第11話(2/2) 本当に濃厚な接触
■ □ ■
バーチャル空間で開かれている文化祭は昼すぎになっても活況を呈していた。
生徒たちは密閉された空間に密集して密接な関係を満喫していた。
写真部のブース周辺も例外ではない。
「だから、私は夜景の撮影には一眼レフがいいって言ったんだよ」
ブースの周りに集まる生徒たちを眺めながら七海は由香に声を掛けていた。
「一眼レフは重いから嫌いなんだよね」
反論する由香に七海は、はあとため息をつく。
「写真部の部長がそんなことでどうするの?」
「弘法筆を選ばずって言うでしょ?」
「筆は選ばなくても、カメラはちゃんと選んでよ。スマホのカメラの性能も確かに上がってるけどさあ、やっぱり夜景だとどうしても違いは出るんだよ」
「そうかな?」
「そうだよ。スマホの画面で見る分には変わらないけど、大きい画面で見ると、絶対に違うから」
「うーん、ちょっと荒れてると言えばそうなのかもしれないけど、まっ、それも味があっていいじゃない」
やっぱりこの部長の屁理屈にはどうあがいたって勝てないと、七海は肩を落とす。
写真甲子園に出るなんて言ってやっと写真撮影に興味を持ってくれたのかと喜んでいた。
部室に集まって紅茶を飲んで雑談をするだけの部がやっと変わっていくのかと期待もしていた。
けれど、由香の熱意はやはり物足りない。
うなだれる七海の周りで、一般参加の生徒たちは気に入った写真を選んで投票している。
「ねえ、由香」
「どうしたの?」
「なんで投票してもらうようにしたの?」
「そりゃ、写真甲子園に出す作品を決めるためでしょ」
由香はさも当然とばかりに言い放つ。
一方の七海はモニターの向こうでこめかみを押さえる。
「これは、由香が部長だからっていう理由で言うんじゃないんだけど、聞いてくれる?」
「何? そんな神妙な声を出して」
「コンクールに出す作品は自分で選ばないと意味がないんだよ」
「なんで?」
「なんでって、作品を自分で選ぶことも含めて作品をつくり上げるってことだからだよ」
七海は諭すように言うが、由香は納得いかない様子で反論する。
「そうかな?」
「そうだよ」
「でもね」と由香は言う。
「私、思ったんだ。コロナのせいでいろいろできなくなって、いろんなことが選べなくなったけど、誰かに何かを選んでもらうのも決して悪いことじゃないと思うんだよね」
「どういうこと?」
「えっとね、うまく言えないんだけど」
「うん」
七海は相づちだけ打って由香に続けるよう促す。
「選択肢が限られるって言うのが、良くないことだっていうのは分かるんだよ。けど、本当は私たちの生活の中で誰かに選択を委ねていたことって結構あったと思うんだよね。だから、何かを選べなくなったことに反発だけしていたら疲れるんだよ」
「……疲れる、ね。それはそうかもね」
「でしょ。だから、あえて誰かに何かを選んでもらうってことの心地よさみたいなのに少しずつ慣れていきたいんだ」
「だから、他の人に写真を選んでもらうんだね?」
「うん。七海は真剣に写真に向き合ってるから、ちょっと悪いかなとは思ったんだけど、ほら、他の部員の子たちも考えると、こうした方がいいのかなと思って」
「そう」
七海は由香の言葉を反芻する。
3月に学校が休校になってから、自分たちの生活は大きく変わった。
感染拡大防止の大義名分のもと、いろいろな行動が制約された。
何かをしたいと思っても、できないことばかりだ。
そんな息苦しさにうんざりしている。
けれど、由香の言う通りだとも思う。
今までだって、全ての選択をコントロール出来ていたわけではない。
親や先生に言われるがままに行動していたことだってあるはずだ。
もちろん反発したくなることもあるが、誰かに何かを選んでもらうのも、悪いことばかりではない。
忘れかけていたそんな気持ちを思い出すことが必要だと言う由香はたぶん間違っていない。
「分かった。由香の選択を私は信じるよ」
「ありがと」
「部員のことをちゃんと考えるなんて、さすが部長だね」
からかい交じりの七海の言葉に、由香は胸を張る。
「もちろん。……それにね、私にはもう1個分かってることがあるんだよ」
「へぇ、何なの?」
「それはね、投票の1位が何になるかってこと」
そう言うと、由香は投票の途中経過を集計した表を画面に表示させる。
1位の所に映し出されていたのは、七海が撮った観覧車の写真だった。
「ほらね。誰かに選んでもらっても、いい物はいいんだよ」
由香が自慢げに言うと、七海は感嘆の声を上げる。
「ここまで分かって投票にしたの?」
「もちろん。七海の一番の自信作だったんでしょ?」
「そうだけど……」
「なら、これでいいんだよ。私たちはこれでいいんだよ」
二度繰り返した由香に、七海は力強く応じる。
「うん、分かった。もうすぐ学校が始まるけど、またよろしくね」
「そうだね。……そうそう、休校中においしい紅茶をネットで見つけたから、持っていくね」
「えっ、今度こそちゃんと写真を撮る部活にしないの?」
「しないよー。私たちは今まで通り楽しくやるんだよ」
由香は無邪気にそう告げた。
七海は「仕方ないなぁ」と思うものの、口には出さない。
きっと、世の中が変わってしまった以上、部活一つとっても今まで通りというのは難しいと思う。
だけど、「何も変えない」と簡単に言ってのける、この部長を信じてみたい。
だから、七海は由香にそっと語り掛ける。
「私も努力するから、由香はいつまでも由香らしくしていてね」
■ □ ■
「終わった。やっと終わった。やりきったぞ、俺たち」
「あぁ、ほんとよくやったよ」
座卓の向かいに座る
2人は文化祭の技術的な問題に備えるため、ずっとパソコンと睨み合っていた。
日が傾き始めたころに、やっと文化祭が終わり、仮想空間を閉じたところだった。
大祐はコップに入った炭酸の抜けたぬるいジュースを一口含んで気を取り直すと、「お疲れ」と右手を掲げる。
岳はバチンと手を合わせて笑う。
「ハイタッチとか握手とかしたらいけないんだったっけ?」
「いいんじゃねえの。俺も岳もウイルスなんて持ってないだろ」
「そうだな。特にここ何日かはずっと家にこもってたしな」
「生徒会長の気まぐれに振り回されて大変だったな」
大祐は苦笑するが、岳はまんざらでもなさそうに応える。
「確かに吹奏楽部の件といい、どんどんオーダーが難しくなるのには困ったよ。けど、終わってみると、やって良かったな」
「岳にしては珍しく前向きだな?」
「ったく、からかうなよ。俺だって、高校生活の中でずっと何かをしたいと思ってたんだよ。けど、それが何なのか分からなくて、だらだら過ごしてただけだよ」
「ただのオタクだと思ってたんだけどな」
挑発的な視線を投げ掛ける大祐に岳はジト目を向ける。
「それは違うって何度も言ってるだろ。俺はオタクなんかじゃない。ただ、ちょっとゲームとかアニメが好きで、パソコンとかネットにちょっと詳しいだけだからっ」
「ちょっと、ねぇ」
「なんだよ?」
「いや、ちょっとパソコンのことを知ってるだけでこんなことができるのかなと、思ってさ」
そう言って、大祐は目の前のノートパソコンを操作する。
何度かマウスをクリックすると、文化祭が進行している途中に撮ったさまざまな場面のスクリーンショットがモニターに映る。
クラスで揃えたTシャツを着た生徒たち。
演劇部のロミオとジュリエット。
有志によるバンド演奏。
エトセトラエトセトラ……。
バーチャル空間だから、飲食はできないし、ペンキのにおいだって漂ってこない。
参加した生徒も急ごしらえで設定されたアバターだ。
だけど、そこで動いた感情が架空のものだなんて、誰にも否定できない。
友人と気の置けない会話を交わしながら、出し物を眺めるその時に感じた喜びや充実感は本物なんだと大祐は信じている。
そんなことを実現してみせた友人を誇らしく思う。
「やっぱり、岳はすごいよ」
「いきなりそんなこと言うなよ」
岳は照れ臭そうに右腕で口元を隠す。
そんな友人を大祐はほほえましく思う。
「ほんとだぞ。9月入学がダメになって、腐った時はどうなるかと心配したけど、大丈夫そうだな」
「まぁ、そうだな」
「どんな心境の変化があったんだよ?」
「簡単に言えば、俺はもう大人に期待するのをやめたんだ」
「と言うと?」
「別に9月入学の騒動に限ったことじゃないけど、今回のコロナのことで大人たちは俺たちに何もしてくれなかっただろ?」
「そうかもな。いろいろと我慢をしろって言ってはきたけど、じゃあその見返りっていうか、代わりになるメリットみたいのはなかったな」
「けど」と大祐は続ける。
「俺たち高校生は大人じゃないにしても、子どもでもないだろ? 岳が言うように大人にだけ責任をなすりつけるわけにはいかないんじゃないのか?」
「そうじゃない」と、岳はテーブルの上のコップに手を伸ばす。
のどを潤してから、再び口を開く。
「大人に責任を負ってもらおうっていうわけじゃなくて、ちゃんと自分たちでできることをやればいいんだって気付いたんだよ」
「……なるほど」
「文化祭を開くって聞いた時はびっくりしたけど、無事終えた今になって思うと、やってよかったよな」
黙って頷く大祐を見て、岳は言葉を継ぐ。
「結局さ、今の最善を尽くせれば、それでいいんじゃねえのかな」
「他にもいろんなことができる可能性があったとしてもか?」
疑問を呈する大祐に、岳は視線を天井に逸らすが、すぐに考えはまとまった。
「確かに、それを諦めるのは悔しい気はするな。でも、それは仕方がない」
「それで、いいのか?」
「何もできなかったとただ嘆くよりもよっぽどいいだろ? 切り替えるしかないんだよ」
「……そうかもな」
「そうだよ」と言ったのを最後に岳はテーブルに突っ伏す。
「おい」
大祐が声を掛けた時には、岳は既に寝息を立てて寝入っていた。
「しょうがない奴だな。けど、2日連続で徹夜すれば仕方ないか」
独り言ちる大祐も大きく伸びをしながら、あくびをする。
文化祭の準備から当日まであっという間に過ぎ去り、体も頭も疲れ果ててしまった。
けれど、それは心地よい疲労感。
大仕事をやり遂げたという充実感。
仲間とともに一つの目標に向かって全力を尽くせたという満足感。
休校が始まってからは感じることのなかった思いに満たされている。
「さて、あさってからは学校だし、俺も帰って寝るか」
よだれを垂らし始めた岳の横顔に苦笑しながら、大祐は帰り支度を始めた。
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