第24話 episode 21 王家の谷の守護者

 それから精霊についてある程度のことを聞きながら野営の出来そうなオアシスを見つけると、水を汲んだり火をいたりと準備をすると夜も更け昼間の暑さは既に無くなっていた。


「さて、お腹も満たされたし。

 明日には着くんでしょ?」

「ふん。明日の昼にはな」

「愛想ないわね、分かったわ。

 ありがと。っと、カマルはあっち側ね」


 少し離れた場所にカマルは移動すると焚き火を起こし、そそくさと横になった影を残した。


「あたし達女性はこっちでね。

 それと、タグに聞きたいことがあるんだけど?」

「タグ? え? 私? そんな急に愛称で呼んでくれるなんて一体どうしたの? というか私そんな呼ばれたの子供の時以来で驚きが隠せないというか、なんというか。

 それでそれで、どうしたの? というのは愛称のことではなくて聞きたいことのことで」

「分かった分かった、順番に話すから落ち着いて」


 とは言ったもののタグリードが落ち着いているのは分かっていたが、喋り続けられたら話しづらくて仕方なかった。


「えぇ、まず愛称のことは友達だと思ってるからよ。どんな過去があったにしても今のあたしと今の状況には関係ないもの。

 仲良くなりたいと思ったなら、お互いが想っているならそれは友達なのよ」

「えっ……あ、」

「まだあたしの話は終わってないの。

 それと、聞きたいことなんだけど。大きな声では言えないんだげ、カマルに何があったの?」


 一つ焚き火が大きな音を放つ。それに続いて小さく何度も火が踊る音を立てている。

 それだけあたしは静かに穏やかにタグリードに尋ねていた。


「そう……その話ね。

 ……彼は……。

 彼はね、死にたがっているの。

 死に場所を求めているというのか。

 だから、賞金首になる魔者や怪物に挑み不要な金品を街に放つの。皆が豊かに暮らせるように、自分がいつ死んでもいいようにと。

 でも私は死なせたくないから一緒にいるんだけど、私なんか必要のないくらい強くなっていく。

 その代わり心はどんどん死んでいってるの」

「そいつは精霊使いシャーマンとして分かるんだね?」

「レディさんのおっしゃる通り、精神の精霊がどんどん弱くなっていってるのが分かるんです。

 出会った頃は怒りの精霊ヒューリーに支配されていたのだけど、今は怒りの精霊も息絶え絶えで絶望の精霊フェアツヴァイフルングに支配され、そのおかげで生きている状態になっているだけで。

 他の精神精霊を喰い殺す邪精霊だから私が他の精霊に働きかけても中々難しくて」

「は? 心の中にもそんなのがいるわけ?」

「そうです。皆さんの心にもそれぞれいます。が、私は勝手に覗いたりはしないので安心して下さいね。

 見ようとさえしなければ分からないですから」

「それで? どうして怒りや絶望に?」


 その質問には少し間が空く。

 話すべきか話さないべきか悩んだのだろうと察することは出来た。


「そうね、話しても悪いことじゃないし、知っておいてもらったほうが何かの助けになるのかも。

 彼は……愛した女性ひとを亡くしたんです。

 それで出会った頃はやり場のない怒りで支配されていたんです。それに見兼ねた私が怒りの精霊を鎮めようと試みたのですが、それが良くなかったのか絶望の精霊が勢力を増して。

 だから! だから、私は解放しようと一緒に旅を……。

 それに……、生きて欲しいと願って傍にいるんです」


 いたたまれない空気に炎すらも踊るのを止め一瞬の静寂が訪れた。


「あたいはあんたのせいではないと思うがね。

 精霊には詳しくないが、怒りと絶望なんて一対みたいなもんじゃないのかい? 一つが弱まれば一つが増す。人間としては当たり前の感情には思うんだ。

 怒りの後に待つのは絶望か希望だろうさ。

 だから、そんなに気に病むことはないとね」

「そう、ですか? それだとしても彼を放ってはおけないから」

「まあそうよね、そんな状態を見ちゃった知っちゃったんなら放ってはおけないわよね。

 でもさ、そんな怒りに任せてたカマルとどうやって出会って話すことが出来たの?」

「私がある理由で街から街に移動していた時に砂漠冠蛇バジリスクと遭遇してしまって。その時に通りかかったカマルが助けてくれたの。

 助けたっていうのは違うと思うけどそれでも私は砂漠冠蛇に殺されずに済んだから。

 それでその背中を眺めていたら凄まじい怒りの精を感じて……」

「不意に怒りの精霊をなだめたってわけか。

 不可抗力も甚だしいわね。

 それは負い目に思うことじゃないんだから気にすることはないのよ?」

「いえ、でも精霊使いとしてはもっと違う試みも出来たとは思っているから。それに、彼に貰った命なのにその彼を死なすことは出来ないから」


 カマルとタグリードの関係性が分かり、あたしは何故か笑みがこぼれた。


「だったら、いいんじゃない? それはそれでさ。それも生きる意味になるんだから。

 ……そうよ! カマルにも生きる意味があれば、何かあれば変わっていけるのかも」

「そいつは名案だね。あたいもそれは思うよ。

 人は生きる意味さえ見出だせば強くなれるんだから」

「私もお嬢様に助けて貰った命ですからお嬢様の為に生きたいと思っていますから」

「皆さん……」

「だああぁぁ! 泣かない泣かない。みんなそれぞれあるのよ。

 どんな理由があれ、そこに生きる意味を持っているからここにいるの。だから、タグもカマルもあたし達と同じ仲間で友達。

 だから泣くことなんてないのよ」

「ありがとう、アテナさん。

 ぐすっ。

 アテナさんは……いえ、何でもありません」


 タグの飲み込んだ言いかけた言葉の続きを不思議に思いあたしは顔を覗きこんだ。


「なぁに? 何を言いかけたの?」

「いえ、あの、その……」

「あぁぁぁぁ! あたしの心を覗いたのね!?」

「いえ、心を覗いても心の声や考えとかそういうのは分かりませんから。

 あくまで感情しか分かりませんから」

「でも、覗いたんでしょ? そうなんでしょ?」


「えぇと、なんと言えば良いのか。

 言いようもないので率直に言うしかないんだけど、そう、覗いたんじゃなく……」

「じゃなく?」

「えぇと、心が開きっぱなしで丸見えなんです」

「は?」


 心ってそういうもんなの?


「さすがはお嬢様。外だけじゃなく中も開け放――!

 ひたい痛いひたい痛いですお嬢様!!」


 咄嗟にミーニャの頬を引っ張ったのは言うまでもない。


「あっはっはっ!! ミーニャが言いたいのは、服もすぐ脱いで身を晒すのと一緒だってことだね。

 そいつは的を得ているねぇ」

「そうなのねミーニャ! そうなのね!!」


 軽く二度ほど首を縦に振ったミーニャの頬を放すほどあたしは優しくなかった。

 けれども、あたしの心が誰に対しても閉じてないことが少し誇らしく何度かミーニャの頬を上下に揺らした後に離すと笑いに笑った。



 オアシスを後にし再び砂漠の真っ只中に乗り出したあたし達に待ち受けていたのは無風の熱砂だった。


「いや、砂嵐が来るとか来ないとか以前に風一つ無いなんてあらかじめ言ってよね。

 おかげで水が……」

「そうね、補給した水が半分になってしまいましたね。けれども風の精霊シルフ達もそんなことは言ってなかったから私にもこれは予想だにしない展開だったとしか言い様がなく。

 あ、でも風の精霊が緩やかに移動していたことからある程度は予測出来たと言うならば言えなくはなかったかもで……」


 あまりの暑さに薄布を頭に巻きつけその上から水をかけつつ体の熱を調節しているおかげで、街を出た時より多く補充した水が早くも半分に達していた。


「まぁ良いじゃないのさ。

 天気なんて気まぐれ、その日その日に合わせるしかないさ。それが旅ってもん。

 あたいらが砂漠に慣れていないだけなんだ、だからタグは気にしないでおくれ」

「海賊が砂漠に近寄らないワケよね。よっぽど海の上の方が心地よいもの、ね、レディ」

「だからこそ砂漠にはお宝が眠っていると噂が絶えないんだがね。

 それと、海の底か」

「なるほどね、海賊や宝探索者トレジャーハンターが行きたがらない砂漠や、宝を運んだ船が沈没している海の底が一番の宝の山ってワケなのね」

「そういうこった。今回の終着点が砂漠かはたまた海の底か。

 なんだったらこのまま砂漠で終わりにしたいもんさね」

「海の底だと前よりもっと深く潜らなきゃならないんでしょ? それもそれよね。

 息が出来なくなる可能性を背中に感じつつっていうんなら、このまま砂漠で終わりにしたいわ」


 と、ふとカマル達の砂漠馬サファバに目をやると砂山を登った所で止まっていた。


「どうかしたの?」

「前を見ろ。あれが王家の谷だ」

「あの岩場が……それなのね」


 砂漠を遮るようそびえ立つ二つの岩場が崖になり谷を造り出していた。


「あそこを通り抜けたら金字塔ピラミッドに着くってことね。

 だったら早いとこ行きましょ、日陰も出来ているのが見えているんだから」


「あぁ、いいだろう」


 カマルが軽く砂漠馬を蹴ると先行して早足で王家の谷へ滑り出した。


「あたし達も行くわよ。

 はっ!」

「お馬さん頑張って下さい」

「こんなときにもミーニャは優しいのねっ!」

「私達を乗せてくれているので当たり前ですよ」

「その気持ちはきっと届いているさ、馬上で戦場に出た者には分かるよ」


 隣に付けたレディがミーニャへ微笑んでくれている。


「それだと嬉しいですね。休める場所があればお手入れしてあげようと思います」

「ああ、それがいいよ。

 動物にも心はあるからね、人を見るってもんよ」

「何!? あたしが何もしないみたいじゃないの」

「オアシスでもしてなかっただろうに――っと! どうしたい、カマル」


 王家の谷の目の前だというのに、前を行っていたカマルの砂漠馬が立ち止まりあたし達を待っていた。


「奴らだ」

「奴ら?」


 崖のふもとに目を凝らすと、日陰がより黒く異様に膨らんでいる。


「王家の谷の守護者。邪教徒に成り下がった王家の末裔。

 ここからは歩いて行く。

 お前らはここで待っていろ」

「交渉でもしようっての? 出来る相手なの?」

「話が出来る相手じゃない。

 オレが全て斬る。これはオレの獲物だ」

「あんたもしかして! これを知ってて着いてきたのね!?

 冗談じゃない、あたしだって行くわよ!」

「こいつぁ参ったね、まさか人間相手にまた剣を抜かなきゃならないとはさ。

 アテナ、殺さなくて良いからね。

 その役目はあたいが受けるから、あんたは身を第一にするんだよ」

「分かってるわ。

 ミーニャは馬の上で待ってて。何かあればオアシスまで戻るのよ!」

「分かりました。

 お嬢様、レディさん、気をつけて下さい」


 あたし達の話はまとまったところでカマルはあたしを睨みつけた。


「あんたらは来るなと言った! あれはオレが斬るんだとな!!」

「っ! だったらあたし達だって言ったわよ!

 あたしも行くしレディが背負ってくれるって!!」

「話してもムダならあんたらをまず斬る!」


 剣先をあたしに向けた途端、タグリードが間に割って入るとカマルの頬を平手で打った。


「一人で背負わないで! お願い――お願いだから……。

 もうあなたが削れていくのを見てられないから……」


 カマルの胸元を握りしめたタグリードが涙声で震えながら訴えている。


 ………………。

 ………………。

 ………………。


 そっとタグリードの肩に手を乗せたと思った矢先、それはタグリードを引き剥がし地面に叩きつけカマルは背を向け走りだした。


「なっ!?」

「ちっ! 男らしくないね、全く。

 タグ、立てるかい?」

「え、えぇ」

「あたいらも追うよ。

 あいつは死を覚悟してる目をしていた。あんたの力が必要だ、来てくれるね?」

「もちろん、行きます!」

「あのバカ! 死んだら承知しないわ、行くわよ!!」


 走り出した男の背中を追ってあたし達も追いつこうと激しく砂を蹴る。

 慣れない砂地に苛立ちを感じるものの、仲間を一人で死地に向かわせない気持ちがいつもより足を軽くさせていた。

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