第10話 影の政府

「本当に存在していたんだ… 単なる都市伝説だと思っていた“影の政府”が…

美香の実家の近くにも… 日本の極秘があった… 国家機密以上だよ…」


 公邸に引っ越して二週間が過ぎ、やっと落ち着き始めた頃の夜、官邸から戻って来た順一が深刻な表情で囁くような声で伝えてきました。


「今日、自分が見聞きしたことは国家的に… いや、極々僅かな人物しか知らない極秘の重要組織に関することだけど、美香だけに伝えておく。何か自分の身に起きた時の為に…」

順一は深刻な表情のまま話しを続けました。そして、何かを決心したかのような言い方でした。


「自分の身に起きた時… って、そんなこと私に話しても大丈夫なの… 聞きたいような、聞きたくないような… 極秘の重要組織… 複雑な感じだけど…」

私の正直な気持ちを伝えました。


「確かに聞かない… 知らない方がいいのかもしれないけれど… でも、自分の身になにかあった時、美香だけでも分かって貰えていれば… 自分が救われると思うから」

順一の表情は少し平静さを取り戻していました。


「縁起でもない話だけど… 政治の世界って庶民には分からない… なんか伏魔殿のような恐ろしいドロドロしたものが蠢いているような… そんな感じがする…」

冗談ぽく少し誇張して私の思いを話しました。


「まぁ… 自分もそんな感じはあった。悪い事ばかりではないんだろうけど…

日本は表向き民主主義国家だけど、やっぱり影で政治を操っている集団がいたんだ。ほとんどのメンバーは見えないけれど、一人だけ見ることが出来た…」

順一は自分で大きく頷いた。


「誰… 誰なの?」

言葉を切った順一に対して、合いの手の様に尋ねた。


「大泉… 前総理大臣の大泉だ…」


「大泉さんが⁉ メンバーなの?」

私もよく知る人物がメンバーで驚きでしたが、何か納得もできました。


「ああ… 中国から多額の資金援助を受けて、あの若さでメンバーになったようだ。恐らく他のメンバーは、太平洋戦争終戦から財を成した大金持ちの流れだろうけど。もっと大きく言うと、世界にいる金持ち集団が繋がって世界を動かしているんだと思う…」

順一の顔が難しくなっていた。


「世界… ねぇ… 大きすぎて良く分からないけど、何かしらの大きな力… と言うか権力が裏で世界を操っている… そう言うことなの…」

感覚が遠すぎて、私には恐怖心とか困惑とかすら生まれませんでした。


「そんな感じ…」

順一は、私のあまりにもそっけない感じに気が抜けたような表情になりましたが、直ぐに深刻な表情に戻して始めました。


「まぁ… 確かに、自分達には遠い遠い裏の世界で行われていることだから… 感覚的に掴めないかもしれないけれど… 金持ち達が自分達の都合の良いようにそれぞれの国を動かし、更に金を儲ける仕組みを造る… 昔は主義主張を持った人物や国粋主義の人物がメンバーが多くいたようだけど、今は金儲けになればそれでいいみたいな集団になったらしい… 確かに、ずっとそうだと自分達の生活にはさほど問題はない、普通に生活していける…」


「関りを持つことも無いし、関わりたくもないわ… そんな人たちと」

私は心底から拒絶しました。

その時は、そう遠くない未来にその組織と私が関りを持ち対峙することになるとは思いもしませんでした。想像の域を超えた神様の悪戯が私の未来に待っていました。


「だけどそこに、中国政府から強力にバックアップを受けた大泉が新たに加わった。最近の影の政府は主義主張を持たない、単にメンバーの座を親から譲り受けた人たちがほとんどのようで… だから、人畜無害… 一般国民に影響はほとんどなかった。そんなところに、大泉のような強い政治思想を持った人物が加わった。そのことで、これから日本全体が変わりそうなんだ…」


「変わるって… どんな風に?」

私には、まだ危機感が出なかった。


「今度は… 中国の属国になると言う事だ…」

順一は小さな声で囁きました。


「また! 属国になるの⁉」

逆に私の声は大きくなりました。


「少し声のトーンを落として」

口に人差し指を当てながら順一が注意してきました。


「だって… 静かに『そうでございますか』なんて悠長にどこかの奥様のように言えることじゃないわよ…」

私は“属国”と言う響きに過敏になっていましたが、声のトーンは落としました。


「一気に驚かせてすまない… まぁ… 今すぐに中国の属国になる訳ではないから…

でも… このままだと必ずそうなる。断言する。中国はそうする為に大泉に近づきバックアップを始めたんだから」

表情は怒りの形相に変わりました。


「戦争になるの…」

私はここで危機感が出てきた。


「いや、戦争は起きない。戦争になったら、今度は属国では済まないから… 滅亡するから…」

その言葉に、私は息を飲みました。


「今度の属国化は、静かに… 何気なく… 日本人に気づかれないように… “気づいたら中国の一つ省になっていた…” そんな感じで進められるはずだ」

言い終わると、順一が深く溜息を一回つきました。


「子ども達の時代には、中国に飲み込まれているという事なの…」

私の表情も硬くなり、息が少し苦しくなりました。


「だろう… ね。相手がデカすぎる… 何と言っても、アメリカよりも遥かに強か《したたか》だし…」

二人とも暗い表情になり、暫く無言が続きました。


「何とか出来ないの… 総理… アイム総理… 何て言っている場合じゃないじゃない‼」

大きな危機感に襲われた私は急に叫びました。それに驚いた順一が、少し戸惑った表情で答えました。


「そう… 何とかしなければ… でも、相手がデカすぎる… 今はまだ何も出来ない… 無理だ。でもまだ、時間はある。必ず… 阻止しなければ…」

順一は自分に言い聞かすように呟いた。


「お願い… します。総理… でも… 無理はしないでね… 子ども達の為にも」

無事でいて欲しいのと、子ども達の未来の為に属国化を阻止して欲しい気持ちが入り交じり複雑な感情で順一に語り掛けました。


「もう一つ… 極秘なこと… 美香の実家の近くにある…」

表情を現実に戻し、順一が強い視線を向けて話し始めました。


「さっきの話しよりは衝撃度は下がるから、安心して聞いて。実家の近くで長大トンネル二本を同時に造っているよね…」

だいぶ和らいだ口調に戻り私に尋ねてきました。


「ああぁ… 新栗子トンネルと山形新幹線の新しいトンネルね。最初は『いつまでかかるんだこの工事』みたいな、のんびりした感じだったようだけど、属国になる少し前から何か凄い勢いで造っていたみたい… あんな田舎のトンネルなのに。凄い機械と凄く多くの人が携わっていて、みんな驚いていたわ… 『こんな地方のトンネルに凄く力を入れて… どんな政治力が働いているんだかぁ…?』そう言って不思議がっていたのを覚えている」


「やっぱり… 凄いんだ…」

順一は何回も頷きながら、しみじみと呟いた。


「市民社会科見学会に子ども達と行って見てきたの… あっ‼」

急に発した奇声に、順一が目を丸くして睨んできた。


「ごめん… 思い出したの…」


「何… 何を?」

目を丸くしたまま尋ねてきた。


「その見学会で案内してくれたのが… 大泉さんだったの。大泉さんは、私が菊地順一の妻であることを知っていたの… 向こうから『文科省にいる菊地順一さんの奥さんですよね…』って、話し掛けてきたから…」


「それで… あと何を話したの…」

順一の表情がまた険しくなった。


「ウウン… 『霞が関でお世話になっていました…』とか位で終わったと思う。見学会で大勢いたから…」


「彼がトンネル建設の最高責任者だからな… 日本と言うより“彼が造っている”と言っても過言ではないくらいだ」

順一の表情が苦渋に変わっていた。


「何で大泉さんが… そんなトンネル工事に携わる仕事をしているの…?」


「政府機関の地下要塞も造っているから… あと… 巨大核シェルターも…」

順一は強い視線を向けながら話し始めました。


「地下要塞… 巨大核シェルター…」

私はSF映画のような話しに困惑しました。


「もしかしたら… ‼。解放の時、ラジオやテレビでやっていた… “日本地下政府組織” なの…」


「勘がいいねぇ。そう… そこから発信配信していた」

順一は軽く頷きながら話しを続けました。


「有事の際、栗子の地下に造られた要塞に政府中枢が入る。そして、茨城県の筑波山麓地下からリニアで移動することになっている。そこには皇族の方々のスペースもある。一時間程で、千人が移動できるんだ。これは完成したんだ…」


「リニアで… 地下要塞に… たった一時間…」

私の思考は崩壊寸前でした。


「確かに、実感は湧かないと思う… 実際に目の当たりにした私でも… 現実とは思えない世界だった。一万人以上が暮らせるように造られているんだ…」

順一が首を横に軽く振っていました。


「順一‼ 見たの要塞の内部‼」


「見た… 大泉に案内されて…」


「はぁ… これで、社会科見学で言われた言葉の意味が分かった…」


「何か言われた…?」


「ええ… 大泉さんが『菊地順一さんもここに来ることになるかもしれない…』って」


「そんな事を言ってた… 予言してた… その時既に… 今の状況を読んでいた…

いや… 台本を書いていた…」

順一は独り言のように呟きました。


「予言… 台本… んん… ところで、そんなに大勢がそこに住んで… 食料とかは… 生活に必要な環境って、どうなっているの…?」


「インフラはもちろん整備されている。太平洋側と日本海側に70キロと80キロのトンネルを掘って、そこにインフラを通したんだ」


「凄い! 何か… 話しが凄いと言うか… 現実離れしていて… 本当に映画の話しみたい」


「国家が本気を出すと、確かに凄いな… 食料とかの物資は、トンネルに貯蔵するようになっている。栗子のトンネルには、物資を積んだ大型トラックがトンネル内に留まる。山形新幹線のトンネルには、貨物専用に改良した車両が留まる。備蓄される量は一万人が一年暮らせる量だ… それぞれの出入口は強固な扉で二重に閉ざし、放射能を遮断する…」


「アニメで見たような… そこにあなたも入るの… 家族は…」

私は心配の先取りをしてしまいました。


「今の立場だったら、入るだろう… 家族は… 核攻撃を受ける危険が増したら召集されるだろう… 正直、美香の年齢がギリギリかな…」

順一の顔に少し不安が滲んでいました。


「年齢? 年齢で区切るの…?」


「ああぁ… 日本の未来を繋ぐ“ノアの箱舟”だからね… 子孫を残せない年齢の人は召集されない… 未来を造れないから… 入れる人数は決まっている」


「ある意味恐ろしい話し… 選別される訳ね… “子どもを作れるか作れないか…”

“日本の未来に役立つか立たないか…” シビアね…」

私は恐怖の次に皮肉を込めて呟きました。


「物資が限られている以上… しょうがない。老人を守っても未来は無いから…

政府関係者も含めて、シェルターに入れるのは、健康で、優秀な人物を既にリストアップしている… 本人は… その事は知らない。健康状態、生殖能力も調べている…」


「私も調べられているのかしら…」


「既に… 情報はいっていると思う… 私のも…」


「だから政界が急に若返ったのね… そのせいで…」

私は、急に合点がいった感じで呟きました。


「恐らく影の政府が、そうなるように段どったんだろうけど…」


「でも… そんなにお金がかかること、よくあっちこっちで出来るわよね… どこにそんなお金が有るのかしら… 聞いてみたいものね…」

私は“選別”の怒りを引きずり強い口調で話した。


「埋蔵金… 戦後間もなくからため込んだ現ナマ… 影の政府の資金源さ… どこに有るか分からないけど」


「ちゃんと答えがあったのね… びっくりした。戦国時代みたいな話し… 未来の話しから急に時代劇になったはね…」

奇想天外な話の連続に、私の頭は疲れ始めていました。


「これからじゅんはどうなるの… このまま総理としてやっていくの…?」

急に、私の中から心配が沸き起こってきました。


「当分はこのままだろう… 何か起きない限り。お飾りのような感じで… “シャドー・キャビネット”が本当のキャビネットだなぁ… そして、最後に… もう一つ…」

順一は右手の人差し指を立てながら話しを続けた。


「何があるの… どんな話し… 疲れてきたわ…」


「最近、実家と連絡とってる…」


「ウウン… 全然… 最近、話していないかなぁ…」


「最近、ロシア人や中国人の外国人労働者が実家の方で増えていると思う… 政府が外国人労働者を… 特にロシア人と中国人を重点的に集めているから…」


「何で… トンネル工事に… 別に賃金が安い訳でもないでしょうし…」


「人質さ…」


「人質⁉」

私は半パニックになりました。


「人質って… 何で… 金目当て…?」


「ロシアと中国から核攻撃をされないように… されたとしても、地下要塞周辺に直撃させないように… 人質として、要塞の上に住まわす。既にマンション建設が始まっている… 要塞の上に。影の政府が出資しているゼネコンが強引な用地買収をしながら…」


「そう言えば、マンションが多くなりそうだとは言ってた… それも超高層の…  でも、全然関係ない話で… 興味も無かったし… 人質って… 恐ろしい… 俗に言う“人間の盾”ってことね…」


「でもそのお蔭で、実家周辺が日本で一番安全な場所になったと思うよ。属国中と違って、ロシア人と中国人にも日本の司法権が適用されるから… 外国人が増えても、あの時の様に治安が悪くなることはないと思うけど… 心配は心配だけどね…」

属国中のような悲劇が起きない事を、祈るしかないような頼りない感じを受けました。


 総理の立場で順一は、これからどう立ち振舞っていくのか、漠然とした不安が過り始めました。

その夫を私は、どうやって支えていけばいいのか… 急に目の前が暗くなったような感じに陥りました。








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