第8話 ファーストレディ

「万歳‼ 万歳‼ 万歳‼」


独立国家日本が復活した日以来の万歳三唱をしました。夫、菊地順一が衆議院議員選挙で当選したのです。

日本復活の英雄たちの候補者は、みなさん圧倒的な人気で議員バッヂを付けることになりました。


 国後島に赴任して三ヶ月後、順一に民公党から内々に出馬の打診がありました。

総理からの出馬依頼には“政治の若返りを図り、二度と属国に堕ちない強い日本を若い政治家に造って貰いたい”とのメッセージが添えられてありました。


 打診があったその日、順一から連絡がありました。

「総理と民公党幹事長から出馬の要請が今日来たよ。選挙は来年の一月… 四ヶ月後になる… 出馬したい… 日本の未来の為、娘たちの未来の為に…」

順一の声が、か細く聞こえました。


「迷っているの? 凄く… か細い声なんだけど‼ 頑張って‼ 応援するから… いっそ総理を目指したら」

最後の言葉は冗談でしたが。


「ありがとう… 強い日本を造るよ。必ず…」

順一のトーンが一気に上がりました。



 総選挙後に召集された特別国会で、政界期待の若手大泉氏が総理に指名されました。


「速報です。省に格上げされた… 北方領土・樺太復興開発大臣には初当選の菊地順一氏が就任するのが固まったようです。選挙前まで局長を務めていましたからね… 当然の流れでしょう…」


 組閣のニュース速報が流れ、政治ジャーナリストがコメントをしていました。


 順一は、当選した一期目から“北方領土・樺太復興開発大臣”に任命されました。そして、同期で当選した飯島さんはじめ元自衛官の皆さんと強国建設に向かう事になりました。



 “この人… 山形で会ったことがある” テレビ画面を見つめていると、そんな記憶が脳の奥から浮かんできました。見つめている画面には大泉新総理が映っていました。


“確かこの人は… 新栗子トンネルの工事現場で… 親子社会科見学会に行った時、トンネル内を案内してくれた人… 統括責任者と言っていた人…」

私は記憶を辿りながら、独り言を呟いていました。


「そうだった… そんな感じがするような、しないような… でも、そんな人がなんで… 総理になるような人が工事現場にいたの…」

東京に遊びに来ていた姉が、素朴な疑問で返してきました。


「確かに… そうよね…」

私も同感しました。

当然その時は、新栗子トンネルの先に日本政府の地下要塞がある事など知りませんでした。


「そう言えば、あの時… 大泉さんはじゅんの知り合いだと言って私たちに話し掛けてきていた… そして私に『もしかしたら、菊地順一さんはこのトンネルに来ることになるかもしれませんね…』そんな意味不明なことを呟いていたけど…」


「そんなこと言ってたの… その人が国会議員で、総理大臣… 総理大臣になった… 優秀で、将来の総理候補が…」


大泉総理は、以前から若く優秀な議員で有名だったようですが、政治に興味が無かった姉や私は全く気付かなかったのです。

その人物と順一が、私にとっては別世界の内閣と言うところで結びつく事になった…不思議な感じになりました。同時に、僅かでしたが何ともいえない不安も心の隅に湧いて来ていました。


 

「私のスローガンは“自分達の国は自分達で守る”国防力を高める政策に重点を置きます。その政策の柱は… 核兵器開発‼ 抑止力が最重要なのです…」

大泉総理は就任早々に国民に向けて国防強化を叫んだ。


 日本の国防からアメリカがいなくなり、隣の韓国までも核兵器を保有してしまいました。日本を取り巻く状況の変化と、一度属国に堕ちてしまった日本は、二度と属国に堕ちない為に、核兵器の抑止力は絶対必要だと、ほとんどの日本人は抵抗なく理解しました。


「やはり… 最大の抑止力と言っても、核兵器を保有する事は絶対に有ってはいけません…」

有識者と言われる学者や政治家などの方たちには、頑として核兵器保有を反対する人がいました。


「そんなに人生残っていないから… あなた達は… 無責任に呑気なことを言えるのよ… 子ども達の未来を保障してくれるの…」

私は実家のリビングで、討論を見つめながらボソッと呟きました。


「日本は強ぐなんなね…」

父も相槌をテレビを見ながら呟きました。



「核兵器開発、保有の是非を! 国民の皆様に問います。総選挙を来月行います…」


 大泉総理は核兵器開発、保有に抵抗感を持つ人々から大きな反発を受けた為、就任から僅か半年後に核開発の是非を国民に問う総選挙を仕掛けました。


“三分の二議席確保‼”“核兵器保有へ前進か…⁉”

この文字が、テレビ画面に大きく浮かびました。


「結果は… 改選議席をやや下回りましたが、民公党は三分の二以上の議席を確保し信任を得た形になりましたね… 一応… 核にGoサインが出た… と言っていいのですかね…」


アナウンサーが言うように微妙な雰囲気が漂っていました。


開票から二日後、大泉総理は後任を指名し辞職しました。

後任に指名されたのは、菊地順一。全ての責任を押し付けるつもりなのでしょうか。



 召集された特別国会で、衆議院議員活動がたった半年だけの菊地順一議員が第10X代内閣総理大臣に指名されました。夫の就任と同時に、妻である私が第10X代内閣総理大臣夫人になったということでもあります。


 夫が国会議員となってから一瞬で、私は日本のファーストレディになりました。


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