第17話 アメリカの逆襲

「会って頂きたい方々がいるのですが… 都合を聞かせて下さい」


ロンドンに着いて一週間後、いつもより低い声でレナから尋ねられました。


「方々…? 何人ですか…? いつですか…?」


「明日です… 急ですみませんが…」


「明日ですか… 確かに、急ですね…」

私は疑問だらけになりました。


「二人の人物と外で会って欲しいのです。詳しいことは… 今話すことは出来ませんが…」


「明日は… 子どもが学校に行ってからなら… 十時頃から一時間位なら大丈夫ですけど…」

私は戸惑いを感じましたが、順一を取り戻す動きではないかと思い直し、期待が湧いてきました。


「それでは、明日の10時… 迎えに来ます…」




 ソーホー地区に建つレストランの個室に、私とレナが入りました。個室には誰も居ませんでしたが、私達が部屋に入る事を待ち構えていたかのように、部屋に入って数秒後、ドアがノックされました。ノックに続いて、緊張気味のエミリーが入って来ました。


「エミリー!久しぶり… 三日前に会ったばかりだけど…」


「美香、調子は良いようねぇ… 挨拶の途中で… ごめんなさいね… ドア前で待っているお客様を呼んでもいい…」

エミリーの話し方に珍しく、少しのぎこちない感じと急いでいる感じを受けました。そう一瞬感じた私は、つられてしまいぎこちなく返してしまいました。


「ええ… もち… もちろん…」


「どうぞ… 入って…」

エミリーの呼び掛けに続いて、二人の男性が入室してきました。私は見覚えのある一人を確認したのと同時に、その男性が私に話し掛けてきました。


「久しぶり!美香」


「久しぶりです… フォードル… フォードルなの… どうして、ロンドンに…」


「理由はもう少し後から話すよ。先ずは、隣の紳士を紹介させてください」

フォードルはそう言って、レナに視線を向けました。


レナがその視線に頷き、フォードルと一緒にレストランを訪れた男性に視線を向けながら紹介を始めました。


「こちらは、CIAで中国を担当しているリチャード・ジョーンズです」

その男性が頷きながら私たちに握手を求めてきました。


「リチャード・ジョーンズです。美香さん、暫く私たちにお付き合いください」


私は面会者二人と握手を交わし、テーブルを挟んで向かい合いました。


「ロンドンの生活は慣れましたか… 子ども達は元気…」

フォードルが軽い口調で聞いてきました。初めて会う人物との相席で、少し硬くなった私をリラックスさせる為でしょう。


「子ども達は、学校で何人か友達が出来たみたい… さすが子どもの対応力が違うわ… それに比べて私は、まだまだ… 住んでいる周りは日本人ばかりだから問題無いけど… 買物とかは… まだ慣れなくて、手伝って貰わないと…」


「まぁ… もう少しすれば慣れるよ。美香は英語を上手に話せるから… 大丈夫」

フォードルが笑顔で励ましてくれました。


「では… 早速、話しを始めてもいいでしょうか…」

リチャードが話しの止んだところに入ってきました。


「お願いします…」

私は、訳の分かっていない心境をそのまま表情に出しました。


「何で私が居るのか… その点、不安ですよね… ご主人が中国に囚われていますし… ご主人のことを思うと… 同情致します」


「ええ… ありがとうございます…」


「それでは先に、気掛かりなご主人と飯島さんの状況をお伝えします」


「はぁっ はい」

私の呼吸が止まりました。


「大丈夫… 美香…」

エミリーが私の肩に手を優しく置いて、心配そうに顔を近づけてくれました。


「大丈夫… 大丈夫です。続けて下さい」


「かしこまりました。では… 菊地さんと飯島さんは、今も北京郊外の刑務所内で厳しい監視下に置かれています。既に裁判が二回開かれました… 茶番のような裁判ですが… あと三回から四回、茶番のような裁判が開かれると思われます。一ヶ月後には、判決が下ります… 有罪になり… 極刑になることは… 間違い有りません… 政権転覆を企てた重罪ですから…」


「リチャード… そこまで話さなくても…」

レナが私に視線をチラッと向けて、気を使ってくれました。


「レナ… 大丈夫… もう、そんなに弱くはないから… 免疫が付いてきたから」

言葉の通り私は、そこまで冷静でした。


「ジャンヌ・ダルク… さすがです…」

フォードルが真剣な表情を私に向けて呟きました。


「ありがとう… お陰様で…」


「次の話しからが、今日お会いする目的です。勿論… 極秘になります。ご理解していただけますね…」

リチャードが鋭い視線で、私の目を伺うかのように見つめてきました。


「当然です。理解しています」

私は大きく数回頷きました。


「実は… アメリカは中国に対し、逆襲します」

リチャードは表情を変えずに、当然のことのように話しました。


「逆襲… 逆襲をするのですか‼」

私は一気に冷静さを失いました。


「はい。アメリカが中国に逆襲出来る残り時間は僅かしか残されておりません。そして、日本国が中国に飲み込まれるのも時間の問題ですから…」


「戦争を仕掛ける… 戦争するんですか… 中国とアメリカは…」


「美香さん、大丈夫です… 戦争にはなりません。そうならない為に、出来るだけ早いタイミングで逆襲をするのです… 直ぐに実行に移す…」


「直ぐに… そんなに早いのですか…」


「はい。一週間以内に…」


「一週間以内に‼」


「アメリカ大統領 ソフィア・マーチンが決断しました。既に、作戦行動が始まっています。実は一年以上前から準備をしていました… この日の為… 第七艦隊の復讐の為… 遂に屈辱を晴らす時が来たのです。目前に迫ってきました…」

リチャードが目を閉じ、陶酔状態になってしまいました。


「リチャード…」

レナが声を掛けると、リチャードが目を開け我に返り話しを続けました。


「失礼しました。アメリカにとって9.11以来の悲劇… 屈辱でしたので… その逆襲する日が来たと思うと…」


「言葉では表せない程の悲劇でしたから… 理解できます…」

私は心からの同情を伝えました。


「ありがとう… 話しを戻します。アメリカがこれから行う攻撃は… 現在の中国軍ではどうにも防ぐことの出来ない攻撃です。アメリカを止めること、アメリカに反撃すること… どちらも出来ません… まだ、出来る能力が完成していないから…」


リチャードは言葉を止めて、私を見つめました。深く理解しようとして、無言でいる私を確認すると、話しを進めました。


「ですから… アメリカが出した和平提案を中国は直ぐに受け入れます。アメリカは、最初の攻撃を見せつけてから一時間後に、中国政府に対して和平交渉を裏ルートで持ち掛けるのです」


「攻撃をして… 和平交渉を裏でする… 相反する動き…」


「アメリカは、中国からの反撃を望んでいる訳ではありません。核の撃ち合いを望んでいる訳でもありませんから」


「そんなに都合よく行くんでしょうか…」


「行くと思います… 必ず。和平提案が両国で承認され、締結された後… それからが、あなた… 菊地美香の出番です」

リチャードは、視線を私からフォードルに移しました。


「私の出番… そこから…」


「そう… そこから美香の出番。私の台本だと…」

フォードルが数回頷きながら話し始めました。


「台本があるの… 私が出演する…」


「既に、あなたはフォードルの台本に出演しているのです」

フォードルに代わって、レナが静かな口調でフォードルを見ながら呟きました。


二人の視線の交わった雰囲気を見た私は、思わず囁きました。


「二人は繋がっていたの…」


「別に驚く事では無いですよ… 私はMI6、レナはCIA… ですが、イギリス大使館に私は居ましたから…」


「確かに… 繋がる環境は整っているけど… でも、イギリスとアメリカ… いくら同盟国と言っても違う国のスパイ同士が… 繋がるって、あるんですか…」

私は首を傾げました。


「確かにライバル… お互い『私はどこどこのスパイです…』なんて名乗り合う事は有るはずが有りませんが… 互いの国にメリットがもたらされれば、陰で繋がることはあり得ます。ですが… 今回は別の理由もありまして… 実は…」

そう言ってフォードルはレナに視線を向けました。


レナが小さく頷きました。それを確認したフォードルが続きを話し始めました。


「話が一旦それますが、許してください…」


「ええ… 私は大丈夫です」


「私とレナは結婚しています…」


「えええ…‼ えぇっ! 結婚している… のぉ?」

私の頭の中は、驚きのあまり一瞬それだけになってしまいました。


「届を出している訳ではないのですが… 事実婚… って言うんでしょうか…」

レナが恥ずかしそうにフォードルを見つめながら告白しました。


「それは… 大変おめでとうございます…」

私は少し戸惑い気味に祝福しました。


「私は、レナがCIAである事を知らずに付き合い始めました。勿論、レナも私がMI6だとは知りません… 私は、日本国から中国を追い出す台本を完結させ幕を降ろしたら… MI6を辞めるつもりです。それで、レナに打ち明けたのです… MI6である事を…」

フォードルがそう言ってレナに視線を向けました。視線を私に戻すと話しを続けました。


「信じて貰えない可能性はありましたが、レナがその事を信じる信じないは、私にはどうでもいいことでした。ただ、秘密を持ったまま一緒に居たくなかったので…」

フォードルが再びレナに視線を向けました。今度は、レナが話しを引き継いで話し始めました。


「フォードルの告白を聞いて、私は当然に驚きました。でも、それで私も決心出来ました。私も… スパイを辞める時がきたと… それで、私も告白しました。CIAである事を…」

レナがフォードルに顔を向け小さく頷くと、話しを続けました。


「その話しを信じるかどうかは… 分かりませんでしたが… 映画のような話ですから…」

レナが微笑みました。そして、更に続けました。


「その時、何故… 私がCIAに入ったのかも話しました…」


「CIAに入った理由ですか…」

私は芸能人のゴシップを聞くような興味に駆られました。


「私の母は日本人なのですが、父は中国人なのです。父は上海で新聞記者をしていましたが、反政府的取材活動をした容疑を掛けられ、逮捕され刑務所に送られました。その後、消息不明となり… 今は、生死不明なのです。母と私は、十年前逃げるように日本に来ました。日本に来て暫くすると、一人の日本人が私を尋ねて来ました。尋ねてきたのは、CIAのスカウトだったのです…」

レナは言い終えるとフォードルに視線を向けました。


「二人がスパイになった流れが… 全く同じなのです。そして、父親を奪った政権に復讐する… これも… 一緒なのです」

フォードルはそう言って、運命の不思議さを噛みしめるかのように目を閉じました。


「全てが一致した私は、フォードルが最後に手掛ける舞台を手伝う事にしました。美香の亡命、美香の声明発信…」

レナが小さく呟きました。


「そこで繋がるんですねぇ…」

私は納得しました。


「それだけではないんです…」

レナがリチャードに視線を向けました。


「アメリカの逆襲作戦とも繋いだんです… アメリカが中国に逆襲するのと、日本国から中国を追い出すことも繋いだのです。あなたを… 日本国内から中国の利権を追い出す旗印にして… ジャンヌ・ダルクにして…」

今度は、リチャードが話しを繋ぎました。


「中国に打撃を加えた後、中国はアメリカの出してきた和平提案に手を伸ばします… 必ずそうなります。それと同時進行で、日本で活動している中国政府の手先どもを一掃する… もっと言うと… 世界で暗躍する華僑から富と力を奪い取る… 中国の資金源を断つのです。世界から年間数千億ドルを吸い上げている資金源を潰すのです」

リチャードの目は、狙撃手の様な鋭い目に変わっていました。


「中国が必ず… 間違い無く和平提案に乗って来るのでしょうか…?」

私は、過大とも思える自信に疑いを抱いていました。


「先程も言ったように、今の中国軍が手出し出来ないやり方で打撃を加えるのです。今の中国軍では諦めるしかないやり方… 詳しいことは、ここで話せませんが… 宇宙空間がこれからの主戦場です… 宇宙空間を制した者が地球を制する… 間違いなくそうなります。幸いな事に中国は、宇宙空間を制する力をまだ持っていません」

リチャードが自信に満ちた表情で私を見つめました。


「宇宙空間… 上空の遥か上にある空間… 空気が無い宇宙…」

私は奇想天外な話しに、ついて行けなくなっていました。


「これから軍事上で大変重要になるのは、宇宙空間です… 宇宙軍なのです。現在のアメリカ宇宙軍は、辛うじて中国宇宙軍の上を行っていますが、中国宇宙軍の軍備増強をこのまま黙って放置していれば、間もなく追いつかれるでしょう… 追いつかれる前の今… 今のこのタイミングが中国を宇宙から追い出す絶好のチャンスなのです… これ以上は、止めましょう」

リチャードが話しを止め視線を逸らしましたが、再び視線を私に向けました。


「あと… もう一つ。アメリカは、中国に最初の打撃を加えて直ぐにロシアにも“逆襲連合”を呼び掛けます。ロシアからも軍事圧力を加えます。ロシアは、極東を中国に取られたままですから… 必ず乗って来ます。どさくさに紛れて領土を拡げるのが… 大得意ですから」

リチャードはそう言って薄笑いを浮かべました。


「はぁ… また… ロシアが出て来るんですねぇ…」

私の頭に嫌な記憶が呼び戻され、不愉快な感情が一気に広がりました。


「大丈夫です。日本に来ることは、当然ありませんから… 極東が戻って来れば、ロシアはひとまず満足するでしょうから…」

不愉快な感情がそのまま出ている私の表情を癒すかのように、リチャードが言葉を掛けてくれました。しかし、歯切れが悪かった表現に私の気持ちに不安が残りました。


「ひとまず満足… その後は… 分からない… そう言う事ですよねぇ…」


「今度は… アメリカ軍が責任を持って日本を守りますから… 安心して下さい」

リチャードは、笑顔で軽く頷きながら私を見つめました。


「はぁ… そうですか…」

私の口調には、明らかに信用していない感情が籠っていました。


「中国の次は… 再び、アメリカ… ですかぁ… はぁ… 日本はやっぱり…」

私は次の言葉を飲み込みました。場の雰囲気を壊してしまいそうだったので。





「夜にお邪魔して、ごめんなさい…」


「大丈夫。連絡が来た時には夕食が終わって後片付けをしてたから… 一緒に、コーヒーで夜を楽しみましょう」


フォードルとレナが揃って私のアパートにやって来ました。レストランで会った日から五日が経っていました。


「ユリちゃん、マリちゃん… ロンドン生活はどう… 調子いいかなぁ… 英語は話せるようになってきた…」

レナが子ども達に語り掛けました。


「まぁまぁ… かなぁ… でも、思ったより楽しい… 友達も沢山出来たし…」

ユリが複雑な気持ちを仕舞い込んで、明るく返してくれました。


「マリちゃんは…」


「…」


「まぁ… 急に違う国に来て二週間しか経っていないから…」

レナが話しを止めると、真剣な表情に変わりました。


「これから話す事は、これからの子ども達にも大きく影響するので… 理解出来る、理解出来ないは別にして、一緒に話しを聞いて貰いたいんですけど…」

レナは、私に真剣な眼差しを向けながら話し掛けて来ました。


「どんな話し… 話の内容が分からないから…」

私は少し戸惑いながら尋ねました。


「内容によりますよねぇ… 当然か…」

レナがフォードルに視線を向けました。


「中国に打撃を加える件です… 先日話しをした」

子ども達に聞こえるかどうかの小さい声で、フォードルが話しました。


「はああぁ… どうしよう…」

そう言って私は、二人を見つめました。


「いや… やっぱり… 二人とも部屋に戻って…」


二人は渋々部屋から出ました。私の視線は、二人が出たドアからフォードルとレナに移しました。


「確かに子どもの将来に関わる事ですが… 二人には私から話します。では… 

フォードル、レナ、どうぞ話して下さい…」


「分かりました…」

フォードルがレナと視線を合わせました。レナが軽く頷き話しを始めました。


「これから30分後の… 午後8時。北京時間午前4時。

逆襲の第一幕が上がります。1時間程前に、リチャードから連絡がありました」

レナは一旦話しを止めて、私の反応を確認しました。


「始まるんですねぇ… 亡命してから、こんなに早く始まるとは… 思わなかった」


「ええ… 美香さん達がイギリスに来てから、まだ一ヶ月も経っていないですからねぇ… でも… アメリカ政府にとって、第七艦隊が壊滅した日からここまでとても長かったと思います。屈辱に耐えて、ひたすら逆襲作戦に向けて地道に準備を整えていましたから…」

レナは呼吸を整えるかのように話しを止めました。


「これから、逆襲の流れをフォードルから話して貰います。 私の知っている情報と予測、そして、フォードルの情報を交えて話します」


「大丈夫なんですか… そんな大事なことを… 私に話して…」


「今、情報が漏れ出たとしても… 作戦実行にほとんど影響は有りません。もう… どうにも出来ませんから。中国はアメリカの逆襲… 鉄槌を、ただただ見つめるしかないのです」

レナが複雑な視線を私に向けて来ました。


「あと… 約25分後…」

フォードルが時計を見つめながら話し始めました。


「アメリカの逆襲方法は… 地球の大気圏外… 地球から400㎞離れた宇宙空間から重さ数㎏ほどの弾丸を発射します」


「弾丸…? そんな離れた所から発射して… 届くのですか…?」


「もちろん届きます。普通に打ち出しても地球の重力が働いて地上に辿り着きます… 途中で燃え尽きなければ… アメリカ宇宙軍は弾丸をただ発射するのではなく、新しく開発された武器で発射します… アメリカが長年研究開発してきた“レールガン”からです」


「レールガン…?」


「世界の主だった国の軍隊が開発を競っていた、電磁誘導による加速砲…」


「加速砲…?」

私の頭の中では全く処理出来ませんでした。


「大まかに言うと… リニアモーターカーの仕組みで弾丸を加速させ、発射する… そんな感じです」

レナが女性に解り易いように、日本語で助けてくれました。


「はぁ… 何となく… 理解出来ます」


「何となくで十分です。兵器の詳しい仕組みをお知らせしているのではないので…

では、続けます。真空中の宇宙空間から攻撃目標に発射された弾丸は、平均スピードマッハ40ほどで着弾します」


「マッハ40…」


「もっと早いかもしれませんが… 宇宙空間で音が伝わる速さは一秒間に36㎞ですから… 宇宙ではもっとスピードが速まる…」

フォードルは、私の顔を心配そうにのぞき込みました。


「大丈夫… 大丈夫です… 大まかには理解出来ていますから…」

私は何とか頭で情報の整理をしていました。


「空気中で音の伝わる速さ… 一秒間に約13㎞… その40倍… 400㎞離れた場所から発射しても約30秒で着弾します。加速砲三機で、それぞれ一分間に一発を発射を発射します。アメリカ宇宙軍は、約60発を中国軍の施設に撃ち込みます。30分かからないで、中国の空母を含む主要艦船、空軍基地、ミサイル基地などを壊滅させます…」


「壊滅させる… アメリカの逆襲… はぁ…」

私の気持ちが複雑に重くなりました。


「デモンストレーションとして最初の一発は、北京郊外の基地に撃ち込まれます。

李大統領に見せつける為に… 第七艦隊を壊滅させた見せしめとして…」


「凄すぎてよく理解出来ませんが… 中国は反撃しないのでしょうか… 核ミサイルとか… で…」

私は、当然湧いてくる疑問を聞きました。


「中国は暫く何が起きたのか理解できないでしょう… アメリカは宣戦布告はしませんから。第七艦隊を壊滅させた時と同じように… 正体不明で不意打ちを食らわす…

暫くするとロシアから参戦のメッセージが届く… ロシア陸軍の戦車が極東方面に動き出す… アメリカの仕業と理解した時には、作戦はほとんど終わっています」

フォードルが軽く息を吐き、話しを一旦止めました。


「ロシア軍の兵器にも中国軍が脅威と考えているものがあります。三年前に実戦配備された極超音速で飛ぶ“ツィルコン”というミサイルです。マッハ8以上の高速で飛行する為、迎撃が困難なミサイルなのです。 中国軍も同じ極超音速ミサイルを実践配備していますが、アメリカの逆襲で、命令系統の混乱や発射基地が破壊され役に立つことは無いでしょう」


「凄い攻撃を見せつけられて… 手足を奪われ、抵抗出来ない… 和平提案を了承するしかない… 戦力的に優位の状況にある今が… 攻撃するチャンスだ… それで作戦開始を急いだ…」

私は呟くように発しました。


「そうです。その通りです… 中国軍は… 反撃は無駄だと… 反撃したら更に被害と犠牲を大きくしてしまう… その事を直ぐに悟るでしょう…」

フォードルが安心したような表情で呟き、そして、付け加えました。


「実は… アメリカのレールガンは地上にも配備しています。地上に配備したレールガンは宇宙軍の攻撃と同時に、実験を兼ねて中国の衛星に向けて発射します。予定では… 中国が打ち上げた衛星のほとんどを破壊するつもりのようです」


「はぁ… 凄い… 恐ろし… いつの間に、そんな凄い兵器をアメリカは持っていたの…」


「宇宙へは、民間の宇宙開発会社と共同で少しづつ資材を運んでいたのです。数年前から宇宙に船出した会社ですが… その会社が計画した宇宙利用に紛れて、宇宙空間で地道にレールガンを組み立てていたようです。大規模な実用実験は出来なかったようですが…」

フォードルが不安な眼差しをレナ向けました。レナも少し不安げな表情で相槌をしました。


「SF映画の世界だわ… 宇宙軍が宇宙から敵国を攻撃する… 最強の兵器… 地球滅亡… そんなことにならない事を願うしかない…」

私の心は沈みました。


「残念ながら… まだ、最強の兵器ではありません。その上を行く兵器を強国は開発中です。殆ど完成に近づいていますが。現在のところレールガンと比較して、破壊力や確実性が得られていないので、実戦にはまだ使えないようですが…」


「どんな兵器なんですか… そんな恐ろしい兵器…」

恐怖と好奇心が入り交じった感じで質問してみました。


「SF映画で見たことがあると思いますが… レーザー光線です。兵士が持てるほどの小型光線銃は、数年前から中国陸軍が先に保有していましたが、弾道ミサイルを撃墜したり、基地全体を攻撃出来るような威力を持ったレーザー兵器は、どこの国も実戦に投入できる段階にはまだ至っていません。しかし、アメリカ軍がようやくミサイル防衛で実戦配備出来そうなところまでこぎ着けたようです」


「さすがだわぁ…」


「あと数年で、レーザー光線を発射出来る装置を装備した衛星を打ち上げ、宇宙空間から敵基地攻撃を行ったり、弾道ミサイルを迎撃したり出来る体制にするようですよ… 今度は、光速で攻撃をする…」

フォードルの声が暗くなりました。そして、そのまま続けました。


「いよいよ… 本物のスターウォーズを… アメリカ宇宙軍が始められる体制になるようです…」

フォードルがため息交じりに吐き捨てました。


「どこまで… エスカレートするんでしょうか…」

私も終わりのない兵器開発に、地球に住む小市民として絶望感を抱きました。


「相手に攻撃をさせない為の抑止力は、今の世界情勢では必要不可欠ですからねぇ… 相手の上を必ず行こうとする… 馬鹿げた競争です…」

レナも重い口調で呟きました。


「あと… 10分…」

フォードルが時計を見ながら呟きました。そして、視線を私に向け直し、話し始めました。


「それでは… 美香さんにとって… 順一さんにとって重要な話しを付け加えます…」


「他に重要な話しがあるのですか… 何でしょうか…」


「小泉のことです」


「小泉… 小泉が… 何ですか…?」


「アメリカ政府は、小泉を拘束しアメリカに連行している最中のはずです… 現在進行中…」


「小泉を拘束した… 連行している…? 現在、最中…?」


「ええ… 予定通りであれば… 二時間前、アメリカの特殊部隊が小泉宅を強襲し、千葉県の勝浦港からボートで沖に出たと思います… 今頃は… 日本の領海を出て、公海上を航行している客船に向かっている頃だと…」


「小泉をアメリカに連行するのですか… 今… 連行している最中…!」


「そうです。アメリカ第七艦隊を壊滅させた主犯… 小泉をアメリカの裁判にかける為に… 罪を償わせる為に…」

レナが目を閉じながら、怒りの籠った声で呟きました。そして、目を見開き私に視線を向けて続けました。


「小泉を拉致し、連行する一連の作戦行動を組み立てをする為の情報を上げたのは私です。私がCIAに小泉の行動パターンや自宅見取り図などの情報を上げました」


「レナが… レナが関わっているの…」


「私も一応… スパイですから。これで終わりにしますけど…」


「小泉は… 小泉は、これからどうなるのでしょう… 裁判をして… 判決が出るの…」


「間違いなく死刑でしょう… 連邦の量刑にはまだ死刑が残っていますから…

犠牲となった兵士の数、アメリカ合衆国に与えたインパクト… ほとんど異を唱える者はいないでしょうから…」


「自業自得… そうとしか言えない… 私の気持ちとしては、正直言って… 日本の未来にも… 邪魔です! でも… 攻撃前に… 身柄を拘束して連行するなんて… 早いんじゃないですか… 人権的にも… 国会議員だし… 問題が…」

私は語気を強くしました。同情する気持ちは微塵も無かったのですが、日本とアメリカ両国の関係に今後影響すると思えました。


「確かに… と言うより国際的に問題です。しかし、日本とアメリカは断交中ですから、正当な手続きで小泉をアメリカに連行することは、今のところ全く不可能です。更に、中国に攻撃した後、どさくさに紛れて連行するのも難しい… 小泉は、中国が攻撃された情報が入ったと同時に地下要塞に向かうでしょうから。地下要塞に入られると、アメリカは小泉に手出しすることがほとんど出来なくなります。そうなる前に拘束して日本国の領海、領空を出る必要があったのです」

レナが私に、理解を持てめているかのように見つめました。


「でも… 中国が日本から出ていった後、国内が平常に戻ったら… 小さい問題かもしれませんが… 日本人が捕まり死刑になる… 日本人の感情が反アメリカに向くかもしれない…」


「死刑判決が出るとは言いましたが、執行するとは言っていません… 秘策が… アメリカには考えがあります。日本国との関係を再構築する秘策が…」


「秘策…?」


「話しを… 止めましょう…」

フォードルが時計を見つめながら話しに入ってきました。


「あと五分… テレビにYou Tubeを…」

フォードルがそう言うのと同時に、レナがリモコン操作を始めました。


「アメリカはネット中継をします。中国に対する攻撃を… 中国上空… かなり高度の上空から送られてくる無人偵察機の映像などを生配信するようです… 世界に見せつけるのです… アメリカが復活したことを… 中国が世界の盟主から陥落する瞬間を… 勿論、匿名で… 投稿しますが…」

レナが真剣な表情で、冗談のような話しをしました。



「沢山の灯りが見える… かなりの高度みたい… 一万近くの高度…」

レナが映像を見ながらフォードルに話し掛けました。フォードルは無言で軽く頷き、画面を凝視していました。


「テン、ナイン、エイト…」

フォードルは、画面に腕時計を向けて静かにカウントダウンを始めました。


私は、生唾を飲み込みました。


「流れ星… 綺麗…」

私は、画面中に一瞬走る光の線に呟きました。


「地上に炎が立った… 別のチャンネル…」


「こっちはの画は… さっきより低空からの画だな…」

フォードルはチャンネルを次々に変え、それぞれの画面を見つめました。攻撃開始から五分程が経つと、衝撃的な映像が次々映し出されました。


「船が… 燃えている… これは… 空母だな… 中国の空母だ… 命中している…」


私は、数分で切り替わる画面を無言で見続けました。どの画面にも勢いよく立ち昇る炎が移し出されました。


「こんな事って… 真実なの… もしかして、映画じゃない… 信じられない…  恐ろしい… 破壊されていく状況を… ライブで… 自宅のリビングで見つめるなんて… 信じられない…」

私は、呆然となった頭から言葉を並べました。


「確かに… スポーツ中継を見ている感じだ… あの炎の中には… 人間がいるはず… 大きく引いた画だと、それが分からなくなる… 現場には… おびただしい人間の…」

フォードルは言葉止めて私を見つめた。


「見るのを止めますか…」


「はい… もう、十分です…」


テレビ画面が暗くなり、言葉も無くなった室内は暫く無音になりました。


「美香さん… 先程話した、アメリカの秘策を話しますが… 良いですか…」

レナが、フォードルと私を交互に見つめながら話しかけてきました。


「ええ… 私は問題はありませんが… いいんですか…? 秘策を… 私なんかに話して…」


「あなたに、真っ先に話さなくてはならないのです… 美香さんが… 秘策の主人公だから…」


「私が主人公…‼ 何ですか… それは… 私に何をしろと… 何も出来ないです… 私は主人公なんかになれません… 何だか分かりませんが…」

私は、思いもかけない展開に少し興奮してしまいました。


「ズバリ話しをしますと… 美香さんを総理大臣にしたいと… アメリカ政府は考えています… 正確には、私が提案しました… 菊地美香さんを総理大臣にして、アメリカと日本の関係を改善させようと…」


私は、当然に怪訝な表情になりました。その表情を見たレナが、私の機嫌を直す話しを持ち出しました。


「その前に勿論… ご主人の菊地順一前総理大臣と飯島直行前防衛大臣を中国から救い出します。和平提案をアメリカが最終的に締結する前に必ず… 日本に帰還させます。約束します」


「主人が戻る… 順一と飯島さんは無事に帰れるんですねぇ… 直ぐに…」


「当然です… 何も犯罪を犯していないのですから… アメリカは間もなく裏ルートから中国に和平交渉を持ち掛けます。その時に、三日以内に元気な姿で帰還させることを約束させますから。ご安心下さい」


「ありがとうございます… それで少し安心しました」

私は安心から涙が滲んできました。暫く安心感に浸っていると、先の話しを思い出しました。


「安心して忘れるところでした… 私を総理大臣にする… そんな事をおしゃいました…」


「そうです、美香さんを内閣総理大臣にする… と…」


「私を利用しようと… そう… 考えた訳ですか… いくら今安心してハッピーになったからと言って、私はそれほど単純では無いです… 残念ですが…」


「いえ… 確かにそう言う感じにも取られますが… 現在、アメリカ大統領は建国以来初めての女性大統領です。やはり… 危機に直面した時は、どこの国も女性の方が男性よりも強い… これは、人類を守っていく為に遺伝子がそうなっているのかもしれません」


「私もそうだと思います… 女は強し、母はたくましい…」

私もその点で同調しました。


「男性総理では、中国が日本国内から居なくなっても、前例踏襲ばかりで、これまでの日本の政治とさほど変わらないと思います。そこで、普通の主婦が総理大臣になれば前例に囚われない政治をするのではないか… アメリカとの関係を築けるのではないか… そう、提案しました。そして、女性大統領も賛同しました。『女性同士で上手くやれるでしょ…』と、言っていたそうです」

レナが真剣な眼差しで私を見つめていました。


「そう… そう言われると… 確かにド素人は怖いもの知らずですが… いくら何でも素人過ぎませんか…」


「そうですか… ご主人は総理大臣経験者… スパイと話をして、世界の裏側を知る… イギリスに亡命する… そして、アメリカの逆襲を事前に、それも詳しく知る… 素人ではないですよねぇ… 普通、こんな経験や体験を素人はしていません… と言うより、普通の政治家も無いですよ… こんな経験や体験」


「もしかして… 今日… 二人が来た理由は… これが本題だったんですか…」


「やはり… 勘が良いですねぇ… 日本の次期総理大臣に、今回のアメリカによる中国攻撃の全容を知って貰い、アメリカを支持して貰う… これが私達がお邪魔した最大の理由です」

レナがそう言ってフォードルに視線を向けました。


「私は、空港で話しをした時から… 美香さんは政治家に向いていると思いました。間違いなく、強く賢い女性総理に成れます… いろんな政治家を見てきた私が保証します…」

フォードルは親指を立てた。


「煽てられても… 選挙で選ばれる訳ですから…」


「大丈夫です。選挙に当たっては、アメリカが全面的にバックアップしますから… 当然、極秘でことにあたりますが」


「中国の支援を受けていた大泉みたい…」

私の心に少し嫌な感情が湧きました。


「まぁ… その話は今後ゆっくり詰めましょう… 今日、伺った最大の目的が達成されましたから」

レナの顔に微笑みが浮かびました。私がその気になってきたと感じたのでしょう。


確かに、私の気持ちは動き始めていました。


「ネットに速報が出ました…」

フォードルがタブレットを私に差し出しながら、テレビ画面を付けました。


「中国国内が… 何者かの攻撃を受けている模様… 中国各地で爆発音と炎が立ち昇っている模様… 中国海軍の艦船も被害が発生しているとの報告も…」

私は字幕を読みながら、荒くなっていく呼吸を押さえるのがやっとでした。


「身体が震えている… さっき見た映像は本物だったの… 信じられない… 映画のような映像だったのに… 急に現実感が… 恐ろしい実感がしてきました…」

私の身体は、小刻みに震え始めました。


「作戦が成功したようです… 夜には… アメリカに中国から和平交渉受け入れの申し込みがあると思いますよ…」

フォードルは、当然そうなると言った感じで頷きながら呟きました。


「でも… 中国は世界に何て発信するのでしょうか…」


「恐らく… クーデターが起きたとか… しかし、鎮圧に成功した… 数日後、李大統領が責任を取って、大統領職を退き新し体制をスタートさせると発表する… その新しい政権は、アメリカと対等で新しい関係を築くと声明を出す… こんな感じの流れかなぁ…」

レナがさらりと話しました。


「李大統領が退く…」


「当然です。アメリカが和平提案を受け入れる最重要条件の一つですから… 本当は、大泉と同じくアメリカで裁判を受けさせたいのですから… そうしないだけでも、李はアメリカに感謝しないと…」

レナが一瞬話しを止めて、首を横に向けました。


「大泉の判決後を話さなければ… 忘れていました」


「大泉の判決後… 聞きたくないような…」


「次期総理には重要な話ですから…」

レナが微笑みながら私に話してきました。


「次期総理って…」

私は、その時点で否定をしなくなりました。


「死刑判決後、当然アメリカ国内に拘留されます。新しい総理と良好な関係を築く証の一つとして、アメリカ大統領は大泉に恩赦を与え、大泉の身柄を日本に渡す… その後は… 次期総理にお任せします」


「なるほど… 新しい日米関係… 新しい属国の始まりかぁ… あっ失礼しました。悪気は無いですから…」

私はつい口を滑らしてしまいました。


「悪気が無い… 本音ですねぇ…」

フォードルが薄笑いを浮かべました。


「そう… 本音です。間違いなく。私の本音。でも、私はもっと強い日本にしたいなぁ…」


その言葉を聞いた二人は顔を見合わせましたが、何も言葉を発しないで軽く頷くだけでした。



「明日、解放されます… 二人共、明日中に日本に帰国出来るようです」


アメリカが逆襲した次の日、レナから電話で吉報を貰いました。


「明日… 思ったより早く日本に帰れるんですねぇ… 私たちより早く日本に戻れる… 良かった…」

安心した私の言葉から力が抜けていきました。


「アメリカ政府は、中国政府に対して早く行動を起こすように、かなり強い圧力をかけたようです… 和平合意より先に開放が実現するようです」


「私たちも早く日本に戻りたい… 順一は家族の居ない日本に戻るんだから… 早く合流してあげないと…」

私は、順一の寂しさを思いました。


「そうですよねぇ… 既にイギリス政府から日本政府に対して、美香さんたち家族を出来る限り早く日本に迎えるように伝えています… もう少し待ってくださいねぇ…」


「はい… ありがとうございます。よろしくお願いします…」


「今、日本政府は、中国の件と… 大泉の件で大変なようなので… 時間がかかるようでしたら、イギリス政府の方で美香さんたちを日本に送り届けるかもしれません」




「あっ… 出てきた‼ 菊地さん… 飯島さん… 二人とも笑顔だわぁ… 元気そう…」

 中国に迎えに行った日本政府専用機が羽田空港に到着しました。到着の様子は世界に配信されるようだったので、私の家にはエミリーとレナ、フォードルが来てくれました。


「あっ… 出てきた‼ 二人とも笑顔で元気そう… 良かった… 本当に」

レナが画面を実況してくれました。


「本当に…」

私とエミリーは、喜びで言葉が出なくなっていました。


「帰国会見も衛星放送で見られるようようです…」


「ありがとう… レナ。それまで私は平静に戻れると思う…」




「ええ… 分かりました… 直ぐに伝えます。ありがとう、リチャード」

二人の会見を見ている最中にレナに連絡が入りました。電話を切るとレナが私とエミリーに、優しい視線を交互に向けて来ました。


「中国から二人を連れて帰って来た日本政府専用機が、今度はヒースロー空港に向かうそうです… 二つの家族を日本に戻す為に…」


「良かった… 直ぐに帰る準備をしないと…」

エミリーが満面の笑みで私に伝えてきました。


「ホント… 早く準備しないと… それにしても、専用機で迎えに来てくれるなんて… 良いのかしら… 税金が使われるのよねぇ…」


「そうでしょうねぇ… まさか『経費を払って下さい』とは言ってこないでしょう…

二つの家族は被害者なのです。日本政府と中国政府の間に挟まれた… 政治の被害者。遠慮することはないです。堂々と帰って下さい。それに…」

フォードルが話しを止めて、全員を見渡しました。


「何… 何よ… この沈黙は」

レナが少し怒り加減でフォードルに突っ込みました。


「今… 美香さんは… 日本でとんでもないことになっているようです…」

フォードルが薄笑いを浮かべました。


「何か… 不気味。フォードルが何か企んでいるみたい…」

レナが更に突っ込みました。


「何ですか… とんでもないことって… 少し嫌な感じだけど…」

私は帰れる安堵感で、フォードルに突っ込む気力が無くなっていました。


「まぁ… 帰ったら分かりますよ… 日本に帰ってからのお楽しみにしていて下さい」

フォードルは軽く頷き、親指を立てました。




「美香ちゃん、みんな手を振ってる… 凄いねぇ! 何で?」

ユリが不思議そうに私に聞いてきました。


窓から見える範囲でも、数えきれない人の姿が展望デッキに溢れていました。更に驚いたのが、その人たちがこちらに向かって手を振っていることでした。


「どうしてかなぁ… 分からない…」

私は困惑しました。


 日本政府専用機は役目を無事終え、静かに停まりました。


「美香さん… タラップの下にも沢山の人がいるわよ… 恐らく… あの中に、飯島と順一さんがいると思う…」


私は席を離れ、エミリーの近くの窓から下を覗きました。


「どこを見ても凄い数の人… 人…」

私が驚きを呟くと、女性自衛官が私の横で囁きました。


「皆さんの人気は凄いですよ… アイドルスター顔負けです」


「人気…‼ スター… 顔負け…⁉」

二つの家族全員が同時に唖然としました。


「実は… 亡命会見以来… 美香さんは超有名人になったようで… 今回の帰国報道で、完全にアイドルスターになったようなんです…」

レナがやっと話し始めました。


「フォードルが『日本に帰ってから驚かせろ』って… それで黙っていました。こうなる事は十分予想していましたから… 人気アイドル… 菊地美香を驚かせる為に」

レナが申し訳なさそうに話してくれました。



「アイドル‼ 私が‼」

私は思わず叫びました。


「ビックリ‼ 笑える…」

マリが大きな声で笑いました。


「確かに… ビックリよねぇ。これで当選間違いなし… かなぁ」

エミリーも半分茶化して笑いました。


「他人事のようだけど… エミリーも凄い人気らしいわよぉ… 今日から日本の街を一人で歩くことは不可能みたい… サイン攻めと… カメラ攻撃… かなり大変だと思う… 大臣の時より護衛を多くした方がいいみたい…」

そう言って、か弱い女性に戻ったレナが笑いました。




「美香… マリ… ユリ…」


「エミリー… ジュリア…」


タラップを降りながら、私たちとエミリーは声の方に視線を向け、声を発した人物を探しました。そして、何とか報道記者やスーツの集団数十人の中から待ち望んだ二人を見つけました。


「お帰り‼」


「お疲れ様‼ お帰り‼ 皆さん‼」


順一と飯島さんの元気な声が、私の耳に心地よく入って来ました。


「ただいま‼ じゅん‼」

マリとユリが元気よく返しました。


「ただいま… 二人とも大変でしたねぇ…」

エミリーはホッとした感情と疲れからか、小さな可愛らしい声で返しました。


「二人とも身体は大丈夫… 中国はちゃんと扱ってくれたの…」

私は気がかりだったことを直ぐに尋ねました。


「何とかねぇ… 至れり尽くせりとはいかないけど…」

順一はそう言葉を濁らせ、飯島さんに視線を向けました。


「命があるだけ良かったです。思ったより早く帰れたんで… あの人のようにならなくて…」

飯島さんが口ごもりました。


「あの人…? 誰か他にいたんですか…」

私は躊躇しましたが、尋ねました。


ハン元大統領… 韓国だった時の元大統領… ラ大統領の前任者だった…」

飯島さんが暗いトーンで答えてくれました。


「まだ… 生きていたんですか… 北に捕まって、抹殺されたのかと…」


「北に身柄が移されてから消息不明… 生死不明になりましたからね… そして、世界から… 歴史から忘れ去られました… 中国が大韓民国を併合した時に、連れて来たんでしょうねぇ… 何の為なのか…」


「苦労話は、後からのお楽しみにしよう… 大勢の政府関係者と報道陣が、ジャンヌ・ダルク達が表れるのを首を長く、耳を大きくしながら待っているから… 俺たちは二日前にしたけど… 人気の違いを感じるよ…」

順一が微笑みながら話しを終えた瞬間、家族の再会に遠慮して少し遠巻きにして写真を撮り続けていた記者と政府関係者が一気に私たちに近づいてきました。




「人気… か… 機内で聞いたけど… しなきゃいけないのよねぇ…」

私はため息交じりに呟き、エミリーに視線を向けました。会見場に向かう途中で、順一が私とエミリーの人気の凄さに驚いた話しをしました。


「一度は通らないといけない道ですから… 頑張りましょう… オーストラリアの会見からすれば… 嬉しい会見ですよ… 美香さん…」


「他人事じゃないわよ、エミリー… あなたも一緒にするのよ… 子ども達は旦那様たちに頼んで」

私は、エミリーの腕を掴んで引っ張る真似をしました。


「分かりました… お付き合いします」




「何よ…‼ この人数は… 何百人いるの…」

私は言葉を失いました。


「ホント… 驚きだわ… この人たちはジャンヌ・ダルクの登場を待っている人たちなの…」

エミリーも呆れるように呟きました。


「改めて… 君たちは、日本で一番… いや世界的な超有名人になったんだ… 僕たちの会見の時の倍… いや、倍以上いる… 二人はスーパースターになったんだ。日本にいない間に… 君たちは」

順一が報道陣を見つめながら呟きました。そして、冗談交じりに続けました。


「今、選挙をしたら二人ともダントツで当選するぞ。そして、総理大臣にもなれるぞ‼」

軽い笑いを浮かべながら呟きました。私もお付き合いのように薄笑いを浮かべながら順一に視線を向けました。


「その事で… 会見が終わったら話しがあるの…」

私は言い終わると、順一の返事を待つことなく、報道陣の方に視線を向け直しました。

 









 










   

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