あたし(27)
あたしが一番好きな映画。でもお花屋さんに転職して覚えることが沢山あって、半年間観られていなかった映画。
……嘘。本当は、小さな女の子が出てくるから、娘が生まれたという課長を思い出してしまうんじゃないかと恐くて、大好きなのに観られなかった。
はじめの三十分くらいは女の子が出てこないから、コウタさんとソファに座って笑って観た。何回観ても、登場人物が真面目であればあるほど笑えるタイプの映画で、涙が出るほど笑ってしまう。
あ……女の子。出てきた。
瞬間、課長と過ごした二年間が、走馬灯のように脳裏にフラッシュバックした。仕事中の仏頂面。あたしにだけ見せる、眩しい笑顔。「妻とは別れる」と言って、あたしを抱き締めた夜のこと。
カタカタカタカタ……。何の音? 恐くて、寒くて、あたしの前歯が打ち合う音だ。あたしは思わず、うつむいてギュッと自分を抱き締めた。
コウタさんが、どうしたの? 大丈夫? と覗き込んでくる。
溢れる。涙が。言葉が。止められない。
――コウタさん。コウタさん、きいてくれますか。
彼はただ黙って頷いた。
――あたし、許されない恋をしたんです。奥さんとは別れるって言葉を信じて、二年間も。ただ好きなだけなのに、それだけで罪なんです。そんな悲しいことってない。あたし……あたし、消えてしまいたかった……。
ふいに、身体が窮屈になった。と思ったら、抱き締められていた。そして生まれて初めて、額に暖かい感触が弾けた。
ハッとして顔を上げたら、コウタさんがゴメン! とひと声残して、家を飛び出して行くのが見えた。
その日は、泣き疲れて眠ってしまうまで、飽くことなく泣いていた。
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