とは言ったものの私は何もしてませんが。でも、ありがとうと言われたならばそれには応えなければいけないし。

 これはこれで困りますね。ふふっ」


 一人で言って一人で笑う。

 悪いではないのだが、どうも取っ付きにくい感じがしてならない。


「それじゃあ、あたし達は失礼するわね」


 と、あたしが立ち上がり、続いてミーニャとレディも立ち上がろうかとテーブルに手を乗せるとカマルが不意に顔を向けた。


「オレも行く」


 ………………。

 ………………。

 ………………。


 思考が停止するとはこの事をいう。

 この場の誰一人として予想だにしていなかった言葉だ。


「え、えぇ、と? 今何と?」

「……オレも一緒に行く」

「あぁぁぁぁ……何故? はぁ?」

「理由は後で話す。だからオレも一緒に行く」

「だったら私も行くわ。カマルが行くなら行くしかないもの。

 ふつつか者ですが、どうぞ宜しくお願いします」


 まてまてまて。あたしは了解したっけ?

 いや、してないはず。

 してないわよね、確か。


「ちょっと待って。あたし、今首を縦に振った?」

「いや、振ってないね」


 レディが応えてくれたおかげで確信が持てた。


「そうよね! 何で勝手に決めてるのよ。

 一緒に行くかどうかはあたし達が決めることであって、そっちが決めることじゃないのよ」

「……だったら勝手に付いて行くまでだ」

「はぁ!? 勝手に付いて行くって――」


 と、ミーニャとレディに目をやると一方は柔らかな笑みを浮かべ、もう一方はにやけ顔をしていた。


「良いんじゃないのかい?」

「私は一緒でも構いませんよ、お嬢様」

「そんな、ミーニャまで……。

 あぁ! もう、分かったわよ!

 あんた達の面倒は見ないけど、それでも良いなら一緒に行ってあげるわよ!!」 

「面倒はかけないさ」

「ふつつか者ですが。っていうのはさっきも言いましたね。

 どうぞ宜しくお願いします。全力で助力サポートしますから任せて下さい。ですが、何も起きなければ助力も出来ませんよね。その時は申し訳ないですと先に言っておきます」

「まぁ良いわ。これでさっきの借りを返す機会が出来たってものよ」

「アテナ、あんた根に持ってたのかい?」

「そりゃそうでしょ?

 不意を突かれたとはいえ、あのままじゃ負けたことになっちゃうわよ!

 良いわね!? あんたと違って急に剣を抜きはしないけど、相手をしてもらうからね」

「はんっ! 勝手にしろ」

「何だったら今でも良いのよ!?」

「まぁまぁまぁ、落ち着きなっての」


 闘志剥き出しのあたしをレディが収めようとするが、あたしの面目というのもある。


「勝手にしろって言ったのはカマルの方よ。

 ちっ、まぁ良いわ。金字塔に着くまで覚悟しておくことね」

「捨て台詞ゼリフなんてみっともないよ」

「うっさいわね。良いのよ、自分への戒めでもあるんだから。

 タグリード、あたし達の食べ物でも持って来て!」


 席に座り直したあたしはタグリードの持って来た料理を次から次へと頬に押し込み、消化不良の怒りと一緒に喉へと流し込んだ。


 夜が明け、街で背中に四つの小さなこぶの付いた砂漠馬サファバを三頭買い取りまたがると、晴れ渡る砂漠をカマルの案内の元で王家の谷と呼ばれる渓谷けいこくを目指している。

 その谷を抜けた先に金字塔ピラミッドがあると言うのだ。


「ねぇ、まだなの?」

「街を出たばかりじゃないのさ」


 カマルに言った言葉をレディが咄嗟に拾ってくれた。


「だって、こんなに暑いのよ? やってらんないわよ」

「その割には明け方は寒いとか言ってたじゃないのさ」

「いやいや、寒暖差!

 昼間にこの暑さで夜が涼しいと寒くもなるわよ」

「だから、余分に着て寝たらいいって言ったじゃないのさ。それをこのままでいいって言ったのは誰だい?」

「それは仕方ないでしょっ」

「お嬢様、やはり寝るときくらいはもう少し肌の露出を控えるべきかと」

「それって普段は露出してるってこと!?」


 急に背中からミーニャに注意されたことに驚いたが、如何いかんせん聞き捨てならなかった。


「そろそろ自覚して下さい。太ももまで出して剣をぶら下げてる女子はいません」

「いやいや、ほれ、隣見てみなさいよ」


 言ってはなんだが、レディも肌の露出に関してはあたしと同じくらいではある。


「レディさんは剣士ですから別です!」

「ミ、ミーニャ? あたいも一応・・は女なんだが」

「えっ!? いえ、そういった意味ではなかったんですが」

「だったらどんな意味だっての。あたしだって剣士なんだから一緒よ」


 たじろいでいるミーニャを二人で責めているとカマルが不意に振り返った。


「うるさい。少しは黙ってられないのか」

「うるさいも何もあたし達しかいないのよ?

 見渡す限り砂、砂!

 こんなの黙っていたらすぐにでも気を失うわよ」


 砂漠の苛酷さは暑さだけではなかったと初めて知ったのだが、カマルがあたしを無視する代わりにタグリードが振り返り同調してくれた。


「そうよね、そうよね! いくら砂漠に住んでても長く黙っているのは中々のものだと思っていたの! 良かったぁ、同じ人がいて。

 だから私は精霊とお話して過ごしてるのよ、カマル。これで分かってもらえたんじゃない?

 どう?」


「え? タグリード、今誰と話してるって?」


 しっかりと聞いていたつもりが、砂漠の緩やかな風に遮られ肝心なところを聞き間違えた気がした。


「精霊よ、精霊。

 こんなこと言ったらまた友達無くすわね。でも、友達じゃなく旅の仲間だから別に良いかと思って。いや、これから友達になるかも知れないのよね?だったら軽率過ぎたかしら。

 困ったわ。けど、隠しててもいずれ分かる話だものね、それなら今でも変わりはないか」

「……精霊って、何?」

「さすがはアテナ。で、本当にいるんだね? タグリード」


 何を言ってるのか分からないあたしを横目にレディがさも知っているかのように問いただした。


「います、います。ほら、このそよ風にも。

 ……こんにちは、風の精霊シルフ

 私達はまだまだ行かなければならないの。

 砂嵐は起こさないでもらいたいわ。

 ……うん、うん。ありがと。

 うん、あなた達もね。

 ……ここ数日は砂嵐はないそうよ。それと、『気をつけて旅をしてね』ですって」

「え? 何と話してたの? 何もいないわよ?」

「本当にいたんだね、精霊は。

 半信半疑だったが目の前で遭遇できるとは運が良かったよ」

「ねぇレディってば! 精霊って何よ! どこにいるのよ」

「あぁ、そうだったね。

 あたいよりタグリードの方が詳しいだろうが簡単に説明すると、自然のものには全て精霊と呼ばれる存在が関わっているのさ。

 風を運ぶ精に火をたぎらせる精、大地を潤す精や水を澄ませる精とかね。

 この四つが原初の精霊と呼ばれているのさ。

 これらがあって他にも精霊が生まれていったとされているんだと」

「で? 姿は見えないの?」

「普段は見えないらしいが、精霊使いシャーマンが呼び出した際は姿を現すらしいよ。

 ま、その精霊使いが今じゃ伝説と化しているから実際のところはね」


 と、あたし達が一斉にタグリードに視線を向けると照れたような微笑を見せた。


「そう。レディさんのおっしゃる通りで、その精霊使いっていうのも私のことです。

 はぁ、これでまた友達が出来なくなるわ。そして、半信半疑の目を向けられたまま旅を続けていかなきゃならないのね。やっぱり話すんじゃなかったわ。

 でも、隠して旅をしてても心苦しくなるかも知れないのよね、うんうん。仕方ないといえば仕方ないからこれで良かったと思っておくわ」


 目に見えないものをいると言ったことへの後悔とそれを割り切るように一通り言うと自分で納得したようだった。 

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