第22話 episode 19 砂漠の民

 予定通りに明かりの灯った港へ着くと何事もなく検閲を通過し、宿を兼ね備えた酒場『エラハイブの花』を見つけることが出来た。


「だいぶ賑わってるみたいね」

「飲み物、食べ物が揃っているなんて中々ないみたいだからな。港街って利点を生かしてるんだろ。

 とりあえず何か口に入れとくかい?」

「そうね、せっかくだし」


 外まで聞こえる喧騒の中、ゆっくりと両開きの扉を開き店主のところまで足を向けた。


「ねぇ、宿は空いてる?

 それと何か食べるものが欲しいんだけど」

「おぅ? 旅の者か。

 空いてるよ、何部屋使いたいんだい?」


 浅黒い肌に蓄えた口髭になんとも近寄りがたい印象を受けるが、話し方は至って気さくに思えた。


「一部屋で良いわよ、一部屋で。そんな何部屋も借りたって仕方ないわよ」

「今日は特別サービスなんだい。一人一部屋でもお代は戴かないよ」

「どういうこと?」


 意味が分からず怪訝な顔をしていると、店主は店の端を指差した。


「あそこにいる兄ちゃんがよ、賞金を得たとかで今日は全て奢りだって、こいつを寄越してきたもんだからな」


 店主のすぐ後ろの棚の下に大きな袋があり、床には数枚貨幣コインが散らばっている。


「随分と太っ腹なのね。だったら遠慮なく大きめの部屋を一つ借りるわ。

 それと、飲み物と食べ物も一通り戴くわね」

「あいよ。たんまりと食べてゆっくりしていきな」


 店主から部屋を教えてもらい、料理をテーブルまでお願いするとレディがあたしの肩に手を乗せた。


「どう思う?」

「どうって? 賞金の話?」

「そうさ。いくらなんでもあの量じゃ全て渡しているってもんだ。それに店主の口振りからだと知り合いってわけでもなさそうだし、渡す理由が分からないね。

 ただ、あの身なりは冒険者って感じじゃあない。むしろ砂漠の民そのものさ」

「ふぅん。言われると怪しいけど、あたし達には関係ないんじゃない?

 奢ってくれたお礼くらいは言っても良いと思うけど」

「そうじゃないさ。

 この地を生業なりわいにしてるなら何かしらの情報源にでもなるんじゃないかってね」


 そこまで言われてレディの言いたいことが伝わると、納得して早速声をかけに近づいてみた。


「なんだ? 礼になら及ばない」

「あら、そう? でもそれじゃあ気持ち悪いから。

 ありがと、このお店を堪能させてもらうわ。

 でね、あの賞金はどうしたの?」

「別にお前らには関係ないだろ?」

 

 網の目が荒い薄い服を数枚羽織り、頭には白い布を被せている青年はこっちをまるで見ようともせず、空いてる一席に視線を向けたまま無感情のままに言葉を放っている。


「その服装からするに、砂漠の民みたいだけど?」

「だからどうした? ここは砂漠の地、オレらがいて当然だろう」

「それはそうね。ただ、それを聞きたかったのよ。

 ちょっと教えて欲しいことがあってね」

「この店にいる大半は砂漠の民だ。他を当たりな」


 あたしの中で沸々と赤黒い何かがたぎってくる。


「それも悪くはないんだけど。

 何の賞金かは知らないけど、それを手にする程の実力があるなら色んなことを知ってるんじゃないかってね」

「……だからと言って教える義理もないな」


 赤黒い何かが一つ、また一つと割れていく感覚。


「あー、だったらあたし達に出来ることをしてあげるから少し話を聞いてくれないかしら?」

「ふん。だったら全部脱いで踊ることでもしたらどうだ」


 我慢が限界に到達した。


「はぁ!? 話を聞くくらいどうってことないでしょ!?

 それを最初から邪険に扱うってどういうつもりよ! こっちくらい見て口でも開きなさいよっ!!」


 言い終えると同時に椅子の脚を蹴ると、彼は立ち上がり体を反転させたと見えた瞬間、あたしの首元で甲高かんだかい音を響かせた。


「えっ!?」


 彼の腕はあたしの首を目掛け伸び、その手には曲がった剣が握られている。その先を目だけで追いかけるとレディの鞘が彼の剣を止めていた。


「危ないことするんじゃないよ、あんた」

「オレの捌きを止めたのか」

「剣を抜いてる暇はなかったがね」


 鋭い眼光の青年は驚いている様子だったが、あまり感情が伝わってこなかった。そして、その音のせいで酒場には静寂が訪れ……たはずだった。


「あーーーー! 何を騒ぎ起こしてんのよ!! って誰も騒いでないけど、これを騒ぎと言わず何を騒ぎというのか」


 声の方を振り返ると静かになった酒場で一人女性が駆け寄ってくる。どうやら空いていた席の主のようなのだが、これまた一癖もありそうな物言いだった。

 後から来た女性を一瞥した男は剣を腰元に戻すと、そっぽを向いて座り直した。


「どうかしたの? 何かあったの? 何かあったんだから剣を抜いてたんでしょ?

 まさか剣舞でもやってたってことはないんだから何かあったに違いないわね。ってことで、どちら様?」


 質問責めしているなと思っていたのも束の間、急にこちらへ顔を向けた。


「え? そう、あたし達――」

「と尋ねるなら私から名乗るべきよね。

 私はタグリード、この地ではさえずりって意味なの。まさに名は体を表すといったところよね。自分でもそう思うわ。今となっては合ってるとしか言い様がないわね。

 それで、あなた方はどういったご用件で?」


 礼儀正しいと言うべきか何と言うべきか。

 可愛らしいとまではいかないものの、真面目そうな容姿からあたしより少しお姉さんの雰囲気が出ている。


「あ、あたしはアテナ。

 この地にさっき来たのだけど、ちょっと知りたいことがあって話しかけたのよ。

 なんでも剣にけてるようだっから声をかけてみたのよ」

「そうね、そうね。見た目からして砂漠には居そうにないものね。

 どちらから来たの? 何が知りたいの? その様子だと何も聞いてなさそうよね?

 なんでカマルは教えてないのよ。教えてあげなさいよ、困ってる人は助けてあげなきゃなのよ」


 カマルと呼ばれた男はタグリードに言われても顔を向けようとはしなかった。


「ごめんね。本当は強くて優しくて誰にでも好かれるような人だったんだけど」

「だった?」

「ううん、気にしないで。

 私で良いなら教えられることは話してあげるから、何でも聞いてちょうだい。

 あ、椅子ね。ちょっと待っててね、今探してくるから」


 タグリードはそそくさとこの場を去り、辺りを見回している。


「い、いい人みたいね」

「だな。どうする? このまま話してみるかい?」

「あたしは良いと思うわよ。聞いてくれるって言うんだし」

「オレは良くないんだがな。早く去ってくれないか」


 カマルが憮然と言い放つが、そこはあたしだって簡単に頷けない。


「あんたの連れがいいって言ってるんだから、あんたは聞かなきゃいいでしょ? 聞いたとしても応えなきゃさ。

 それとも何? 二人の邪魔はされたくないってこと?

 それならそれではっきり言ってくれたら邪魔はしないけど?」

「はんっ! 勝手に一緒にいる女だ。好きにすればいいさ。

 邪魔だと感じたら切るだけだからな」

「そっ。だったら好きにさせてもらうわ。

 それに今度は簡単にいくなんて思わないことよ」


 さっきは不意を突かれた。

 だが、今度は警戒心も持っているし、レディの稽古でそれなりに自信もついてきている。


「よいしょ、よいしょ。

 ささ、座って座って」


 ミーニャの手伝いの元、三脚の椅子が運ばれるとあたし達は二人の対面に座って話し始めた。


「あたし達はある謎かけリドルを追ってここまで来たの。

 でもこの地には疎いし、そもそもこの大陸で合っているのかも分からないで来たの。

 その謎かけっていうのが――」


 あたしの後を継いだレディが説明するとタグリードは身を乗りだしながら何度も頷いていた。


「なるほどね、なるほど。

 それが何でカマルに聞く必要があったの? それだったら他の人でも良かったと思ったのが私の率直な感想。

 そりゃあ港街の酒場だからここの人ばかりだとは言えないけど、見た目で大概は判別出来るはずなのにわざわざカマルに声をかける必要はなかったと思うの」

「それは、あたし達が探しているのが剣だからよ。

 それにはある程度、剣をたしなんでいないと噂も聞いたことがないと思ってのこと。

 それでたまたま店主からカマルが報酬を手に入れて大盤振る舞いしたって聞いたから話しかけてみたの」

「納得いったわ。

 生活が潤うほどの報酬があったのに、ほぼ店主に預けてしまったからね。あの報酬だって命懸けだったのにそれが一瞬で無くなるんだもの。

 あれはホントに大変だったわ。よく一人で大砂蚯蚓サンドワームを倒せたものよ。私も手伝ったけど、狂暴化した大砂蚯蚓なんて一人二人じゃ普通は無理な話よ。

 ……で、何の話だっけ? ああ! そうね、謎かけね。

 私には分からないわ。カマルはどう? どう思う?」

「……ちっ。この地で合ってるだろうな」

「だそうよ。良かったわね。

 そうじゃなきゃ違うところに行かなきゃならないものね」


 あたしがこれほど聞き役に回ったことがあっただろうか、何も喋らずとも話が進んでいく。


「えぇと、何を根拠にこの大陸だと分かったの? それが分かればもしかしたら剣の在処ありかまで辿り着けると思うんだけど」

「だって、カマル。なんで分かるの?

 私も気になるわ、砂漠なんて他にもあるだろうし」

「……んだよ。聖なる王ってのがこの地には存在したんだよ」


 カマルは未だ顔を合わせようともせず、嫌々ながらタグリードの問いに応えていた。

 だが、これで進展があった。

 あたし達がこの地に来たこと、話しかけた人物に間違いがなかったのだ。

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