第13話 スパイとの出会い

「エミリーがスパイだったなんて… 驚き‼ “美しすぎるスパイ… エミリー・ワトソン”映画になりそう…」


「スパイだなんて… 全然、かけ離れた部署にいたから… “ただ諜報機関に在籍した” …ただ、それだけです。私が、国家の極秘任務をするようなことなんて… あり得ない… と言うか… そんな器用で、映画のようなことは出来ないわぁ… 映画だったら、直ぐに捕まって… 消されてしまう… そんな役かなぁ…」

エミリーはそう言って首を傾け微笑みました。


「大丈夫、美人は最後まで生き残るようになっているから」


「だと良いんですけど…」


私たちは声を上げて笑いました。


 順一が飯島さんの家に行った翌日、子どもを連れて散歩に出たエミリーと近くの公園で待ち合わせをしました。


「本当に映画のような話で驚いたでしょう“独立国家日本復活劇の裏方”に、二人の外国人スパイがいたなんて…」


「想像すら出来ない… 小説になりそう」


「総理の手紙で分かったでしょうけど、一人はロシア人で、私がいたイギリス諜報機関MI6のスパイだった。コードネームはフォードル、本名ダヴィード。

もう一人はロシアとイスラエルのハーフ。活動していたのは、イスラエル諜報機関モサド。二重スパイだった… 裏切り者としてモサドから今も追われています。 コードネームはファルコン、本名アシモフ… 二人とも昨日… 家に来てくれました。総理も。SP一人を付けただけで来てくれました」


「順一は『二人に相談する』と言って、公邸を出て行きました… 何を相談したのでしょか…」


「そうです… これからの日本について… すみません… 何を話したかは… 今ここでお話しする訳には… ちょっとすみません。でも、間違いなく二人はこれからも日本の為に活躍してくれると思います…」


「いえ、気にしないで下さい。いくら総理夫人といっても、一般の人たちと何の変わりはないですから」


「そこまで慎重になる理由は… 総理からも聞いているかもしれませんが…」

エミリーは顔を曇らせて、ぐずり始めた赤ちゃんをあやしながら囁きました。



「何をですか…」


「総理と飯島が… 大泉にマークされ始めた… 監視され始めている… そのことを…」


「はい、そのようですね… 大まかには聞いています…」


 その時既に大泉の指示で、順一や飯島さんには監視が付けられていたのです。

順一も薄々それを感じ取り、内輪での大事な話しは手書きの文章にして伝えていたのでした。そして、読み終えると直ぐに隠滅し証拠を残さないようにしていたようです。



「最後に、この手紙を… 公邸に戻られてから読んで下さい。読み終えてたら… 上手に処分して下さい」

エミリーはそう言って封筒を私に差し出しました。




 その二日後、私は成田空港にいました。信頼出来る女性SP一人だけを離れたところで待たせて一人の男性と会う為に。


「初めまして… 菊地の妻、美香です」


「初めまして… フォードルです。ここまでお呼び立てして済みません…」



 エミリーからの手渡された封筒の中には、便箋が一枚折りたたまれてありました。便箋には英語で二行だけ記してありました。


「明日… 成田で会う… スパイと…」

エミリーからの手紙を読み終えて、私はうわ言の様に呟きました。


私と子どもの人生が、これまでとは全く異なる別方向に向きを変え始めた瞬間でした。



「用件も言わず『ただ、空港に来て欲しい…』そんな要望に応えていただきありがとうございます」

黒いサングラスを外しながら、黒いマスクをした外国人が握手を求めてきました。


サングラスを外すと、青みがかった瞳が私を見つめました。その瞳を覗いた私には、スパイのようなし烈な世界に生きている人とは思えない穏やかな雰囲気が漂っているように見えました。


「確かに… エミリーの手紙を読んだ時は驚きました。でも… 夫からは話しを聞いていたので、直ぐに“スパイに会ってみたい…”その気持ちの方に、直ぐに切り替わりました」

私は握手をしながらそう言って返しました。


「そうでしたか… 冒険心のある奥さんで良かった。あっ… マスクはしたままで… お願いします」


私がマスクを外そうとするとフォードルは、急いで私の動きを止めました。


「顔を隠す意味合いもありますが… 唇の動きを読まれないようにする役割もあるので…」

そう言ってマスクを指さしました。


フォードルの瞳が一瞬微笑みましたが、直ぐにサングラスを戻し表情が分からなくなりました。そして、一瞬時計に向けた視線を私に戻しながら話し始めました。


「すいません。お呼びしておきながら… 申し訳ないのですが、時間が無いので手短に話します… よろしいですか…」


「はい…」


「では、座って話しましょう」


そう言ってフォードルは、少し離れた所の壁際にある椅子が五つ並んだところを指さしました。

私たち二人は椅子一つを空け、顔だけをお互いに向けて腰を下しました。フォードルは、両脇の空いた椅子に荷物を置いて他に誰も座らないようにしました。


「こんな場所ですみません。本来こんなところで話す内容ではないのですが… この方が目立たないので…」


「私は大丈夫です。問題ありません」


「ありがとうございます。では… これから話すことは奥さんにとってかなりショッキングな内容です。心を強く持って聞いて下さい」


「…、分かりました」

一気に緊張に襲われた私は、そう言って頷くのがやっとでした。


「総理は… 菊地順一さんはこのまま行くと… 近いうちに何らかの罪を着せられ逮捕されます。そして… 中国に身柄を移されます」


「えっ… 逮捕‼ 中国に… 身柄を移される…」


「そうです… 飯島さんも… 恐らく、同じタイミングで拘束されるでしょう…」

フォードルが唇を噛みながら下を向きました。


「どうして… どうしてですか… 総理大臣を逮捕するのですか…」

私は呼吸が荒くなり、震えているような感覚に陥りました。


「いや… その前に… 総理大臣辞職に追い込まれます。そして、中国に対する謀略を企てたとして逮捕されます… その共犯として、飯島さんも…」


「そんな… 大泉ですか… 彼が黒幕なんですか! 彼が仕組んだ…」

私の心に怒りがこみ上げてきました。


「そうです… 勘が良いですね… その通りです」


「でも何故、順一を… そんなに急いで逮捕しなければならないのですか…」

少し冷静になった頭の中に大きな疑問が浮かびました。


「邪魔になってきたのです。菊地総理は自分の意見を通そうと… 早い話、大泉の言う事を聞かなくなった… 逆らい始めたのです」


「邪魔… 言う事を聞かないから…」

その言葉に少し呆気にとられました。


「確かに… 順一は大泉を疑っていました。嫌っていました。中国に寄り過ぎだ… 危険… だと。でも… 大泉に総理を譲りたいと言っていたのに…」


「大泉は菊地総理からされたその提案を断りました」


「何故ですか… その方が自分の思い通りになるのに…」


「自分が表立って政治を進めると… 目立つし、何か手違いが起これば責任をとらなければならない… 表に立っている人物を影で操っている方が安全なのです」


「それで… 提案を蹴った… そう言うことですか…」


「そうです。それで総理は… 菊地さんは総理の立場を利用して何とか大泉を政権から離そう… 影響力を弱めようと考えたのです… 飯島さんと…」


「その動きに… 大泉が気づいた… そういう事ですか…」

私は完全に理性を取り戻し、冷静に考え始めました。


「そうです… 早くも立ち直ったようですね…  思った以上にタフだ…」

フォードルは呟くように話し掛けてきましたが、最後はほとんど聞こえませんでした。


「思った以上…?」

私は僅かに聞こえた言葉を反復しました。


「あっ… 気にしないで下さい。奥さんは思った以上に頭が切れて、冷静な方だ… そう言いたかったのです。もしかしたらスパイに向いているかも… 冗談ですが」

フォードルはそう言って薄笑いを浮かべました。


「褒めて頂きありがとうございます… でも、私はそれどころではありません」

フォードルに少しの怒りをぶつけました。


「すいません。そうでした… それではここから本題を話します…」

フォードルは斜め前に少しかが見込みました。


それにつられ私も前のめりになっていました。


「本題? 本題ですか…」


「そうです。近いうちに、先ほどの話しが現実となります。間違いなく… もはや止めることは出来ません。逆に阻止しようとすると、もっと厄介なことになる可能性があります。ここは… 流れに任せるしかありません」


「逮捕されろ… そういう事ですか…」


「そうです。実は… 菊地総理も覚悟しています。奥さんには言っていないでしょうけど」


「覚悟… 覚悟を決めた… そうなんですか…」


「飯島さんの家で話しました。これからの日本の行く末を。大泉と戦う事を…

同時に、捕まる可能性が大きいことも考えていました。しかし『自分が捕まることにより、日本国内で何かが動くのではないか…』そう漠然と思ったようです。

その何かを動かすことを… 動かしてくれることを、総理は私に懇願してきました」


「何かを動かす… あなたに… 懇願… 順一は、自分を捨て石にするつもりなのですか…」


「結果的に… そうです」


「家族を… 見捨てる…」


「いや、違います。それは、絶対に違う。逆です」

フォードルが強い口調で、私を諭して始めました。


「家族の未来を守りたいからです。日本の未来を… このまま行くと日本は完全に中国の属国になります。間違いなく… 総理は、この事を知りながら黙って見過ごし、成り行きに任せることなど出来ないのです。自分が捕まることにより、大泉と… 中国支配と戦う人たちが出て来る事を願っているのです。今日本を… 中国が乗っ取ろうとしていることを気づかせたいのです。そのお膳立てを私に要望してきたのです。命を懸けて…」

そう言ってフォードルは、私を見つめ言葉を待った。


「では… その事を… あらゆる手段で訴えれば… いいのでは… ないですか…?」


「ただ声を上げただけでは… 無理です。直ぐにかき消されてしまいます。そして… 声を上げた本人も… ドラマチックにしないと視聴率は上がりません。スポンサーも出て来ません…」


「んん… そうか… 運命… かなぁ。 一公務員が総理になって… 日本を救う… 凄いですよねぇ… 家族は大変ですが… でも、これも運命… そうですか…」


「凄い運命です… 私も… 含めてですが。それで… 総理が逮捕された後について 話します」


「逮捕後の… 話し… ですか…」


「はい、そうです。時間が無いので… 長居は出来ませんから」


「どう… するのですか?」

私はちょっと力が抜けた感覚になりました。


「逮捕の動きが分かったら直ぐに亡命して下さい… イギリスに」


「私が… 亡命‼ イギリスに‼ 今度は私が‼」

私は声にならない声で小さく叫びました。


「もちろん一人でなく、娘さん二人も連れて… エミリーも… 一緒に」


「エミリー… も」


「飯島さんも間違いなく拘束されます。総理と一緒に…」


「直ぐに… ですか…」


「そうです。そうでないと… 最悪、家族のなさんが監視下に置かれ、ほとんど軟禁状態になる恐れがあります。エミリーにもその事は伝えています。実は…」


「実は… 何ですか?」


「イギリス政府には既に要請しています。そして、承諾を得ています」


「凄い! 知らないところで話しが進んでいたんですね… 順一は… 知っているのんですか…」


「もちろん、知っています… というより、総理からの依頼なのです。絶対に家族を守る… と。その方が安心して戦えると…」


「分かりました。そうだったんですね… だから… 飯島さんの家から帰っても、公邸に戻ってこなかったんだ… 顔を合わせるのが気まずかったかなぁ…」


「そうかもしれませんね… んん… あっ… 亡命に関してですが、いつでも出国出来るように準備して下さい… 大変でしょうけど… 手続き等はエミリーとイギリス大使館が責任を持って行います」


「準備ですね… 荷造り… 逃げる準備か…」


「お子さん達の未来が掛かっています… お母さん… 今日起きても不思議ではないのです」


「そうですよね… 子どもの… 日本の未来が掛かっている… その位の気持ちで向かいます」


「頼もしいです。本当にそうです… 日本の未来の為に…」


「そして… もう一つ重大な任務があります。奥さんに…」


「重大な任務… ですか…? 亡命の他に…」


「身柄の安全が確保されたら… 奥さんに声明を出してもらいます。世界に向けて」

フォードルが私に大きく頷きながら伝えてきました。


「世界に向けて… 声明ですか… 私が出すんですか…?」


「はい。『夫、菊地順一は無実であり、陰謀により陥れられた…』こと、 『陰謀の裏に中国政府が存在し、日本政府内に協力者がいる…』その事を声明として世界に向けて発信してほしいのです」


「私が… その内容で声明を世界に向けて発信するんですか…」

私は自分の事と思えなくなってきました。


「急な話で… 心の整理が付かないでしょうが… 間違いなく近いうちに現実となって起こることです」


「現実に起こるんですね… 私たち家族の身に…」

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