第2話 episode 01 荒くれ者

 アリシアお姉様が向かったとされるグリッシア王国。

 あたし達は海へと近い王都へ入ると酒場で足掛かりを掴み、海岸に沿うようとある町へと向かった。


「なにあれ? まるで腐街スラムじゃない」


 町のそばまで来た時点で異様な雰囲気が漂っていたが、入口に立つと人がいるとは思えないほど家屋もボロボロで、木々も枯れ果て雑草も伸び放題であった。


「人の気配はあるが、こいつは普通じゃないな」


 レディの言うことに間違いはなく、波の音に混じり人の出す音が微かに聞こえている。


「お嬢様、本当に寄るのですか?」


 おどおどしているミーニャを余所に、あたしは一歩踏み出し振り返ることもなく話した。


「当たり前でしょ。人がいるんだもの、何かしらの情報は得られるわ。それが目的で来たんだから」

「でも、本当に人かどうか――」

「んなこと言っても見てみなきゃ分からないでしょ! ほら、行くよ」

「大丈夫さ、ミーニャ。あたいが隣にいてやるから心配しなさんなって」


 ミーニャと二人旅の時は強引にでも引っ張って行かなければならなかったものが、レディがいるおかげでミーニャもある程度は簡単について来てくれる。


「さて、こういう時は常套手段の酒場から。っても、何だか物騒ね。普通の格好してる人がいないじゃないの」

「そうだねぇ。こいつは海賊が支配してんじゃないのかい。

 海に面して荒れ果てた町となればね」

「ジャラジャラした物付けて、頭にも布を巻いてるのが海賊ってわけ? 何だか見た目が派手なだけって感じ」


 遠目に数人が行き来し、ほとんど人がいないようにも見える町。崩れかけている廃屋に人影が在るわけでもなく、人の居そうな建物を探しうろうろするしかなかった。


「気をつけなよ。見た目はあんなでも度胸だけはあるんだからさ。

 そこらにいる賊とは別物と考えるべきだよ」

「ふーん、そう。

 だとしても、賊には変わりないんだからまともに話してもってやつでしょ?」


 レディは足を止めるとあたしの腕を掴み周りを見回した。


「さて、どうだかね。そいつは直接聞いてみるしかないんじゃないかい?」

「お嬢様!?」

「いつの間にか囲まれてるってね。その辺りはそこいらの連中と変わりなしなのね」

 

 ミーニャがあたしの背を掴むとレディはゆっくりと背後に回った。


「お嬢ちゃん達。こんなところに何の用かな?」


 物陰から足音も無しに姿を現し口にしたのは、下品極まりない顔つきと端々が千切れた衣服を纏った男だった。


「人探しよ、人探し。あんた達みたいな下品を体現したような人じゃなく、美の頂点に君臨する正反対の人をね」

「ちょっと、アテナ。いきなり挑発って――」

「だって、あいつがお嬢ちゃんって」


 レディが連中に聞こえるか聞こえないかの小声ですかさずあたしを制するが、あたしは異にも介さず思いを告げた。


「あぁん? 何だって?

 おい! お前ら聞こえただろ!? 出てこい!!」


 わらわらとみすぼらしい格好の男達がざっと二十人、周りを囲むように出て来ると薄ら笑いを浮かべている。


「はぁぁぁ。結局こうなるのかい。

 アテナ、どうしていっつもそうなんだい」


 レディの大きな愚痴が一つ。


「先に失礼なことをしたのは向こう。それに対して丁寧に応えてあげただけよ」

「何をごちゃごちゃと。

 こんなところにわざわざ来てオレらにデカイ口叩くたぁ、いい度胸してるなぁ嬢ちゃんよ」

「デカイ口!?

 あんたの緩んだ口元に比べれば、あたしの口は可愛い過ぎて神すらひれ伏すわよ!」

「んだとコラぁ!」


 怒声と共に光り物を取り出すとそれが合図だったかのように、囲む海賊達も各々に武器を取り出した。


「ほぉら、すぐにそうやって武力に頼ろうとする。弱い者の証ね」

「いや、アテナ。今のは誰だって怒るだろうさ。

 ……けどまあ、女性を隠れて囲むなんざ趣味が悪いにも程があるってもんかね。

 ミーニャ、あたいの後ろにへばり付いてなよ」


 振り向くとミーニャはレディの背中に文字通りへばり付き、あたしに目で何やら訴えている。


「そんな怒らなくても……。こうなった以上、やるしかないってことなのよ」


 と、レディと共に剣を構え相手の出方を窺っていた時だった。


「何だい!? この騒ぎは!」


 女性の怒鳴り声が響き渡ると海賊達は一斉に声のする方に顔を向けた。


「なっ!! か、かしら!」

「こいつは一体どういうことだい!!

 誰か説明をし!」


 男達の輪から姿を現したのは一際派手な装飾を身に付けた長髪の女性。

 それに対して、わめいていた男は一瞬にして顔を青ざめ手を擦り合わせながら女性の前に進み出た。


「頭、これには訳がありまして……」

「ワケ? ワケもへったくれもあるかい!

 大の男達が女子供を囲んで、その手の物で何をしようってんだい!?」

「先に吹っ掛けてきたのはアイツらなんですって!」


 男の一言にあたしは頭に血が昇った。


「ちょっと! 聞き捨てならないわね。

 先にこそこそ隠れながらあたし達を取り囲む失礼なことをしたのは誰さ!!

 それにアイツとかも失礼よ。

 あたしはアテナ、何度も言わせない!」


 割って入ったあたしを女性は驚いた顔で見つめると、急に笑い出した。


「はっはっはっ! イイね、アテナとやら。あんた面白いよ。

 この数相手に怯むどころか喰ってかかるとわね。

 ……勝ち目があるってのかい?」


 高笑いから一変、低い声と鋭い目付きに変わると腰にぶら下げている鞘を鳴らし始めた。


「カルディア……?

 もしかして、カルディアなのかい!?」

「これはこれは、気高い女性ノブル・レディ

 いや、今となっては裏切りの女性フェアラート・レディだったね。

 まさかこんなところでお目にかかるとは、運命も棄てたもんじゃないねぇ」


「知り合い? それに裏切りって……」


 二人の視線は交差し、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 レディの過去を知らないあたしは妙な緊張感を払拭したく間に入った。


「二人に何があったかなんて知らないし、レディの過去のことも知らないけどさ、今はあたしの大切な仲間で友達なのよね。

 だから今ここで過去のことをあれこれ言わないでくれる?

 あたしは今と未来にしか興味がないの」

「威勢がいいのは勝手だがね、お嬢ちゃん。状況ってもんは見定めた方がいいね。

 ……だが、言ってることは最もだよ」


 一瞬、張り詰めた冷たい空気に包まれたが、口許を緩ませたカルディアは腰に手を当てあたしの目線に顔を合わせた。


「そうでしょ? 大事なのは今と未来。過去に縛られて生きて行くなんて勿体無いじゃない。

 だからこそ、貴女達だって海賊でいるんでしょ?」

「ふふ、ふははははは。そうだよ、お嬢ちゃん! ここにいる連中は皆そうさ。色んなことを払拭したくて海賊をやってる。

 レディとのことは水に流す訳じゃないが、お嬢ちゃん――いや、アテナ。あんたが気に入ったよ」


 あたしに向けた言葉を宣言するかのように背を向け、取り囲む男達に言い放つと剣を抜き横に一閃する。


「お前ら、良く聞き!

 ここにいる連中は今から私の客人だ。失礼のないようにするんだぞ!」

「へいっ、頭!!」


 街中に響き渡るかのような大声で命令すると低い声が一斉に返ってくる。そして次の瞬間には、あたし達を取り囲む者は誰も居なくなった。


「さて……と。あいつらも居なくなったとこで、どうだい? 私の部屋で酒でも飲んで話でもしようか」

「いいわね。あたしも聞きたいことがあるからこの街に来たんだし。

 レディもいいわよね?」


 願ってもないことにあたしは頷くとレディに振り返ったのだが、当の本人は浮かない顔をしていた。


「そう、さね。あたいは遠慮しておくよ。

 ちょいとそんな気分にはなれないからね」

「そ、そっか。そしたらさ、あたしが色々聞いておくからレディはどっかの宿で休んでおいて、ね」


 話したくないのだろうと片目を瞑り気配りすると、頼んだよと一言残しあたし達の傍を離れていった。


「ねぇ、カルディア――だっけ? 宿ってここにはいくつもある?」


「あぁん? 二つ程だね。そんなに大きな街じゃないしな。あいつの行ったとこならすぐに分かるさ。

 この街は店も手下がやっているからな、余所者よそものの居場所ならすぐに耳に入れられる」

「それなら探さなくて済みそうね。

 だったら行きましょ。頭の屋敷ってとこにね」


 カルディアは鼻で返事をすると背中を向け、肩越しについてくるよう手招きをしている。

 赤髪の騎士アリシアお姉様の行方のみならず、親友レディの過去にも触れなければならなくなったかと思うと話がややこしくなりそうで、屋敷までに頭の整理が必要だった。

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