第7話 政治家の妻
「北方領土‼ 国後島に行くの‼」
私は思わず叫んでしまった。
日本の領土で有りながら、終戦直後からロシアに実効支配されている、北海道の先にある島々。その程度しか知識は無く、外国よりも遠い存在の地に順一が行くことになることは、まさに“寝耳に水”で驚くと言うより驚愕でした。
「そう… 官房長官に呼ばれて、行って話しを聞いたら… 『局長になってくれ“北方領土・樺太開発局”の局長に…』って。官房長官から直々に。断れないもんなぁ…」
順一は困り果てたような表情で呟きました。
「凄く急よね… 断れないって… その… 開発局て、どこにあるの?」
「まだ完成していないみたいだけど、国後島の古釜布… 古いと書いて、後にお釜の釜、次に布とかいて〝ふるかまっぷ…”そこに置くらしい…」
「聞いても無駄でした… 全然分からない… 知床の直ぐ隣よね… 確か。沖縄島よりも大きい… そのくらいの知識」
「凄いね… 俺は知らなかった… さっき調べて知ったよ…」
「褒めてくれてありがとう… ところで、いつから行くの… どのくらいで戻れるの…」
私は不安が先走り、暗い口調で質問を畳みかけました。
「六月中旬に完成するようだから… 恐らく、去年降伏した同じ日にセレモニーをするんじゃないかなぁ… だとすると五月末から六月頭あたりに行くことになると思う。期間は… 一、二年かな」
順一の口調は、私とは逆に明るく感じられた。案外、移動出来ることが嬉しいのかもしれない。自然が好きだし、大学も北海道だったし。
「何か… 嬉しそうに見えるけど。家を出たいの… 単身赴任が楽しみなの…」
私はつい嫌味ぽく言ってしまいました。また、娘たちの面倒を一人で見る事になるいら立ちが少し出てしまったのです。
「そう聞こえたのなら… 謝るよ… でも、それは勘違いだ…」
順一の表情が話しながら、笑顔から真剣な顔に変わっていました。
「勘違い…」
私は少し怪訝な感じで呟きました。
「そう… これから話す事は、相談… じゃなくて、悪いんだけど… 報告になるかなぁ」
順一の表情が一段と真剣になりました。
「報告… 何… どんな報告…」
私の心は一段と不安に襲われました。
「今直ぐじゃないけど… 議員になる」
順一の表情が少し明るくなったような気がしました。
「議員? 議員って…‼ 国会議員⁉ えっ… えっ なんで?」
今度は、一気に呆気にとられました。
「横須賀に戻った時… 長門総理の出迎えを受けた… その時に政界入りをちょっとだけ勧められたんだ… まぁ、冗談だろうとその時は思ったけど…」
順一は、その時を思い出しているように軽く頷きながら話しました。
「総理から直に… ねぇ…」
私は半信半疑のような口調で相槌をしました。
「内閣府に移って直ぐに、総理と昼食を共にする機会があって、その時に次の総選挙で民公党から出馬して欲しいと言われたんだ。開発局の局長に任命したのも名前を売る為だと…」
順一の表情は、半分困惑しているように見えました。
「そこで『出馬します』って言ったの!」
私は語気を強くして聞きました。
「まぁっさか! その場では『考える時間を下さい』と言っただけ。その時は、直ぐ美香に相談しようと思ったけれど… ある程度の方向性を自分の中で出してから… それから美香に話そうと考えた」
順一は私を真っ直ぐに見て、視線で同調を求めてきたように感じました。
「そして、出ると決めた… そういう事ですか… んん… 立候補は誰でも出来るけど… 当選出来るの… お金だってかかるでしょうし…」
私は生活の不安が先に立ちました。
「民公党が全面的に面倒を見てくれるし、勿論、金銭的にも… そして、恐らく…
潜水艦の艦長達も何人か出ると思う… 属国の悲劇を繰り返さない為に… 潜水艦の艦長達にも声を掛けると… 国防政策を強化したいと言っていたから…」
私の心は最後の言葉で動かされました。
あんな悲惨な経験を二度としたくない。子ども達に苦労を味合わせたくはない。政治家に強い日本を造って貰い、安心して暮らせる国にして欲しいと強く心の底から思いました。
私は、その場で順一の決断を受け入れました。そして、政治家の妻になることを決意しました。
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