第15話 episode 13 魔の渦

 あれから急ぎ航路を南へ変更してから二日、何事もなくライズの言う場所へと船を停めることが出来た。


「さて着いたわね。ここから歩いて行くんでしょ?」

「あぁ、そうだ。

 川沿いに行くが気をつけてくれよ。何せ、人が立ち入らない場所だ。

 あちこちに魔者が住み着いているからな」

「だったら人数は多めの方が良いかもね」

「そいつは無理だな。

 ちょいと術が必要になるもんでね、人数は限らせてもらうよ」

「ってことは、あたしら以外は船を守りつつ待機しててもらうってこと?」

「そうしてくれたら有難いね。

 術にも限界があるし、帰る手段は必要だろ?」


 両手を軽く広げたライズに軽く首を縦に振ったあたしはレディにこの事を告げ、ミーニャと共に甲板へと出た。


「あたし達は準備良いわよ」

「遅くなったね。さぁ、行こうか」


 レディも甲板へと上がってくるとすぐに浅瀬へと縄梯子なわばしごを下ろし、一人ずつ陸地へ降り立った。


「うわっ。靴がびっちゃびちゃだわ」

「そいつは我慢してくれ。

 海賊達を待たせるんだ、気の長い連中ばかりじゃないんでね」

「分かってるわよ、レディ。さ、行きましょ」


 ライズを先頭にミーニャを挟むようにあたしとレディは後ろを歩く。

 幸いまだ砂地であることから靴を手に持ったまま歩くあたし達は、いささか冒険者とは見えない様な格好であった。


「一応はこの辺りも気をつけてくれよ。

 向こうの森から合鶏獣コカトリスやら獅子蠍マンティコアが出てくるとも限らないからな」

「何それ? マンティなんとか?

 知ってる、レディ?」

「むしろ知らないのかい、アテナ。

 ひとえに言ったら魔獣さ。

 悪神の生み出した凶暴な獣で、目力だけで焼き殺したり尻尾の毒針で死に至らしめることが出来る魔獣。

 かなりの手練れじゃない限りは逃げることをおすすめするよ」

「そんなにやばいとこなの!?」

「それだけじゃないのさ。

 空からは女面鳥人ハーピーもやってくるから厄介なところなのさ」

「女面鳥人ってのは下位魔人の一種でね、歌惑人魚セイレーンが海の下位魔人なら空の下位魔人ってとこさ」

「なに、魔人にも階級みたいなのがあるわけ?」

「ホントに何も知らなかったんだね。

 ひとえに魔者と言っても魔人も魔獣も含まれていてね、悪魔と言われるのが醜悪魔オーク食人鬼オーガ、それにあたいらが出会った喰妖魔グールといった人とも獣ともならざる異形の者で、それぞれに強さで分けてあるんだよ。

 下位の魔者であれば一般兵士と同じくらいに思ってくれていいが、下位の魔人だけは一般騎士じゃないと相手にならないだろうね。

 それだけ魔人ってのは厄介ってことさ」

「ってことは、あたしらが相手にしようとしてるのは?」


 この質問を口に出そうか一瞬躊躇した。

 それは聞いてはならないような気がしてだった。


「実際その場に居たわけじゃないからな、何とも言えないが、城を持つほどの魔人だとしたら上位魔人だとしてもおかしくないね。

 そうなると、剣一本手にしたところで敵う相手じゃないだろうさ」

「その言い草だと何か手がある?」

「いや、今のところは何もないね。

 ただ、一人が強大なだけであれば人数に頼るしかないかとは思っているが」


 確かに聞こえは悪いかも知れないが、質より量であればなんとかなるかもしれない。


「おっと! 話してるところ悪いが、早速お出ましのようだぞ」


 ライズが不意に立ち止まりらした視線の先の森からゆっくりと狼らしき動物が一匹、また一匹と群れを成して姿を現した。


「あれは魔狼ウォーグ。簡単にいく相手じゃないな。

 どうする?」

「どうするも何も……」


 獣が相手だと話も通じないとなれば避けられない状況だと理解し、ゆっくりと鞘から剣を抜く。

 六匹の唸り声が緊張感を高める中、視線を逸らすことなく向き合い、どうすべきか試行錯誤を繰り返した。

 真紅に光る両目と逆立つ獣毛。低い唸り声を発する口は赤く鋭い牙が剥き出しの魔狼ウォーグ

 徐々に近づいてくる圧力に、あたし達は刺激しないように足を砂地から離さず後退あとずさりする。


「どうしようレディ」


 小声で目を離すことなく問いかけると、少し間があった。


「……あたいの合図で海に入る。

 そこで戦うのが最善かと思うよ」

「分かったわ。ミーニャ聞こえた?」

「は、はい。大丈夫です」

「ミーニャは肩が浸かるくらい下がっていいわよ。その前にあたし達が食い止めるから」


 ミーニャは無言だが分かっていると信じている。

 後退るより魔狼が近づいてくる方が早く、段々と距離が近くなる。そして、あたしが海への距離を確認するので目を離した瞬間だった。


「今だよ!! 走って!」


 レディの掛け声に各々が持っていた靴を空に投げ、一目散に海へ向かった。と、同時に魔狼も吠えると砂を激しく擦る音が後ろから聞こえる。


「もっと奥に! 腰まで入るんだアテナ!」

「分かってるわよ!」


 レディやライズと違って身長の低いあたしは腰まで浸からなければならなかった。


「追って来ないわね」

「そうだろうさ。

 来たところで不利なのは本能で分かるだろ。

 ただ、入ってこないんじゃあたいらもどうすることも出来ないね」

「このままじゃ風邪ひくわ」

「分かっているが……」

「だったらオレが何とかして見せようか」

「出来るの?」


 あたしの問いに応えることなく、目を伏せると小さく手を動かし何かを言っている。


「魔法ね!! だったらさっさとやってよね!」


 愚痴ったところで詠唱が止まることはなかったが、片方の眉が一瞬上にあがった。


「……赤くたぎる破壊の舞。

 我が行く手を阻む者へその力を示せ……。

 紅蓮炎渦フレア・ボルテクス!」


 最後の聞き取れた部分に危険を察知し腕で顔を隠すと、ライズの伸ばした手の平から炎の球が飛んで行く。

 それは目にも止まらぬ速さで魔狼の元へ到達すると、球体から姿を変え炎の渦となり一瞬にして魔狼を飲み込んだ。


「熱っ!!」


 ここまで届く熱にあたしは驚きを隠せず動くことが出来なかった。


「一網打尽ってこのことね」

「さぁ、もう大丈夫だろう」


 高く上がった渦は地上から離れると徐々に消えていき、そこに魔狼の姿はなかった。


「あれで終わり?」

「ああ。

 魔狼くらいだとあれで骨すら残らないな……だが、さっき何て言ったんだ?」

「ん? な、何がよ」

「早くやれとか言ってなかった?」

「あっ! まぁ、言ったけど……

 多分この場の全員が思ったことよ」

「おい、アテナ。あたいは頼ろうと思ってなかったからな」

「私もそんな風には……」

「……だそうよ、ライズ。

 あたしの思い違いだったみたいだわ」


 それから砂場で少し服が乾くのを待ったが、誰もあたしの話を聞いてはくれなかった。

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