第12話 新たな属国の始まり
「何で渋滞なぁ… 何台来んのぉ…?」
朝の六時半、母からの電話に驚かされた挙句に意味の分からない質問を受けました。
「何…⁉ 何かあったの… 朝早くから意味が分からないんだけど… お父さんに何かあったのかと思った」
「朝早くごめん、ごめん… “じいじ”は大丈夫、元気はつらつよ。その… そのじいじが聞いてみろってうるさいから…」
母が申し訳なさそうに言い訳しました。
「何を聞きたいの…? 朝は当然に忙しいので… 手短にお願いします。いい加減LINE覚えてよ!」
私は、ちょっとムッとした感じを意図的に口調に出しました。
「あのねぇ… 市内の道路がいつもより早くねぇ… いつもよりもねぇ… 多く渋滞になっているのよぉ…」
「渋滞‼ そんなので電話よこしたの‼ 東京で田舎の渋滞理由が分かる訳無いじゃない。勘弁してよ… はぁ…」
「ただの渋滞じゃないみたいなのよ… どうも国道13号線の県境が通行止めになったって…」
母の話しでは“福島市に抜ける幹線国道が県境手前で通行止めになったと同時に、近隣の高速道路が仙台と宇都宮の間、福島と新潟の間、福島と山形の間で、どちらも予告無しに通行止めになってしまったので、その混乱が市内の道路にまで波及して渋滞しているみたい”との話でした。
「予告を忘れた人が沢山いるんじゃないの…」
「でもねぇ… 高速道路によぉ… 軍の車が走っているのよぉ。凄く沢山ん… トラックみたいのもぉ… 料金所に軍人さんもいるみたいなぁ…」
「そんな… どこの国の言葉か分からないような言葉で言われても… 私にも分からないは… 順一はここ暫く公邸に戻っていないから…」
「何か山形新幹線も止まったんだってぇ… 何か大変なことが起きたんじゃないかい…」
母が不安そうなトーンで更に続けました。
「何か演習でもあるのかなぁ…」
私はそう言いながら、順一から聞いた中国の韓国侵攻の話しを思い出していました。
そんな会話をしていると、テレビ画面上に“緊急速報”のメッセージが、速報の表示をを知らせる音と共に浮かびました。
朝のテレビ番組が全て中断して、ニュース番組に切り替わりました。そして、緊張した男性アナウンサーが困惑の表情のまま原稿を読み始めました。
“本日午前四時頃、朝鮮半島で軍事衝突が発生したもようです。官邸危機管理センターでは情報収集を急いでいるようです。その情報を受け菊地総理は、本日午前七時より国民に向けた状況の報告と、日本としての対応を表明する見通しです。それに先立ち先程… 午前六時に日本政府から全ての国民の自宅待機の指示が発せられました。日本国民のみなさんは速やかに自宅待機の行動をとって下さい。繰り返します自宅待機の行動をとって下さい。これは訓練ではありません…”
「母さん… テレビ見てる…」
「見てる… やっぱりぃ… 起きたんだ… 大変な事が… 戦争になるのかね… 怖いね…」
母の声は消え入りそうなほど小さくなりました。その言葉に、私は何の慰めも出来ませんでした。
困惑の表情で同じセリフを繰り返すアナウンサーの画面から、演壇の後ろに日の丸が掲げてあるスタジオのような映像に切り替わりました。
「これより、菊地総理の会見を放送致します。会見場については… 政府機関が移された施設からの中継と… なるようです。施設の場所は伏せられております。恐らくは… 属国だった時に日本政府機関が秘密裏に置かれた所か… と思われます」
何とも歯切れの悪いスタジオにいるアナウンサーの実況でした。
「間もなく、七時となります… あっ… 総理が画面に入って来ました…」
その瞬間、降伏宣言の時と同じような緊張感が日本国内を包み込みました。
あの時と違うのは、画面に映っている人物が長門総理から菊地順一に変わったことでした。
午前七時、順一を先頭に大泉官房長官他の閣僚が続いて入場してきました。当然、全員の表情は苦渋に満ち、重い足取りがハッキリ感じられました。
順一はそのまま演壇に立ち、一礼をしてカメラを見据えました。
朝から夫のこんな表情を見るとは思いませんでした。こんな状況になったにも関わらず、私の頭のどこか冷めたところで、人生の不透明さ不思議さをふと考えていました。
「今より三時間程前の午前四時、中国軍が韓国に対し軍事行動を始めました…
国境を越え中国の陸海空軍が同時に、韓国に対し侵攻作戦を行っている模様です。中国軍の目的、今後の動向に関しましては現在のところ分かっておりませんが… 韓国に対し行っている作戦の状況によっては、そのまま日本に対し向かって来る事も考えられます。日本政府としましては、日本が置かれている現在の状況を戦争開戦直前と捉え“緊急事態条項一項にある他国による侵略の危機”にあたると判断し、国民の皆さんに戦時下緊急事態体制への移行を宣言致します… 自宅に待機して下さい…」
「戦時下… 緊急事態… 体制… 本当に大丈夫なの…」
私は子ども達がいる事を忘れ、思わず呟いてしまいました。それを聞いた子ども達の不安な視線を感じました。
「大丈夫… 大丈夫… 総理が… じゅんが何とかしてくれるから…」
私のかなり大雑把な言葉でも、子ども達は安心してくれたのか大きく頷いてくれました。
戦時下緊急事態体制になった場合は、基本的に会社が休みとなり、全ての学校が休校となります。国民の生活でもあらゆる制限が加えられます、商業施設は日中の六時間だけ営業となり、電気、水道、ガスなどは午前六時から午後八時までの時間制限と総量制限の両方がかけられます。医療機関も大規模医療施設以外は、六時間以内の診療時間に制限されます。
基本的に外出自粛となりますが、買い物や病院には生まれ月で出かけられる日を決め、外出出来る人数に制限がかけられます。買物でも個数制限が掛けられ、買い占めや転売が出来ないようになります。
この仕組みは半年前に作られ、一人一人マイナンバーで管理されています。
中国との戦争突入の可能性、日本の今後を議論する番組に全て切り替わりました。
夕食の支度を始めた五時過ぎにテレビから大きな緊急音がまた鳴り響きました。
“重大緊急速報 韓国降伏。韓国が中国の統治下に置かれる”
この日をもって韓国が消滅しました。
「次は日本に向かって来るのかぁ…」
今度は父が電話を掛けてきました。
「分からない… 順一は地下要塞に移ったみたいで… 連絡は無いし…」
私は思わず公表されていないワードを話してしまいました。
「地下要塞⁉」
「あっ… あっ… 日本政府が前に… どこかに造ったみたい」
「お前は… その要塞には行かないのかぁ…?」
「まさか! いくら“総理のご家族”でも、一般国民の中で私たちだけがそんな所に逃げるなんて無いわよ… 生きるのも、死ぬのも… 皆さまと一緒よ…」
「いや… 俺たちのような年寄りは死んでも、お前たちは何としても生きろ… それが言いたかった」
父はそう話すと話すのを止め、母に電話を渡しました。
「どう… そっちは、大変でしょう…」
「そっちと同じよ… まだ“対岸の火事”って感じよ… それにしても、こんな時でも相変わらず… ぶっきらぼうね…」
「何かぁ… 父さんね… 美香達も… その政府が移ったところに行ったと思って… 『だと安心だ』とか言って。それで電話してみろって…」
母が困ったような声で呟きました。
「でも… 本当に生きなきゃ… 父さんの言う通り。子ども達の為に… 子ども達の時代の為に…」
この時、漠然と強い気持ちが湧いてきました。
「お帰り… 大変な一週間だったね…」
韓国消滅から五日が経ち、戦時下緊急事態体制が一旦解除になった夜、順一が二週間ぶりに公邸に戻ってきました。
「激動の一週間だったなぁ… 中国は約束通りに日本には向かって来ないようだけど… アメリカを完全に敵に回した… これからの日本をどうするか…」
順一が疲れ果てた体と頭を支えながら暗い声で返してきました。
「アメリカを敵に…?」
「まだ、公表されていないけど… 大泉はアメリカ第七艦隊を壊滅させた… 原爆で」
順一は首をゆっくり横に振りながら言葉を絞り出しました。
「アメリカの艦隊を壊滅… それって… 戦争じゃない‼ また、アメリカと戦争なの‼」
恐怖が渦巻いている心中を何とか抑えました。
「分からない… アメリカは日本の仕業だとは断定出来ないだろう… と、大泉は考えている。だから、戦争にはならないと…」
「でも何でそんな事を、大泉がするの…」
私は少し落ち着きを取り戻しました。
「李大統領の白人支配に対する鉄槌と、日本に原爆二発を投下したアメリカに対する大泉の復讐が込められているようだ。李大統領は一気に白人達を支配下に置きたいようだ… 有色人種を差別するあいつ等を踏みつけたいのだろう… “イエロー”と罵声を浴びせて来たあいつらをに仕返ししたいのだろうねぇ…」
順一は深い溜息を付きました。そして天井を見上げました。
「本当に日本はどうなるの… 未来に存在出来るの…」
私の心は重く沈んでいきました。
「これからの日本に… 間違いなく中国が圧し掛かってくる… それに耐えられるか… 押しつぶされて中国の属国になるかもしれない…」
諦めのような言葉が順一から出てききました。
「絶対に… それはいや… 属国時代の悲惨を二度と味わいたくない… 子ども達には、なおのこと味合わせたくない…」
「あぁ… 確かに… あの時… 日本には居なくて分からないけど… 日本国民を二度と悲惨で苦しい状況に置かないように… 何とかして戦う…」
「私も… 精一杯バックアップするから…」
アメリカは国連の場で、第七艦隊を壊滅させたのは中国と日本であると糾弾しました。それに反抗する形で中国は国連を脱退しました。しかし、中国は以前からアジア諸国やアフリカ諸国に根回しをして、多くの国と共に国連脱退を画策していたのでした。
国連脱退後、上海に本部を置く新しい国際的枠組みの組織の設立を宣言し、中国に同調した国連加盟国の半数を超える国の代表と共に国連の席を去りました。
日本もそれに追随する形で国連を脱退し、中国が主導する新しい国際的枠組みの組織に幹事国として加わりました。
「李大統領が年始の挨拶に来たいそうだ… 日本に来る…」
順一が公邸に戻るなり、暗い表情から吐き捨てるかのように呟きました。
クリスマスの飾りが街中に溢れ平和が戻った矢先に、日本にとって屈辱的な電話が、北京から掛かってきたのでした。
「何で…? 挨拶に来るの… 年明け直ぐに来るの…?」
子どもとクリスマスを終えて機嫌が良かった私は、一気に不機嫌になりました。
「年明け早々に開かれる通常国会の開会式で… 衆参両議員を集めて… そして… 天皇陛下も迎えて… その中で李大統領が演説したいそうだ… 『日本国民の皆さん、明けましておめでとう…』と。勿論、全てのテレビ局に生中継させるようだ…」
順一は深い溜息を吐き出しました。
「そんな急に… あと一ヶ月も無いじゃない… 何様なの‼」
私は不機嫌から怒りに変わりました。
「宗主国の元首のつもりだろう… アメリカと断交した今は、頼りの綱は中国だからなぁ… それに、中国との窓口は大泉だ。李大統領の言うことは何でも『仰せのままに…』それで決まりだ。我々には決定事項が伝えられるだけだし… どうにもならない… 新しい属国の始まりだ…」
「このまま行くつもりなの… 日本を別な方向に導けないの…」
私の心には怒りともどかしさが混ざり始めていました。
「いや… 何とか… 何とかしなければと考えている。飯島さん達とも話はしている… 中国に完全に支配される前に… 手を打たないと…」
声は低かったのですが、順一の視線が鋭くなりました。
「大泉に総理の座を譲ろうと思う… 今のままでは動きが取れないから。いち議員になった方が何かとやり易いし… 大泉が承諾するかどうかだけど…」
年が明け間もなく、公務が始まろうとする夜に順一が総理の座を大泉に譲る決意を私に伝えてきました。
「順一がそう考えたのであれば、私は従うは… 別にファーストレディに未練は無いし…」
私は冗談めかして返しました。順一はその言葉に笑顔で軽く頷きました。
しかし、通常国会の開会式で順一は総理として演説しました。私はその演説している姿を中継で見ながら感じました。
“恐らく、今後も総理を続けなければならないのだりうと”
順一が総理のまま国会が開幕して何事もなく半月が過ぎた夜、順一が数枚の便箋を私に差し出してきました。
「何…? 今更のラブレター…?」
順一は、突然の事態に戸惑っている私に囁きました。
「中を読んでみて…」
私は少しの不安を抱きながら読み始めました。
“明日、飯島大臣宅に行って来ます。そこで、日本に大きく関わりのある二人のスパイと会ってきます…”
私はそこまで読んで、驚きの視線を順一に向けました。
順一は右手の人差し指を口に当てながら、左手に持っていたメモを私に差し出しました。
“盗聴されている可能性があるから、大事なことは紙に書いて渡す”
私は困惑しましたが、黙って大きく頷きました。
公邸の中も安心出来なくなっていたのでした。当然と言えば当然なのですが。
再び便箋に視線を移し読み進めました。
“二人に会って、日本のこれからを相談するつもりです…”
続きには、二人のスパイの経歴が書かれてありました。
順一が本気で飯島さんと戦いを挑むつもりになったようでした。
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