第8話 episode 07 行動の裏側

 城の裏側まで行けたあたし達はどうすることも出来ず、やむを得ず外套ローブを敷くとその上に座り急な斜面を滑り降りた。


「し、死ぬかと思ったわね」

「は、は、はい」


 ミーニャの息は荒く、これ以上言葉はないというくらいの戸惑いが感じられる。


「これじゃあ新しい外套を買わなきゃだわ。一瞬でボロボロなんて」

「外套一つで命が助かったんだ、安いもんだと思うしかないね。

 さて、どうするかい? ここにいつまでも居られないだろ」

「そうね、魔者もいつ来るとも限らないし。

 一旦は船まで行きたいところだけど、道って分かるかしら?」


 海賊達に道案内を頼めるかとも思ったが、おおよその船の位置くらいだけで案内とまではいかないようで首を横に振っている。


「そお。どうしよっか」

「このまま船の所まで行くとすると魔者との遭遇率も高くなるだろうね。遠回りしてでも回り込んで向かうのが無難だろうさ」

「レディの経験がそうさせるならそれに従うわ。夜になる前に戻りたいところだし。

 それと、あたしが見てきたことは歩きながら話すわね」


 皆が納得するのを確認して道なき森の中へ足を踏み入れる。城の裏手を真っ直ぐに進むといずれは海へと出られるはずと意見も纏まると、先ずはそこを目指すことにする。


「ねえ、あんたらさ、あの城の探索って終わってたんじゃないの?」


 前を歩く海賊達に気になっていた言葉を投げ掛けると、一人の海賊が一瞬振り返ると応えてくれた。


「手分けして探索したから全てと言い切れるか知らないが、探索し終えたと言っても間違いじゃないだろうな」

「だったら何でまた?」

「頭が隠し扉の奥をもう一度探すと言ったからな。宝物庫から宝は運び出したんだが」

「その時も魔者っていたんでしょ?」

「あぁ、そこそこにな。

 しかし、今回みたいに囲まれることはなかったから大して戦うこともなく、逃げることが多かったのよ。

 それが今回は少数精鋭だったからな、おかしいとは感じたが場所も分かってるからだろうと考えていたのさ。

 当然あんたらは魔者に対する囮だと皆が思っていたがね」

「それがまさか、自分達まで囮に使われたってことなのね」

「ま、そういうこったな。別にそれに対しては恨んじゃいないが。

 海賊やってりゃあ裏切りなんざ背中合わせで、かしらが居てこその海賊だから心配はしても恨むってことはないね。

 一部のやつは船を乗っ取ることも考えてるがな」

「海賊ってのも難儀なものね。

 それはそうと、だったら何を目当てでカルディアは玉座のある謁見の間に行ったのかってのが問題よね。魔人復活の理由があるのか分からず終い……って、あぁ!!」

「どうしたんだい?」

「ごめんごめん、思い出したわ。言ってなかったわね。

 あたし達が部屋に入るとカルディアを抱きしめるように魔人がいてね、そのあとカルディアはぐったりと床に崩れ落ちたのよ。

 それで魔人は串刺し公ツェペシュ改めドラキュリア、人を超越した存在だと話したの。それで海賊達はドラキュリアの手下に成り下がったんだと」

「やはりカルディアは……。

 しかし、あの彼女が何だって魔人に関わるようなことをしたのか、何を求めて行動したのか、腑に落ちないな」


 昔から知っているレディだからこそ、彼女の言動を不思議がるのは最もだと感じたが、それからは宙に浮いた疑問の答えを誰も口にすることなく、草木を踏み倒す足音だけが響いている。


「ん、あれは何?」


 あたしの目に飛び込んで来たのは、盛り上がった土にぽっかりと穴が開いている洞窟への入り口のようだった。

 森の中に突如として現れた洞窟。気味が悪いといったらありはしないが、無視をするか入ってみるかあたしには判断しかねていた。


「どうする、レディ」

「魔者の住み処ってことも考えられなくもないが」

「あっ! だったらさ、またサークレットを光らせて、あたしだけ行ってみるってのはどう?」

「なるほどね、そいつは良いかも。やってみるか」


 あたしは頷きミーニャを見ると、返事の後に数刻前に聴いたばかりの言葉を並べ立てた。


「どお?」

「光りませんね。間違っていないと思うのですが……」


 あたしが聞いた限り間違っているようには聞こえず、もう一度同じ言葉を繰り返すミーニャも不思議がる表情は変わらなかった。


「駄目みたいですね」

「なにこの役立たずな冠は! どうしよっか」


「外にも魔物、中にもいるかも知れない。ここは入らず行くのも手かな」

「それもそうよね、わざわざ危険を増やしてもだし。

 でも、気になるわよね。洞窟なんて冒険心をくすぐる塊みたいなもんだから」


 と、奥までは見えないのは分かっているが、首を突っ込まずにはいられず、ミーニャと覗いて見ようとした。


「真っ暗ね、何の気配も無さそうだし」

「ですね。下り坂みたいになって――きゃっ!!」

「どうしたの!? ミーニャ!」

「えっ? えっ!? 今、手がビリっとして」

「何で? 何もならないわよ? ほら」


 洞窟の入り口に手をかけたミーニャは驚き手を咄嗟に離したが、あたしが触っても何もならなかった。


「どうした? ここに何かあるのか?」


 同じ場所をレディが触ると何も起きず、それに沿って洞窟内部も触っているが何もないようだった。


「ちょっとあたしも触ってみるわ」

「で、では私も――きゃっ!!」


 今度はあたしについて中に入ろうとした瞬間、弾かれるように尻餅をついている。


「ど、どういうこと? ミーニャ、中に入れないの?」

「……お嬢様。私、入れないみたいです」


 全く持って意味が分からない。

 あたしやレディ、それに今の光景を目の当たりにした海賊達も一通り触ったり足を踏み入れたりするも何も起きることはなかった。


「ミーニャだけ? 何でそうなるの?」

「一体どういうことだろう。

 これは一種の結界みたいだが、ミーニャにだけ作用するってのが分からないね。

 それに、こんなところに結界を敷くとなれば魔者に対するものと思うんだが」

「魔者に対するものがミーニャに作用してる。それに結界があるということは……」

「あぁ、この奥には何かあるってことだね。それも、魔者にとって良くない何かが」

「かといってミーニャを置いて行くわけにもいかない。

 ……どうしよっか」


 皆の視線がミーニャに集まると、これまでにないほど挙動不審になっていた。


「大丈夫よ、落ち着きなさいって。ミーニャが悪いわけじゃないし、何かしらの理由があるんだからさ」

「そうだね。その理由が分かるまで立ち寄らないってことも出来るからね。

 今の状況じゃどのみち探索は難しいと思うよ」

「……いえ! 今行くわ! あたし一人で行く」

「どうした?」

「ここにいるのはあたし達と海賊。

 今調べてこないと船を持つ海賊達が先に探しに来ちゃうわ。この奥に何かあったとしても、それを海賊が有意義に使うとは思えないもの」


 そばにいる海賊は呆れ顔をして見せているが、本当のところ探しにくるであろうと感じている。


「しかしなぁ、アテナ」

「魔者がいるとこにミーニャを置いて行けないし、かといって海賊には任せられないとなればあたし一人で行くのが一番よ。

 身軽にして行けば逃げることも出来ると思うし」

「言いたいことは分かったよ。何かあればすぐ戻ることを前提にしてならそれで良いと思う。

 ここもいつ魔者が来るとも限らないから急いで欲しいが、大丈夫かい?」

「それで良いわ。魔人に対する何かがあれば儲けものだし。

 なら、早速行ってくるわね。

 あ、レディの実力は知ってると思うけど甘く見ないことよっ」


 海賊に釘を刺すと松明たいまつに火を灯し、緩やかな斜面を足早に降りて行く。

 松明たいまつの灯りだけを頼りに壁づたいにゆっくりと斜面を降りるも平行感覚さえ失いそうになるほど暗くただ水の滴る音だけが響き、そんな中を真っ直ぐに進むしかなかった。


「ミスったわ。完っ全にミスったわ。

 こんな暗がりで音も気味悪いし、独りで来るなんて言わなきゃ良かった」


 独り言でも呟いてなければ孤独に押し潰されそうな程の空間にあたしの声だけが響き渡る。

 少し湿り気のある土壁は所々で岩があり、少しだけひんやりとしていた。


「なんか、ここには魔者は居なさそうね。異臭もしないし、変なものも落ちてないし。

 にしても、今回の旅は謎だらけ。

 カルディアの行動にミーニャだけ入れない洞窟、それに役立たずのサークレット

 ま、冠は良いとしても、この洞窟が何なのかよね。

 結界が張られて魔者がいない、ともなれば魔に対する何かあるってなるのに、ミーニャだけは入れない。

 それがあるから分からないのよね。

 それでもって復活した魔人。

 そもそも前に来てて存在を知らなかったってことは誰かを依代よりしろにして儀式を行ったってことになるけど、あんな人は一緒に居なかったし。

 であれば、魔人の肉体があるのを知っていて、更に復活させた……。

 だったら何の為に?

 復活させたらあんなことになるのは目に見えてる筈なのに。

 ホント考えても分からないことだらけ」


 だいぶ呟いた独り言のおかげで気持ちが暗くなることはなかった。しかし、今回の旅は口に出したところで糸口となるものが見えてこない。


「ん?」


 灯りの先の天井が少し低くなっていることに気づき、腕を伸ばし出来る限り先を照すと床が無くなっているように見え、気をつけながらゆっくりと近づいて見る。


「階段になってる。こんなに降りたのに更に降りて行くのね」


 しっかりとした階段には思えず、壁に手を付きゆっくり過ぎるほど一段ずつ降りて行くと、降りきった先は行き止まりであった。


「何もない? 結界まであって?」


 土が少し盛り上がってる以外は何もなかった。


「嘘でしょ? こんなとこまで独りで来たのに、何もないなんてあり得ないわよ」


 と、何かしらないものかと壁から天井、床に至るまでくまなく松明たいまつを照らすと盛り上がった土の後ろに布が落ちていた。


「何かしら……。文字が書いてる……。

 この地に厄災訪れし刻、必要となるつるぎを借り受ける。

 魔を断ち切る力を…………。

 ここまでしか読めない、か。

 でも、ここにはあの魔人に対抗出来る武器があったってことね」


 収穫はこれしかなかったが、その剣があれば魔人を再び封じることが出来ると分かっただけでも良しとすべきと、来た道を足早に戻ることにした。


「ここにそんな武器があって結界があるなら、やっぱり魔に対する施しをしてあるってことよね。

 それとも魔力かしら。

 もし魔力の強い者を弾く結界だとしたら……ミーニャだけってのも不思議じゃないかも」


 仮説には過ぎないが、たましいと共鳴出来たミーニャであれば魔力が強くても不思議ではない。

 現に、教えてもらった魔言語マジックワードを口にすると魔法を使えないこともないから。


「仮にそうだとしたら、それだけ厳重に置かれていたその剣さえあれば魔人を封じることも魔者に対抗することも出来るってこと、か。

 そうなれば、一体誰が何の為に持ち出したってことね。しかもあれは結構古い感じがしたもの、今もその人が持っているかも分からないってことか」


 少しだけ謎が解けた気がしたが、それに伴って新たな謎も垣間見えた。そんな呟きを繰り返していると、外の明かりが射し込む出口が見え始めていた。

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