第11話 赤獅子
「どう… 初めての乗り心地は?」
「飛行機の中とは思えないわ… 住んでもいいかも」
「何でもして貰えるからね… 美香は楽ちんだ。住むときは地上に置いたままにしよう…」
順一はそう言って笑いました。
順一が総理に就任して一年が経ち、日本国内は核兵器配備で少し荒れていましたが、国民生活、経済活動は完全に属国前の状態に戻り“あの時”が無かったかのような雰囲気に包まれていました。
「初めての台湾が総理外遊のお伴で、それも政府専用機なんて… 人生何が有るか… 分からないわね…」
私はしみじみ実感しました。
「自分もそうだ。まさか総理大臣になるとは… 成りたいなんて一度も思ったことが無いのに…」
順一は少し困惑した表情でした。
「マリは中二、ユリは小五だから、今度は何泊しても大丈夫よ」
「ただの観光旅行だったらいいけどね… 外交だからね… 良い経験と言えば良い経験だけど… でも、これで世界旅行に行けたら最高だ!」
順一は就任して直ぐに行ったイギリス以来の外遊で、国内問題のストレスを発散するかのような勢いでした。私も一緒だったので、なおの事リラックスしていたようです。でもまさか台湾で、日本の運命を変えるような出会いがあるとは、その時は知る由もありません。想像の域を超えていました。
「向こうに着いたら、こちらは会談や会議の連続だけど、美香はあっちこっちで視察や親睦を頑張ってくれ… そして、台湾最高の料理を楽しんで下さい!」
「ありがとうございます総理… でも… 何か緊張で味なんか分からないような気もするけど… 開き直って楽しむしかないかなぁ…」
私は少し気が重かったのですが、ファーストレディとして初めての外遊を楽しむしかないと自分に言い聞かせていました。
台北の松山空港に着陸して間もなく、夫婦別々の行動が分刻みで始まりました。
私たちは総統主催の晩餐会を終え、台北賓館からホテルに向かう車に笑顔で手を振りながら乗り込みました。でも、乗り込んだ途端に順一の表情は硬くなりました。
順一はホテルに着くまでの数分間、一言も発しないで前方を見据えていました。車から降りる瞬間また表情が笑顔になり、迎えの方々に答えました。
私は順一が疲れているのだと感じ、全く言葉を掛けずにいましたが、部屋に入り二人だけになった瞬間に声を掛けてみました。
「凄く疲れているようね… 会談… 大変だったの…?」
「かなり… 大変だった… 赤獅子に会ったよ…」
疲れた固いままの表情で、私に視線を向けることなく呟きました。
「赤獅子に‼ 何でいるの… 台湾に!」
声は何とか抑え気味に出来ましたが、私は驚きで後ろにのけ反りました。
順一は、中国の李大統領をある時から“赤獅子”と呼ぶようになっていました。
画面を通して見ているだけでも、眼光の鋭さに圧倒され恐怖を感じたようです。
獲物を狙う獅子の目の様に例えたのだと思います。それに、中国の色である赤を足し、そう呼んだのです。
「哨総統と李大統領は強く繋がっていたんだ。台湾訪問を強く要請してきた一番の理由は… 李大統領と会わせる為だったんだ…」
「属国にしたお詫びを言いに来た訳ではない… よね」
私は順一の重く固い表情から一気に恐怖が伝染してきました。
「勿論… お詫びもしてくれた…」
順一の呼吸が止まった感じがしました。
「他に… 何を言われたの…」
「韓国が… 大韓民国が無くなる… 中国が… 赤獅子が牙を剥き飲み込む…」
「えっ…⁉ 何故…? いつ…?」
「一ヶ月以内に事を起こそうとしている。 核兵器を保有した、勝手な言い分だけを言ってくる目障りな隣国を… 無くしたいらしい…」
「中国から見れば、確かに厄介よね… 陸続きだし。日本から見ても厄介だけど… だからと言って無くすって… 属国にするんじゃないの…?」
「属国どころじゃない… 本当に地図から国名を無くすつもりなんだ… 中国国内の一つの省になる… 国が完全に消滅する… 日本復活の恩人達には… 申し訳ないけど、何も出来ない…」
「それで… 次は日本… ってことになるんじゃないの… 大丈夫なの…」
私の不安が溢れそうになりました。
「そこは約束してくれた… 日本には侵攻しないと… 恐らく… 大丈夫だ…
暫くは…」
「何それ! 全然大丈夫じゃないじゃない!」
私は少し興奮し、大きな声を出してしまいました。
「シッ! 静かに。確かに将来的には分からない… 前にも行ったけど武力を使ってくることはないと思う… やはり大泉を使って、日本を操ろとするのだろう… 中国は、ロシアともやる気のようだし…」
「やっぱり… 大泉ね… えっ! ロシアにも攻め込むの…?」
「やる気らしい… 目的は分からないけど…」
順一の顔からは生気が無くなっていました。
不安と恐怖に一度は全て支配された私の心の中に、僅かでしたが怒りの芽が出ていました。赤獅子に対しての怒りの芽が… そして、もう一つ心に浮かびました。
これからの人生にも何が起こるか分からない… と。
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