第9話 総理大臣公邸
「今日からここで生活するのよ… んん…」
「広ーーーい。ここから学校に行くのーーー」
私の不安が混ざった声に比べ、単純に喜んでいるユリの声が響きました。
「初めてじゃない… 子どもが小学生の総理大臣って…」
見学に来た山形の家族に呟きました。
「だろうなぁ… 聞いた事ねぇ…」
「総理の家族か… 大変だなぁ… 美香。マリユリはここから練馬の学校に通うんだ…」
姉が同情してくれました。
「練馬の家に警護だ… 警備だって… 警察の人が家の前に居たり、パトカーが居たり… 近所の人たちに迷惑だから… それに、子ども達に何か有っても… 心配だし…」
私の声には不安が多く混ざっていたと思います。一番の不安は、政治経験の浅い順一に総理大臣が務まるのかということでしたが。
「父親が総理大臣になって、あなた達も大変になったよね… 学校の行き帰りに護衛の人が付いてくるし、報道の人も追いかけてくるし… 私も気軽に買物に行けなくなるし…。それでね… ママは決心したの。聞いてくれる… そして、協力してほしいの」
「何を? また… 転校…」
マリが顔じゅうに心配を浮かべながら聞いてきました。
「大丈夫… それは無い。じゃ… 話すね。総理大臣になると、総理大臣専用の家に住めるの… 総理大臣公邸て言うんだけれど」
「どこにあるの?」
二人が同時に聞いてきました。
「じゅんが居た霞が関に首相官邸があるんだけど… ニュースによく出てくるところね… 危機管理センターもある… その隣に有るんだって…」
私の知識情報も大したレベルではなかったのです。
「うん…」
娘たちも分かったような分からないような曖昧な返事でした。
「まあ… とにかく、その総理大臣公邸に引っ越しましょう… その方が安全だし… 近所にも迷惑が掛からないし」
深刻にならないように、軽い口調で決心を伝えた。
「でも… 学校… 変わらなくて大丈夫…」
マリが不安を浮かべた表情で聞いてきました。
「それが一番の悩みだったんだけど… 今は歩いて15分で学校に通いるわよね… 霞が関からだと乗り継ぎ一回して、一時間位で今の学校に行けるけど… どのみち、学校の往復には護衛が付くだろうから… 二人の決断に任せる‼」
私は出来るだけ転校は避けたかったのです。
マリはあと半年チョットで小学校を卒業するし、中学校からどこに入るか考えればいいし。ユリは三年生で小学校生活がまだまだ続きますから、一年二年でまた転校することになったらかわいそうだったので。正直言って私は、次年度に順一が総理をしているとはとても思えなかったのです。
ユリにマリが小声で話し掛けると、ユリが大きく頷きました。
「私たち今の学校に行く。地下鉄で通学するのも楽しそうだし」
二人の表情は私に気を使っているのか、凄くきれいな笑顔でした。私は“これ以上ご近所に対して迷惑を掛けずに済む”という安堵感で、少し気持ちが落ち着きましたが、やはり漠然とした不安の方がまだ圧倒的でした。
「さぁ… 夏休みが終わる前に引っ越しよ… 忙しくなるわよ‼」
私は自分に気合をいれるのも込めて、娘たちに向かって叫びました。そして、順一に電話しました。
「総理ですか? 妻です」
「アイム ソウリーです。何でしょうか、ファーストレディ」
馬鹿馬鹿しいやりとりで、会話を始めるのが日課になっていました。家族との会話くらいはリラックスして欲しかったので。
私は夏休み中に公邸に引っ越すことを告げました。
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