第21話 episode 18 友、そして仲間

 無言で足早に進んで行くと海面が近くになっていき、やがては浜辺にたどり着いた。


「大丈夫かしら、ライズ」

「彼の実力なら心配要らないだろうさ。それに、もしかするとファルが助けをしているかも知れないからな。

 あたいらはあたいらの出来ることをするまでさ」

「そうね、生きていればまた会うこともあるでしょうし。

 行きましょ……って、道分かるの?」

「おおよそは分かるさ。来た時よりは歩くと思うがね」


 そして、歩き出したあたし達は森を通り林を抜け、大毒蛇サーペント戦蟻ソルジャーアントを一蹴しながら船へとたどり着いた。


「船長、おかえりなさい」


 船に上がると海賊の一人がすぐに声をかけてくる。


「遅くなって悪かったね」

「待ってもあと一日でしたぜ。

 何か分かりやしたか?」

「ああ、次の行き先が決まったよ。船長室に人を集めてくれ」

「了解っ」


 レディと海賊のやり取りを隣で見ていたら思わず笑いが出た。


「うふふ」

「何がおかしいんだい?」

「船長も板についてきたなぁって思ってさ」

「はんっ! バカ言うんじゃないよ。

 彼らは兵士でもなければ国に仕える者でもないんだ、統率を維持しておかなきゃすぐにでもバラバラになっちまう。

 こうして船長の真似事でもしてなきゃカルディアの敵討ちなんて思いも薄れていっちまうのさ」

「そういうもんなのね」

「そういうもんさ。

 ましてや彼女みたいなカリスマ性がないんだから、勢いで引っ張っていかなきゃ動いちゃくれないさ」

「ふぅん。レディは苦労っての見せないのね」

「ははっ。見せたところで何かしてくれるのかい?

 それよりも士気を落とさないようにアテナもいつもの様に振る舞っていてくれよ」

「あたしはいつも通り。何も変わらないし、変わるつもりもないわ。

 さ、あたし達にも行き先を教えてよね」


 船長室にある航海図を広げ船の停める場所を探す。

 海賊達の話によると砂漠の広がる大地にはあまり行ったことが無いらしく、それならと海賊旗を出さず港街に停泊させ砂漠の民に成りすます計画を立てた。その為、武器の携帯はおろか、船底に隠して貨物船を装う偽装も行うこととなった。


「大掛かりになったわね」

「仕方ないさ、無益に争うほど暇じゃないんだからね。

 知らない土地ならその土地に合わせておくってのが手っ取り早いのさ」

「あたしらはこのままで良いの?」

「あたいらはこのままでも海賊の様には見えないからな。

 ただし、状況によってはってやつさ」

「なるほどね。どれくらいかかりそう?」

「そうさね、四日五日は見といたほうがいいだろうね。

 偽装よりも早く着きそうならもう少しはかかると思うが」

「船でもそれくらいかかるのね。なら、ゆっくりさせてもらおうかしら。

 船旅にも少しずつ慣れてきた感じがあるから」

「私は何をしたら良いでしょう、お嬢様」

「ミーニャも好きなことしてて良いわよ?

 ここじゃあたしもどこかに行けるわけじゃないんだし」

「は、はぁ」


 あたしに付いてきてあたしの世話をすることに喜びを感じているミーニャにとって、何もしないあたしに戸惑いを感じているようだった。


「ミーニャは暇になるって感じなんだね。

 だったら、あたいの手伝いとか船の手伝いなんかもしてみるかい?」

「私の出来る範囲であれば」

「慣れないことはさせないさ。

 さて、夜も深いところまで付き合わせちゃったね。アテナ達はもう休んだらどうだい?

 あたいは船を動かしてから休むことにするよ」

「そうね、そろそろ休むわ」


 椅子から立ち上がり部屋を出ようとしたが、レディが最後に一言投げ掛けた。


「そうそう。ミーニャは起きたらあたいのとこに来てくれたら良いからね、ゆっくり休んでから来てくれ」

「分かりました。おやすみなさい」


 あたしとミーニャは与えられている自室に戻ると早々に布団を体に巻き付けた。

 それからすぐに静かな揺れを感じるとミーニャの寝息が聞こえ、波の音と共にあたしの意識もさらわれていった。



「暑い……暑いわ……。

 海風は気持ち良いのに……何でこんなに暑いのよ……」


 砂漠の地を求めてから四日。

 前日まで大したことなかったのに近くまで来たとの報告があった途端、熱気に包まれている様な暑さを感じていた。


「この暑さが砂漠の大陸の由縁さ。

 草木は枯れ、大地を潤す水でさえ奪われていく。

 日差しで暑いのとは違うんだよ、何故かは知らないがね」

「レディは平気なの? 涼しい顔してるけどさ。

 ミーニャなんて見てごらんなさいよ、へりから顔も手も出してるわ」

「暑くないわけはないさ。だから部屋に居ずにこうして甲板に出できたんだろ。

 それに、動いている皆にも気を使わなければならないしな」

「それはそれで大変な話よね。

 どうするの? 準備ってどうなってるのか知らないんだけど」


 毎日慌ただしく動いていた海賊は知っていたが外観の見た目は綺麗になった程度でさほど変わっていないように見え、準備が出来たのか途中なのか全く把握しきれていなかった。


粗方あらかた終わってはいるよ。あとは服さえ着替えりゃあね」

「服なんてあるの?」

「そりゃあこの船はただの海賊船じゃないからね。表向きは国に属してるってことを忘れちゃならないよ」

「あぁ! そうだったわね。

 すると港街にでもすんなり行けるのね」

「それなりのところにはってことだね。

 王都なりにあまり近いと検閲が厳しかったりするから近寄らないのが無難なだけさ」

「物知りね、レディは。

 だったら後、どのくらいで陸に立てるのかしら?」

「実際のところは舵を切れば直ぐにでも陸が見えるが、もう少し先の街に日が沈む頃に着くようにしてあるよ」


 暗くなるとそれだけ怪しまれるが薄暗いとそれも半減になり、更に詮索もずさんになりがちなのだと付け加えると、あたしには及ばなかった考えに感嘆の声を上げるしかなかった。


「そしたらその後のことも考えてはいるんでしょ?」

「まぁね。あたいらは理由わけあって乗せてもらった旅人を装い、交易偽装のことは海賊に任せてある。

 それでだ。あたいらは宿に泊まるんだが、酒場に行ってみようかと思っているよ」

「ま、そうなるわよね。なんたって道が見えてないんだから誰かに聞くしかないのよね。

 なんだっけ? 王が還る場所だっけ?」

「聖なる王がと言っていたね。

 普通に考えたら王都とか私室ってことになるが……。

 そもそも渇いた大地が向かう先なのかも疑問ではあるんだよ」

「そこは合ってるんじゃないの? 草木も水も枯れてるんじゃぁさ。

 いくらなんでも手助けしようと思った人が全部が全部難しくするとは思えないけどね」

「そういう捉え方もあるね。行き先は示してあとは手掛かりを元に考えろと。

 確かに…ファルの物言いであればそれが正しいかも知れないな。だとしたら還る場所とは城やその類いではないどこかってことになりそうだね」

「なるほどね。そうなると、わざわざ危険な場所に飛び込んでいく必要はなさそうね」

「はっはっはっ。そいつはどうだかね。

 王城よりもっと危険だったりしてね」

「ふふふ。いやよ、もう。数日前は本当に死にかけたんだから。

 魔獣とかそんなのも願い下げだわ」


 くぐり抜けたからこそ笑い話にしてあるが、ぶっちゃけ大毒蛇サーペント戦蟻ソルジャーアントなんて気持ち悪いことこの上なかったし、喰人植物なんてもっと気持ち悪かった。

 それならまだ人の形をした二足歩行の魔者のほうが正面切って戦えると最近自覚し始めている。


「はっはっはっ。まだまだアテナには剣技を教える必要があるようだね。

 それじゃあ昼飯にでもして稽古をつけてやるか」

「稽古は良いんだけど、そういう意味じゃないのよね」


 小さく呟いた言葉は風にさらわれレディの耳には届かなかったようだ。


「おい! お前らも適当に飯にでもしてくれ」


 海賊達に叫ぶと返事と共に半数が甲板から姿を消していく。それを頷きながら見送ったレディはミーニャの隣で同じように顔を出した。


「海ってのも悪くないね。そう思わないかい? ミーニャ」

「そうですか? 私は陸の方が楽しいです。

 見たことのないものを見て、触ったことのないものに触れ、毎日が新鮮でした。

 でも海はどこまで行っても海ですから」

「ははっ。確かにね。だからこそ自由だと思えてしまう時もある。

 ミーニャはアテナに救われたんだろ?」

「はい。奴隷として同じ場所にずっといました。でも、お嬢様と一緒にいるのは恩とかじゃなく本当に楽しいからですよ」

「見てて分かるよ。時折、羨ましく思うからね」

「カルディアさんともそういう仲だったんですか?」

「……いや、あいつとは友というより仲間意識の方が強かったのかもね。

 あたいは騎士であいつは傭兵。

 どこかでそんな線引きがあったから今があるんだとあんたらを見ていて思っているんだ」

「でも、そんな過去があったから私達は出会えたんだと思いますけど……。

 それじゃあダメですか?」

「ふふっ。そういうんじゃないよ。

 過去も今も否定してるわけじゃないがね、ふと思っちまうのさ。

 見たことのない明日をね」


 距離を置き黙って聞いていたが居ても立っても居られなくなった。


「だったら!! あたしが見せてあげるわっ!

 その、見たことのない明日ってのをね」

「…………。

 ふふっ、ふはははは」

「何よ、何か変なこと言った?」

「いや、ふふっ。そうだったなってね。

 あんたといて見たことのない明日をいつも見せてもらっていたことに気がついたよ」

「あら? そうだったの?

 まだこれからなんだけど、見せるのは」

「それじゃあ遠慮なく見せてもらおうかな。

 あたいが想像し得なかった明日を」

「モチロンよ!

 さっ、ご飯も来た事だし食べて稽古でもつけてよねっ」


 湿っぽい話は苦手ではあるが、何よりもミーニャとレディには笑っていて欲しい、そう自然に思えているからこそあたしは二人を友だと呼んでいる。

 仲間ではなく、友だと。

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