二話
「いささか乱暴が過ぎたのではないかな」
「まさか」
一方の孔麗鱗は気に留めるふうもなく、軽い足取りで戻ってきて椅子に腰を下ろした。
「小妹はああ見えて阿哨に弱い。当分はあの手この手で任務から遠ざけるだろうよ」
孔麗鱗はそう言うと抜き身の鳳炎剣を掲げ持ち、うっとりとその剣身を撫でた。
「それに聞いた話では、阿哨にはこれが使えるとか。そうだな?」
「もちろんだとも。君に寄越した鳥文に記したとおりだ」
どこからか別の下女がやって来て、風天巧の脇に椅子と小机を置き、茶の用意を整え始めた。風天巧は彼女に勧められるままに腰を下ろし、出された茶を一口すすった。
「五行神剣の火の剣と、それを操ることのできる使い手。どちらか片方に巡り合うだけでも難儀するというのに、なんとも素晴らしい強運だ」
風天巧は袂をまさぐって例の鳥籠を取り出した。孔麗鱗は萌黄色の小鳥を見るや鼻を鳴らし、右手をくるりと回して似たような見た目の小鳥を取り出した。
「それにしても、君たち姉妹は穆哨をいたく買っているのだな。単独で東鼎会に忍び込ませるとは」
「なに、あれの腕に賭けたまでよ」
風天巧の言葉に孔麗鱗は薄ら笑いを浮かべ、小鳥を風天巧めがけて投げつけた。
「あれは孤児でな。ある日突然小妹が拾ってきたのだが、今や若い連中の中で一番のやり手ときた」
孔麗鱗は話しながら肘掛けに寄りかかり、頬杖をついた。風天巧は受け止めた小鳥の羽を整えながら「そうなのか」と頷く。
「して、幇主は、これからどうされるのですかな? 神剣を失った東鼎会に攻め入るか、それとも引き続き他の神剣を探すか?」
風天巧の問いに、孔麗鱗がぴくりと眉を動かした。それは彼女自身がまだ思案を重ねている、幇の行く末に関わる次の一手に他ならない。
「あるいは、幇主がお持ちのもう一振りを使える者を探し、連れて来るか」
風天巧の目がスッと細められる。腹の内を探るようなこの問いに孔麗鱗はふむと息をつき、
「
と呟いた。
「あれは『土』の剣だが、功体の持ち主に心当たりでもあるのか?」
「ええ、まあ」
風天巧は口の端を軽く持ち上げた。
「ですが私の方から教えるわけにはいきませぬ。それをするなら、東鼎会の方にも何かしらの助け舟を出さなければつり合いが取れないのでね」
いけ好かない男だと孔麗鱗は内心で呟いた。この男が穆哨について来た理由、それは彼が戦いのもたらす混乱に興味があるというだけだ。五行神剣を巡る戦いが間近で見られるとあれば、この男は魏龍影でも孔麗鱗でも、二人を牽制している欧陽梁でも何ら憚らることなく味方するだろう。戦いが終わり、誰かが覇権を取ったあとのことにはまるで興味がないのだ。盤面が混乱していればしているほどいいと考える、風天巧はそういう男だ。
媚びへつらうでもなく、あからさまに喧嘩を売るでもなく、風天巧の態度は孔麗鱗が付き合う他の誰とも違う。むしろ自分の見たいものを自ら膳立てするように、次の手を誘導するような素振りさえ見せてくる。この男の提言だけは間に受けてはいけないと孔麗鱗は肌で感じ取っていた。この男の好きにさせないことが己の利益に繋がると、そう直感が告げていた。
「まあ、当面は魏龍影の手勢を追い払う必要があろうな。奴らとて、盗られたものをそのままにするような愚か者ではない」
孔麗鱗はそう言うと、横に控える下女を手招きした。鳳炎剣を手渡して何やら耳打ちすると、下女は頷き、軽く膝を折ってから退場した。
「それに阿哨のことも狙うだろう。あれが消えれば鳳炎剣が我が手にあったところで使い道がないからな。魏龍影としては悩みが一つ減る」
分かりきったことを整理するように孔麗鱗は呟いた。薄緑の着物の男から渡されたと言って守衛が小鳥を差し出したときから、つけ込まれるという予感はしていたのだ。
穆哨と鳳炎剣の行方が判明したのはありがたかったが、そこに風天巧というおまけがついてくるのは想定外だった。だからこそ、差し当たっては魏龍影と風天巧の両方を牽制する必要がある。己の覇業のためには一人をこの世から、もう一人を毒蛇女の視界から消し去らなければならない。
「だが風天巧よ、ここに来たからには私の言うことは絶対だ。命令には何があろうと従ってもらう。よいな」
孔麗鱗が手を振ると、隅に控えていた下女が風天巧のそばにやって来て一礼した。どうやらこのまま蠱洞居から追い出されることはないらしい。
「承知しました。幇主のご好意に感謝します」
風天巧は笑って答えると、立ち上がって拱手した。
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