第13話 episode 11 海賊船の魔術師

 両方の船の海賊達は、何かを探すかのように海を眺めては歩き出すといった行動を繰り返ししている。


 「ほんっと男って使い物にならないわね!!」


 歌惑人魚セイレーンの姿も見えないままどうすべきか辺りを見回すと、向こうの船上にうっすらと緑色した膜のようなものが見えた。


「何あれ? ん? 人?」


 膜に覆われた中心に男性のような姿が見てとれた。


「ねぇ!

 ……ねぇってば!! 聞こえてる!?

 聞こえてるならこっちに来なさいよ!」


 一瞬こちらに顔を向けたかと思うとゆっくりとこちらに歩み寄って来ている。


「レディ! まだなの!?」

「今やってる! アテナは方向を示してくれ!」

「……んなこと言ってもどこから……」


 距離は近いと思うが、だからこそ当てずっぽうに放ったところで意味がないのだろうと辺りを見回すと、数人の海賊が同じ方向を向いているのに気がついた。


「レディ! 船の先よ!! 向こう側に飛ばして!」

「船の向こうだね! 行くよ!!」


 歌声に混じり轟音が鳴り響くとバルバレルの船よりも高い水しぶきが上がり、またも船が揺れると歌声は聴こえなくなった。


「今のうちよ! 早くこっちに!」


 味方なのかも分からないまま彼を呼んだのは、両手を鎖で繋がれているのが見えたからだった。

 あたしが呼び掛けると薄い膜は無くなり、走り船を飛び越え転がり込んだ。


「この海域から離脱する!! 船を元の航路へ!」


 レディは次の準備をしつつ正気に戻った海賊へ指示を出すと、すぐさま同じ方へと砲台から放った。


「……歌は聴こえない。

 どう? 大丈夫?」

「あぁ、なんとかな。助かったよ」


 立てないままの男に手を差し出すと、それを掴み取りゆっくりと立ち上がる。

 青年と言うべきなのか、歳をとっているようには見えないのだが、手付かずであろう整っていない長髪にむさ苦しいまでの髭を蓄えている。


「色々聞きたいけど、歌惑人魚の声が届かなくなるまでは策を講じなきゃ」

「だったら恩返しの一つでもさせて貰おうかな。

 ちょっと待ってな」


 右手を左手首に付けられている鉄の輪に添えると何やら独り言を言い出し、聞き取ろうとした瞬間、鉄の輪がものの見事に砕け散った。


「は!? それ魔法!?」


 問いに答えるかと思いきや同じことを逆の手ですると、残された鎖だけが船板を叩いた。


「ふぅ。取り敢えずはこれで。

 後は皆を船尾から離してくれ」

「え? あぁ、うん。

 後ろにいる皆!! 真ん中に集まって!」


 怪訝そうな表情を浮かべながら集まりだした海賊とは逆に、男は首をひねりながら船尾へと向かって行った。


「おいおい、アテナ。大丈夫なのか? あの男は」

「レディ。多分大丈夫よ」

「多分って。また根拠のないことを」

「そりゃ根拠はないけど、恩返しするって言ってたんだし。

 それに男で一人だけ歌に惑わされなかったのよ。何か出来ると思ったのよ」


 それと海賊の身なりとは思えない風貌に繋がれていた手。そして、先程の魔法のようなことと武器らしい物を何も持っていないこと。

 これだけ揃っていたら信じてみても良いかと思った勘に従ったまでのことだった。


「まぁ、アテナがそう言うなら。

 信じられない相手はとことん疑うアテナの勘、信じてみるさ」

「ありがと、レディ。ま、何かあったら助けてよね」

「はっはっはっ!

 すぐ人を頼るのは良くないね。それは直しなよ」

「レディだからよ。

 あたしが認めていない相手は頼らないんだから」


 こんな状況でも笑みをこぼせるようになったのは、心強い友と一緒に旅をしてきた経験なのかと想いを巡らせた。

 そうして笑っているのも束の間、視線を男に向けると両手を空に掲げるとゆっくりと左右に開き始めた。


「何? 何? これって……」


 両手の動きに合わせて先程男を包んでいた緑色の膜が、今度は船全体を覆い始めている。

 

「これがあると歌声に惑わされないのね。

 ほら、言った通りじゃない」

「あぁ、今のところは、だね」


 レディは微笑み返すと海賊達に向き直り、大声を張り上げた。


「歌の聴こえない今だよ!! 全速力で距離を取りな!」


 海賊の雄叫びと共に大きな帆が降ろされると船の速度が上がっていく。


「しかし、なんだって魔術師ウィザードが海賊船なんかにいたのかだね。

 しかもあれは海賊ってわけにも見えないしな」

「それは後で本人から聞きましょ。

 今はあたし達を守ってくれているんだから」


 それから少し経つと緑の膜が徐々に消え始め、海賊からは目印だった孤島が見えたと声がしていた。


「ふぅ。ここまで着たらもういいでしょ。

 一旦休憩にしましょ」

「そうだね。やつらにも一休みするよう言ってくるよ」


 あたしとミーニャを置いてレディが船を周り始めると、代わりに''彼''があたしの元に寄ってきた。


「お疲れ様。ありがとう、助かったわ」


 ねぎらいの言葉を掛けたのに彼は訝しげな表情で自分の髪を触り、顎髭を触り始めた。


「どうしたの?」

「ちょっと待ってくれないか?」


 するとレディの元に足早に向かい何やら話すと、二人の海賊と共に船内へ消えて行った。


「どうしたのかしら?」

「どうしたのでしょう?」


 あたしとミーニャは訳が分からず呆然としてしまった。


「アテナ? 大丈夫か?」

「え? あぁ、レディ。

 彼はどうしたの?

 ちょっと待てって急にここから居なくなったわ」

「あたいも良く分からないが、話はするから身だしなみを整えさせてくれってさ。

 あとは腹が減ったって。

 だから船長室に来るよう言っておいたよ」

「身だしなみ? ここで?

 なんだか厄介な人を助けちゃったのかしら」

「どう、だかね。ま、悪いやつじゃないとは思うが。

 あとは、何か得られる物があればいいんだが」

「そうね。あの船にいたんだもの、何かなきゃ困るわ」


 そうして、あたし達は船長室へと向かった。

 途中、レディは海賊の一人に軽い食事を持って来るよう話し、後は部屋で待つばかりとなった。


「いやー、遅くなった。

 待たせてすまなかったな、お嬢さん」


 唐突に入って来たのは、端正な顔立ちをした所謂いわゆる好青年だった。


「あんた誰?」

「誰? って、水くさい。さっきまで一緒にいたじゃないか。

 あの船から助けてもらったライズさ」

「あーあ。あんたライズっていうのね。

 随分と変わったわね、髭もなくなって髪も整うとさ」


 ライズと名乗った男は微笑むと、急にあたしの前に立ち手を引いた。

 無理矢理立たされる格好になったあたしは、何が起きたのか唖然とせざるを得なかった。


「ちょっ、ちょっとちょっと!」

「そりゃそうさ。なんたって君の美しさに釣り合うようにしなけりゃならないんだ。

 魔法石より輝く瞳に愛らしいまでのその唇。

 それと相反するかの様な威光を放つ佇まい。

 まさにこの世に生を受けた女神そのもの」


 あたしの周りを二度三度と回りながら語りかけるその言葉。

 決して悪い気はしなかった。


「この出会いは偶然なんかじゃない。

 出会うべくして出会った必然の出来事。

 運命とはまさにこの事なのだろう。

 そうは思わないかい?」

「え? あ、あぁぁ、そう、ね」


 否定する間もなく口が勝手に相槌をしてしまった。


「おえっ」


 嗚咽の漏れる方をチラリと見ると、レディが苦い顔をしてあたしを見ている。

 ま、まぁ何だ、とりあえずはレディの嗚咽には触れないでおこうと今は思った。

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