第16話 妻たちの決意
「悪い方向… 筋書き通り…」
私は小さく囁き返しました。
「声明内容にもあった… 二人の身柄を中国に移す… その筋書き…」
スチュアート大使が、目を斜めに伏せながら途中で話しを止めました。
「声明の内容… 正直言って… 内容はあまり覚えていないんですけど… 詳しく教えて下さい。大丈夫です… ジャンヌ・ダルクですから…」
私はそう言いながらエミリーに視線を向けました。
「私も覚悟は出来ています… 二人の身柄を中国に移すことは考えられましたから…」
エミリーの声は小さいながらも、力強さが籠っていました。
二人の気持ちに覚悟が出来ている事を確認したスチュアート大使でしたが、軽く数度頷きな続きを話し始めました。
「ありがとう… ジャンヌ・ダルク、エミリー。それでは、話しをします。菊地さんと飯島さんが… 明日… 中国に身柄を移されます。李大統領失脚を企んだ罪で… その結末は… どうなるのか、分かりますか…?」
「身柄を移す… 結末…?」
私は意識が混乱し、身体から力が抜け出てしまい少しふらついてしまいました。
「取り敢えず、座りましょう…」
エミリーは、私の両肩を掴んでソファーに導いてくれました。私とエミリーは別々のソファーに座り、心を落ち着かせようとしました。
「少し落ち着きましたか… 美香さん… エミリー」
スチュアート大使の問いかけに、私とエミリーは同時に頷きました。
「身柄を中国に移す… その結末…」
スチュアート大使は、私とエミリーに厳しい視線を交互に向けてきました。
「時間が… 時間が速まった… 早くしないと… 美香さんにもきちんと現実を伝えましょう…」
エミリーの声が、今まで聞いたことが無いほど落ち込んでいました。
「時間が速まった…? 現実を伝える…?」
私もつられて、低い声でオウム返しをしてしまいました。
「では… 美香さんに現実をお伝えます… かなり… 話しずらいのですが…」
斜め下を向いていたスチュアート大使の視線が、私とエミリーの交互に向けられましたが、口ごもってしまいました。すると、エミリーが深呼吸をして私を見つめました。
「処刑される可能性がある… それも… かなり早い時期に…」
エミリーの声に、涙が滲み始めました。
「そう… です。さすが、元MI6…」
「処刑って! 何で! どうして! 何をしたの順一が… 正直に生きてきたのに…」
心と身体中に、悲しみと怒りが未だかつていない規模で沸き起こりました。
「早い時期と言っても、そんなに早くではありません。一週間後… そうことではありません… 一般人と違って… 総理大臣経験者と防衛大臣経験者ですから… 早くても半年後…」
スチュアート大使が再び口ごもってしまいました。慰めになっていない事に気づいたのでしょう。
「半年って… 凄く早い…」
私は、完全に言葉を失いました。
「人権の無い中国のやることです… 間違いなく一審で、結審するでしょう… ほとんど間違いなく… 早くロンドンに行きましょう」
エミリーの瞳から一瞬で涙が消え、その代わりに怒りが瞳に表れていました。
ヒースロー空港の灯りを、私は激しい頭痛と吐き気を堪えながら見つめていました。激しい怒りと恐怖がオーストラリアから続いていたので、身体中が長時間に及ぶ極度のストレスに耐えられなくなっていたのです。
「必ず、あなたを取り戻すから… じゅん… それまで頑張って… 必ず…」
私が窓に顔を向けて呟くと、隣に座っていたエミリーが、肘掛けに置いた私の手に自分の手を上から重ね、私の手を包み込むように握り、決意を込めた視線を無言で向け頷きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます