第3話 episode 02 過去への償いの為に

 カルディアについて行った先は街の真ん中であろう場所に、他とは違い整われた外観の建物があった。

 街を治める者の住まう場所と疑いのない立派な屋敷に入ると、石畳が敷き詰められた広間ホールに二階へと続く大袈裟な階段が据えられていた。


「ここで待て」


 階段の目の前でカルディアは止まると、手摺てすりにある幻竜ドラゴンの尾を押し込んだ。すると、甲高い音の後に足元の大きな石畳が階段の下へと潜り込み、階下への新たな道をあらわにする。


「仕掛けがあったのね」

「凄いですね、お嬢様」

「さぁ、こっちだ」


 驚くあたし達を見向きもせずにカルディアは足早に降りていく。遅れまいと続き階段を降りると、途中で石の擦り合う音と一つ大きな音がして薄明かりの階下へと辿り着いた。


「勝手に閉まったみたいだけど大丈夫なの?」

「こちら側にも仕掛けはある。尾が戻ると勝手に閉まるのさ。

 さぁここだ、寛いでくれ」


 幾つかの扉と角を過ぎた部屋の中は世に言う財宝がところ狭しと並べられ、地下の部屋を忘れさせるだけ明るさがあった。


「光り物が多くて眩しいくらいね。この毛皮のソファなんて中々見ることなんてないわ」

「そいつは魔獣の毛皮を剥いだもんだからな、そうそうお目にはかかれないだろうね。

 さ、そいつに座って。何か飲もうかい――つっても酒は飲めるのかい?」

「飲めなくはないけど今は遠慮しとくわ。ミーニャは飲めないし」

「そうかい? だったらそうだね……」


 部屋の奥にある立派な机に腰掛けていたカルディアは身を翻すと、その後ろにある棚から瓶を選び出した。


「こいつくらいしかないか――ほら、いくよっ!」


 そこまで大きくもない瓶だが放って渡すとは思ってもみず、慌てて立ち上がり体で受け止めた。


「っつぅ! いきなり放らないでよね」

「あっはっはっはっ! 海賊ってのはこんなもんさ。落としたヤツが悪い、飲めなくなるのは自分なんだからな」

「それは一理あるけどさ。

 で、これは?」

「何かの果汁さ。普段は酒に混ぜたりするが、そのままでも飲めるもんさね。

 ま、飲んでみな。毒はないからな」


 言われて口を付けないのも礼儀に反すると、あたしとミーニャは一口ずつ嗜んだ。


「中々美味しいわ。あたしは好きな味ね」

「そうかい、そうかい! そいつは良かった。

 酒以外じゃ今はそれしかないからね」


 と、自身は手に取った瓶を喉を鳴らしながら上へと向けていた。


「ふはぁ。

 で? 話ってのはなんだい? そいつを聞きに来たんだろ?」

「そうよ。単刀直入に言うと、あたし達は人を捜しているの。で、その人がこの近くを通ったって話をきいたから何か知ってるんじゃないかってね」

「ほうほう。あまりここに来るヤツはいないから、ここ数年の話なら覚えてるよ」

「だったら赤髪の女剣士で、アリシアって名前の人は知らない?」


 容姿を話すと机の上で足と手を組み、細目で視線を落とした。


「そうね、それと四・五人と一緒にいたと思うのだけど……」

「そいつは長い髪で、えらい美人なやつかい?」

「そうよ! そうそう!!」


 あたしはあまりの喜びに立ち上がり、人差し指を立てながら反応していた。


「あぁ、あいつらか。知ってはいるな、この街に来たからな」

「それでそれで!? どこに行ったか分かる!?」


 カルディアはゆっくりと机を降りお尻でもたれる様に立つと、あたし達に向かい嫌な笑顔を見せた。


「そいつを知ってどうする?

 私らは海賊だ。殺しちまったかも知れないし、今も街にいるかも知れない。

 どうしたか知りたいなら取引でもしようかい?」

「取引!?」


 まさか人を尋ねただけで取引を要求されるとは思ってもいず、声まで裏返って驚いた。


「それはそうだろ? あんたらは欲しい情報だが、私らには教えても得がないかも知れない。

 だったらお互いに得をする道を選ぶのがいいんじゃないのかい?」

「いや、まぁ、そりゃそうだけど。人の行方を尋ねただけよ? たったそれだけのことで取引ってどうなのよ」

「言っただろ? 海賊だって。

 私らは常に追われる身で命を狙われる身でもあるのさ。それを無償で人助けなんてすると思うかい?

 簡単に人を信じて裏切られてきた海賊どもが、おいそれと人を信じれると思わないことだね」

「だったら何でこんなところに招いたのさ」

「そいつは私が気に入った。ただそれだけのことさ、信じてるとは思わないこったね。

 何せレディと一緒にいるなら尚更ってもんよ」


 そういえば何か因縁めいたものがあったのだった。


「だったら、どうしたら教えてくれる?」

「そうさね。

 ここから海を少しばかり行ったところにお宝があるらしいんだがね。そいつを手に入れるにはちょいと手間でね。

 そこでアテナ、というよりレディの力を借りたいところなんだがね。勿論、アテナにも役には立ってもらいたいが。

 どうだい? 海賊の手伝いってことになるがさ」


 海賊の手伝いと聞きあまり良い気がしないが、お姉様の行方を知っているかもとなれば手伝うしかないように思える。どうにも手放しで喜べるという日は来ないのかと、若干呆れ気味にもなってしまうが。

 海賊の手伝いとのことが尾を引き、一先ず返事を保留にしてレディとの合流へ宿兼酒場となっている《ならず者亭》の扉を開けた。


「居た居た。

 レディ、一人で呑んでたの?」

「あん? あー、アテナとミーニャか……っと」


 小さなテーブルに向かって一人お酒を嗜むレディは座りながらもよろめき、それに対してすかさずミーニャは支え体勢を立て直してあげると、直ぐ様カウンターに水を要求した。


「さすがはミーニャ。手際が良いわ。っと、飲み過ぎじゃないの?」

「んあぁ? 飲まなきゃ平静は保てないさ。

 これは……水かい?」

「そうよ、水。

 これ飲んで少しでも酔いを覚まして欲しいの。まともに話も出来ないんだから」

「話……。そう、話。

 あたいとカルディアは同じ国の同じ部隊にいたのさ。でもね、あたいのせいで部隊は壊滅に陥ったのさ……。

 てっきりカルディアも生きてはいないと思ってたんだが……」


 水の入った瓶を見つめ淡々と語るレディだったが、あたしにとっては過去なんてどうでも良かった。


「そう、色々あるわよね。

 けどレディらしくない――こんなのはっ!」


 あたしは瓶を奪い取るとレディの頭から水をかけた。


「なっ!?」

「お嬢様!!」

「目が覚めた!? そんなウジウジしてるなんてレディらしくないじゃない!

 過去は受け入れるものであって、後悔したり否定するものじゃないのよ。生きてたなら喜びなさいよ!」


 空になった瓶をテーブルに叩きつけると、濡れた髪を掻き上げたレディが無言で立ち上がる。


「……アテナ」

「何よ」

「……やっぱりあんたを選んで正解だったようだよ。

 アテナの言う通り、あたしは過去を恥じて過去から逃げていた。今となってはどうにもならない過去にね」

「どうにもならなくないわよ!

 過去を受け入れて未来に繋ぐ。それで過去の行いは報われるはずよ。

 その為に"何をしたか"ってことだと思うわ」

「何をしたか――これから何をすべきか……か」


 あたし達の周りだけが静寂に包まれ、レディから滴り落ちる雫の音がやけに響いて聞こえる。


「お嬢様もレディさんもお座りになりましょ」


 一部始終を黙って聞いていたミーニャがそわそわしながら両手で椅子を勧めている。それに対してあたしは半笑いしながら顔を見た。


「……ミーニャ。あたしに指図するとはどういうことかしら?

 ははぁん?

 さては自分が弄ってもらえなくて寂しいって。なら遠慮なく弄ってあげるわよ」

「え? いえ、そんなつもりじゃ……」

「なら、どういうつもりなのよ。

 いいわ。それならとりあえず脱いで」


 あたしの一言に目が大きく見開き言葉を出せないでいるようだった。それをまじまじと見てあたしは思った、世にいうこれが絶句かと。


「レディの機嫌を取るのよ!

 裸になればイヤでも機嫌は治るでしょ」

「そ、そ、そ! それはお嬢様だけですぅ!!」

「え? そうなの?」

「ミーニャが正しい。

 それにあたいは裸を見たって嬉しくもないさ」


 あたしの驚きにレディも二つ頷き肯定しだすが、それであたしは思うところがありミーニャの肩に手を置いた。


「ミーニャ……。

 女性としての魅力が足りないって言われたわよ。でもね、あたしには魅力的に映ってるから安心して。人それぞれ好みの体型ってあるだろうから……」

「えっ?」

「アテナ、そういうことじゃない。

 あたいは女性の体を見たって嬉しくないって言ってるだけさ」


 ミーニャは驚きレディは半笑い。

 あたしの何が間違っていたのか分からないが、それでも場の雰囲気と機嫌は先程より良くなっていた。


「そう? よく分からないけど、まぁいいわ。

 座って話でもしましょ。

 カルディアから聞いてきた大事な話があるんだから。それを聞いてもらって、これからどうするか決めましょ」


 そう話すとレディも座り、ようやくまともに話せる状態が整った。

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