第14話 episode 12 魔術師と神秘術師

 ライズはあたしの前に止まると両手を取り無言で瞳を見続ける。訳が分かっていないあたしもそれとなく見返す。

 この刻が短かったのか長かったのかレディが言葉を発するまでお互い微動だにしていなかった。


「そろそろいいかい?

 あたいらは聞きたいことがあるからあんたをあそこから連れ出したんが」

「それはオレに言ってるのかい?

 生憎あいにく、女神の従者に貸す耳をオレは持ってないんだが」

「誰と誰が従者だって?」

「わ、私も入っているんですね」

「そうだろ? ここには女神と呼べるのは一人。

 後は従者か奴隷か」


 あたしから手を離すと部屋の中を軽い足取りで話しながら動き回っている。


「あのね、レディもミーニャもあたしの仲間、大切な友達なのよ。誰が上だとかないの」

「それは! まさか従者でもないとは失礼した。

 では聞こうか? 何でも聞いてくれたまえ」


 驚いたかと思うと急に素直になる。

 全くもって扱いづらい。


「あんた海賊じゃないね? なんだってバルバレルと一緒にいた?

 それに、あれは魔法だね? 魔術師ウィザードが海賊なんて聞いたことがないが?」

「待て待て待て。質問が多すぎるな。

 これなら一つずつ返すより成り行きを話した方が早そうだ」

「だったらそうしてくれ。黙って聞いてやる」


 ライズは椅子を壁際へ移動させるとそこに腰掛け、あたし達を見回せる位置を取った。


「知っての通り、名前はライズ。

 生い立ちは抜きにして、世界を見て廻る旅に出たのさ。

 それでまぁある街に着いた時だ、素晴らしい女性がいたので声を掛け一緒に食事をしていると、そこに海賊が現れオレを取り囲んだ。

 むやみに争うのも嫌なんで無視して女性と席を離れようとしたんだが、多勢に無勢、あれよあれよと後ろ手に縛られて海賊長のもとに差し出されたのさ。で、その仕打ちの理由を聞いたんだが、どうやら女性は海賊長の女だったらしくてね、それが気にくわなかったらしいのさ。

 それからは見ての通り奴隷として扱われていたんだが、魔法が使えると女性に話してたお陰で常に三人ほどの監視が付いて回ったわけでな。

 知っての通り魔法には詠唱ってのが必要なわけで、武器を持ったのが傍にいては簡単にはいかずにずっと機会をうかがってたのさ。

 それであんたらと出会うことになったってわけだ」


 身振り手振りを加えつつも飄々と事の顛末を語ると、これでいいかと眉を上げ目を大きく開いた。


「なるほどね。

 バルバレルでもなければ、ただの奴隷だったって訳か」

「まっ、そういうこと」

「ねぇ、あたしも一つ気になることがあるんだけど?」

「おぉ! 何でも聞いてくれたまえ、我が女神」


 なんだかその呼び名に若干の違和感を感じつつあったが、今は置いておくことにする。


歌惑人魚セイレーンの歌声ってさ、聴こえるとほぼ同時にみんな惑わされてたんだけど、それなのに魔法の詠唱が何故出来たの?」

「んん? もしかして、あの膜のことか? あれは魔術じゃないのさ。

 あれは神秘術カムイってやつさ」

「は? あんた魔法を使うって言ってたわよね?

 それに司祭プリーストが世界を廻る訳ないじゃない」


 あたしは亜人から魔力マナ神秘力カムナについて教えてもらったことで、その辺りのことは多少知識を得ている。

 神の力を借りて行う術は主に神殿に従事している司祭や司教ビショップが使うことが出来る。

 それは信仰心があるが故に行えることで神殿に居なくても出来ないことはないが、旅に出て女性を口説き廻る司祭なぞ聞いたことがない。

 それが人間であればなおのことだった。


「魔力と神秘力に詳しいかは知らないが、人間には魔力が高い者もいれば、神秘力が高い者もいるのは知ってるよな? そして、どちらも低い者もいる。

 だったらどちらも高い者がいたって不思議じゃないよな?」

「え? でも、それって相反する力でしょ?」

「そうさ。だからと言ってどちらかが必ず高いって訳でもないよな?

 と、まぁそういうことさ」


 亜人達、聖神に創られた者達は神秘力が備わり高い力を持っている。それは自分たちを創りし神を生まれながら信仰しているからだ。

 でも、あたし達人間は亜人が魔の力に触れ侵食される前に切り離された、言わば聖と魔のはざまの人なのだ。

 それなのにどちらに片寄るでもなく互いを備えているなど、頭では考えられなくなっていた。要するにだ、聖と魔のはざまの人間だからこそ両方を使いこなせると。


「例えばよ、筋肉隆々なのにすばしっこいって感じでイイのかしら?」


 ………………

 ………………

 ………………


「何よ、この空気」

「また意味の分からない例えをするからだろ?」

「でも、想像すると可笑おかしいですよ」

「さすがミーニャ!! これが普通の反応なのよ、レディ」


 笑顔で腰に手を当て指を突き刺すと、当のレディは固まったままだった。


「……とにかく両方使えるのは分かった。

 それでだ。あたいらはバルバレルの連中に聞きたいことがあってあそこまで行ったんだが、聞いてないかい? 魔力を断ち切る剣って宝のことを」

「おいおい、急に話が戻るのかよ。

 ……まぁいいか。

 そうだな、オレは奴隷だったんでね、何も聞いちゃいないってのが本当のところだ」

「あんた何も聞いてないの? そしたら何の為に助けたのか分からないじゃない!

 そんなことなら無理してでも一人くらい海賊を引っ張ってくるんだったわ」


 あたしの本音に目を丸くしているライズは、頭を掻くと苦笑いを浮かべた。


「また振り出しに戻っちまったね」

「……なぁ。何でその剣ってのが必要なんだい?」

「あんたには関係のないことさ。これはあたいらの問題だからね」

「それは分かってるが、我が女神が困っているのはほうってはおけないな」

「別に話しても良いけど、あんた魔人には太刀打ち出来ないでしょ?」


 と、言いつつも特に次の手もない今は少しでも手掛かりを見つけたく、事の経緯いきさつを話して聞かせた。


「なるほど。それで助けてくれた訳か。

 ならば一つ提案があるんだが?」

「提案? このままじゃどのみち魔人には敵わないわよ?」

「そうじゃないのさ。その剣の在りかを知っていそうな人物に心当たりがあるってことさ」


 あたしとレディは顔を見合せるとライズに詰め寄った。


「どこに居るの!?」

「聞いたことがあるか? 誰も近づけない絶海の孤塔と呼ばれる場所を。

 そこには世界を見渡す者と言われている人が住んでいるんだがな、そいつならその剣が何処に持ち去られたのか知っているんじゃないかと思ってな。

 地図はあるかい? ……あぁっと、ここだ。

 但し行くのならこの道しかない。塔のある島の後ろはまさに絶海。

 白銀の大瀑布と呼ばれる底の見えない滝になっているからな」

「でも、誰も近づけないんでしょ? どうやって行くのさ」

「さすがはオレが惚れた女神! そこは道案内するさ。

 船はこの辺りに停め、あとは少しばかり歩いて行く。これ以上先に行くと流れが速すぎて船もろとも滝壺にまっ逆さまだからな」


 先ほどの苦笑いはどこへやら、満面の笑みであたしの顔を見つめている。


「あたいらの取るべき道は決まったね。

 その人物に会いに行く。案内お願いするよ、ライズ」

「任せな。オレの女神に危険な真似はさせないさ」


 ……今、なんて言った?


「ねぇ、ライズ。今の言葉、もう一度言ってみて?」

「あぁ、いいだろう。何度でも言ってやる。

 オレの・・・女神に――! 痛ててて!」


 繰り返した言葉が終わる前に、ライズの両頬を思い切り左右に引っ張った。


「あたしは誰のモノでもなければ、あんただけの女神でも女でもないの! 分かった!?」


 顔を歪めたまま首を縦に振ると余計に痛みが増したのだろう、眉間のシワが更に増えた。

 本当に分かったのかは知らないが、とりあえずは離してあげてこの場は許すことにしておこう。

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