第16話 episode 14 塔の番人

 それから浜辺を抜け森に入ると緩やかな坂道が続き、岸壁に激しく打ちつける波の音を聞きながら歩き続けている。


「ねぇライズ、まだなの?」

「あぁ、もう暫く歩いたら見えてくると思う」

「この辺りまで船で来ても良かったんじゃなく?」

「だったら海を見て見るといい。海賊達が船酔いしながら待つことになるぞ」

「それは困るわね。嘔吐まみれの船なんかに乗りたくはないもの」

「だったらオレの言ったことに従うべきだろうな。

 それからもう一つ。

 あの塔に行くのは簡単なことじゃない。入りたかったらあれこれと言わずに従ってもらいたいんだが、愛しの女神」

「そんなになの? どうやって行くのか気になるわね……。

 滝のすぐそばなんでしょ? そもそも行けるのか疑問よね」

「そこは任せてくれ。女神の為なら一肌脱ぐことくらい何てことないさ」


 満面の笑みを浮かべてはいるが、流れが早くなっている所にどうやって行くのか疑問が残る。それに、その言い方だと普通に橋なんかは掛かっていないようでもあった。


「一肌どころか常に脱ぎっぱなしでいて欲しいとこだわ」

「そうか、そんなにオレの裸が見ていたいのか。どれ、良いだろう」

「あんた達は一体何の話をしてるんだい? 全く」


 レディは半ば呆れたように口を挟む。


「あたしはそんなつもりじゃないわよ!

 見せるのは構わないけど、見せられるのはお断りよ!!」


 若干頬が熱く感じるが、これだけは断固として拒否しなければ変態だと思われてしまう。


「さすがは女神。服などという作られた飾りなどは要らないと言うわけか。

 だが、レディの言ってることはそういうことじゃないと思う」

「お嬢様、人前で脱ぐのは止めてください」


 あたしの二の腕にそっと手を当てたミーニャは首を横に振っている。


「誰が脱ぐって言ったぁ! あたしは脱ぐ気もなければ見せる気もないのよっ!

 それと、見る気もね!!」

「そうなのかい? あたいはてっきりライズとはそういう仲なのかと思っちまったよ」


 レディの言葉に顔全体が熱く火照る。

 何を意味の分からないことを言っているのか、最早頭が回らない。


「えぇぇ!! お嬢様っ!?」

「はぁぁぁ!? ちょっと待ってよミーニャ!

 そんなわけないでしょ!

 ちょっと、えぇ!? いやいやいや、ないからホントないから!!」


 もう何故に焦っているのか何を否定してるのかすら分からなくなっている。


「あぁ、女神。やはり結ばれる運――いだだだだだ!」


 ライズがうっとりした物言いだったことに真っ白だった頭の中で何かが沸いたと同時に、あたしのかかとが太ももにめり込んでいた。


「あんたと結ばれるとか絶対にないんだからね! 次に言った時はどうなるか分かったわよね!?」

「こうなるってことだよな、こうなるって。っ痛ぅ」

「分かればよろしい」


 歩きながらも太ももをさするのを止めないところは、さすがは男の子と妙な感心を覚えた。


「そんなことより、そろそろじゃないのかい? お二人さん」


 レディの張り上げた声に周囲の雑音が大きくなっていたことに今更ながら気づいた。


「これって水の音よね? 流れが早くなってるってこと?」

「あぁ、そろそろだな。行ってみるか」


 進路を変えたライズに付き従うよう向かうと、木々が途切れ崖が現れると同時にこれまでにない大きな水音が体を震わせた。


「あれだ。見えるか?」

「どこよ。 ええ?」


 指の先に目を凝らすとだいぶ離れた所に水辺に浮かぶ孤島の大木のように真っ直ぐ伸びる何かが見えた。


「あれ? あれが塔?」

「そうさ、あれが世界を見渡す塔だ。

 あそこがこれから向かう先ってわけだ」


 距離にしても離れているが、海とも川とも分からないあの場所にどうやって行くのか疑問が深まるばかりだった。

 水の流れが明らかに速くなり轟音が体を震わせる中、崖沿いに歩いて行くと水しぶきで前が見えないほどの滝に着いた。


「ここね。 ここからどうやって行くの!?

 滝に落ちないように真っ直ぐ行くなんてムリよ!!」


 大声を出さないと聞き取れないほどの予想外に大きかった滝壺を目の前にライズに頼る他なかった。


「誰が泳いで渡るって言った!? オレが今から神秘術カムイを施し水中を行く!

 但し、長くは持たないと思っていてくれ!

 みんな分かったか!?」


 聞こえづらい中で全員が頷いて応える。

 するとライズは直ぐに口を動かし、それが神秘術を唱えているのだと誰もが察した。


「…………。

 …………。

 …………。

 良し! いいか? みんな手を繋いで飛び降りるぞ」


 急に聞こえやすくなった声に戸惑いもさることながら飛び降りる発言に驚きを隠せなかった。


「はぁぁあ!? この崖を飛び降りるっての!?」

「水の中を行くんだ、当たり前だろ?

 飛んで行くなんて言ってないんだ、飛び降りる他ないと思うんだが」

「いやいや、結構な高さよ、ここ。

 簡単に飛び降りるって言える高さじゃないって」

「だったらどうしろと? 行きたいんだろ?

 なら言う通りにしてくれ。こうしてる間にも効力が無くなっていくんだぞ。

 辿り着く前に溺れ死にたくなければさっさと準備を済ませることだ」

「んぬぁもぉ! 分かったわよ!! 飛べば良いんでしょ、飛べば」


 ここまで言われるとやけくそになるしかなかった。心の準備は半分しか整っていないがやるしかないと言われると覚悟を決めざるを得ない。


「ミーニャ、大丈夫?」

「は、はい、お嬢様と一緒であれば私は頑張ります」

「ミーニャがそう言うなら、あたしもやらなきゃね」


 ミーニャの力があたしの力にもなり、ゆっくりと手を出すとミーニャがそっと握り返してくれた。


「よし。いいか? 手は離すなのよ。

 …………。

 行くぞ! せーのっ!!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

「いやですぅぅぅ!!」


 異様な浮遊感を感じたがそれどころではなく、迫り来る水面に絶叫することが精一杯だった。と、してる間に足が地に着いてる感じがして目を開けた。


「あれ? 息が出来る。それに少し……浮いてる?

 ミーニャ、大丈夫よ息を止めなくても」

「ふはっ! え? ホントですね」

「どういうことよ、ライズ」

「あぁ、オレ達の周りには厚い空気の膜が張ってあるのさ。だから外の音もあまり聞こえないし、足元も地面には着かないってことさ。

 さぁ、行くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。

 ねぇねぇ。そんなこと出来るなら飛ぶことだって出来るんじゃないの?」

「一人ならな。

 ちなみにあの塔には空から行けないのさ。魔に対する強力な結界が張ってあるから人の持つ魔力にも反応してしまうってわけでね。

 ただ、水中には張られてないから唯一の出入口がそこになる。

 さぁ、急ぐぞ」


 ライズの急ぎ足に冗談では済まない感じを受け、無言で足並みを揃えることにした。

 疑問に思っていた幾つかのことを知ることが出来たのには納得したが、ただ一つ残っているのが『世界を見渡す塔』のことを何故詳しく知っているのかだった。

 水中の無数の泡が視界を遮る中、ひたすら真っ直ぐに無言で進んで行くと黒い影のような物が見え始めた。


「あれだ。あそこに入り口がある。それを上ると地上に出られる」

「分かったわ、急ぎましょ」


 ようやく目的地に辿り着くとなれば嫌でも足早になっていく。実際のところ、激流の水中だと砂嵐あらず泡嵐で周りが見えず気が狂いそうになっていた。


「ぶはっっ!!」

「別に水中から出たわけでもないだろうに」


 入り口から階段を少し上がると水もなくなり、ついつい息を止めていたかのように振る舞うとすかさずレディが否定した。


「水中は水中よ。感覚的に息苦しかったのよ」

「あたいは何もなかったがね。視覚に囚われすぎなのさ」

「そうなのかしら。魔法ってのに慣れてないからね」

神秘術カムイなんだがな。

 さ、ここでゆっくりしていても仕方ないだろ。ここから少し上がると広い通路があるんだが、そこで注意してくれ。

 これより先に有るものに一切手を触れるな。

 いいな、面倒はごめんだからな」

「何も触らなきゃいいのね? 了解、着いて行くだけにするわ」


 何事かは分からないがそうした方が良いと言うなら従うのが得策なのだろうと、後ろ手にしながらライズの後を着いて行く。


「何ここ、凄い広いわね」

「塔の地下だ。ここを進めば地上に出られる」

「あれは何?」


 柱とは別に石像が数体ならび瞳は魔石のように輝いている。


「ここの守護者とでも言うべきだろうな」

「ふぅん」


 と近づいて瞳を見つめると、心の中が温かく幸せな感じに包まれていく。こんな場所で不思議と穏やかな気持ちになり、何か秘めた物が解放される気持ちに両手を胸にあてうつむき目を閉じた。


「愛してるよ」


 ふと耳元で囁かれる言葉に心は踊りつつ暖かさで満たされると、声のした方へ手を伸ばす。


「触るなっ!!」


 急な怒声に気がつくと手は石像の瞳に触れていた。


「あれほど言ったのに何故触る!?」

「え? あたしはただ声のした方に手を伸ばしただけで……」

「幻惑にかかるのが早すぎだろ。

 あれは魔石。魔力のこもった石でここにあるのは全て幻惑の魔石。

 侵入者の内に秘めた想いを引き出し触れさせるのさ」

「それならそうと言ってよ!」

「言ったところで幻惑か分からないだろ! だから触れるなと」

「でも触れたからってなによ」

「魔石に触れることが引き金トリガーになり、石像が動き出す」


 言ってるそばから石の擦り合う音が響き、言葉が信憑性を持った。

 四つん這いだった石像はゆっくりと床から手を離し立ち上がると、人の倍はあるであろう体を軋ませていた。


「なるほどね、泥人形ゴーレムってわけか」

「知ってるの? レディ」

「魔法で造りあげた人形さ。

 ただ厄介なのが、壊れないってことかな」

「どうするのこれ!? 囲まれてるじゃない!!」

「ここの泥人形は一つと全て繋がっている。その一つを破壊すれば全てが止まる」

「それってどれよ!」

「知るかそんなのは!

 どれかに魔言語マジックワードが刻まれてる。それの最後の文字を消してしまえばいい!」

「それはどこに書いてあるのよ」

「知るかっての!」


 数体の巨体があたし達を取り囲み足音を響かせなが近寄って来る。


「だったらどうすんのよ!!」

「ライズ! あたいとアテナの剣に付加能力エンチャントは掛けれるかい!?」

「誰に言っている!」

「頼んだよ!

 アテナ、二人で一体の足を切り道を開くよ。

 ミーニャとライズは構わず奥へと走る。逃げきれないとは思うから、あたいらが活路を見出だすのを待っていてくれ。

 アテナは足を中心に剣を振るえばいい!」

「分かったわ!

 すると目の前のあれを突破しましょ!!」

「よし、いいぞ!

 これで二人の剣は硬いものでも斬り裂くことが出来る」


 レディと顔を見合せ互いに頷くのが合図となり、剣を眼前に構えると機会タイミングを伺った。


「行くよ!」


 レディも相手を見据えたまま号令を出すと一斉に走り出し、あたしは右の足を斬ることだけに集中する。


「はぁぁぁ!!」


 すれ違いざまに力を込めた剣を横に振るうと、刃の食い込む感触が伝わりつつ泥人形の隣を駆け抜けた。


「やったわ!」


 手応えを感じその場で振り返ると、レディの方は膝から足が離れていた。それが意味するところはあたしとレディが斬り付ける瞬間に差があったということ。

 そうなると自ずと結果が見えてくる。


「アテナ!! 危ない!!!」


 体勢を崩した泥人形は半身を翻し腕を振るう。近づいてくる腕に恐怖心も抱かぬまま、あたしの見た光景はそれが最後だった。

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