第4話 属国民の悲惨

「ご主人… 太田広志さんが… 事故で亡くなられました…」


 日付が変わって寝静まっていたところに、女性の悲鳴のような嗚咽が聞こえ、私は飛び起きました。

声の方向を探ると、姉が寝ている部屋からでした。


「警察から電話で… 広志が… 事故で病院に運ばれたって…」


姉の悲痛な表情から、消え入りそうな弱々しい声で伝えられました。



 搬送された病院で義兄は無くなりました。


「酒酔い運転のロシア人に轢かれて… そのまま2時間も放置されていた…」

姉がうわ言の様に呟きました。現実を受け入れられていないようです。


日本が降伏してから三ヶ月程が経ち、ロシア人、中国人が私のいる田舎でも大勢うろつき始めていました。平穏に住んでくれていれば、何の問題も無かったのですが。


「たっく… たちの悪いロシア野郎が多過ぎる… 死刑だ… 死刑にしろ‼」

父は立ち会っていた警察官に怒りをぶつけました。


「現場から二キロ離れた場所で、自爆して朦朧としていたところを逮捕しました。泥酔状態で… 取り調べはしますが、明日にはロシアの役人が身柄を引き取りに来て…

それで… こちらは終わりです… 補償は国が代わりに行いますので、ご安心ください」

警察官は諦めの顔で父と姉に、慰めのつもりで話したようです。


「金なんかより… 孫のオヤジを返してくれ…」

父はそう言って、廊下の椅子にへたり込みました。


「身柄がロシアの役人に渡った後はどうなるのですか… 殺人犯は…」

私は怒りと諦めを込めて尋ねてみました。


「恐らく… ロシア本国に強制送還になるでしょう。そして、向こうで裁判を受ける… か、どうか… 我々には真実が分かりません」

警察官は下を向いたまま首を横に振りました。


 姉の人生からは夫が、子供たちの人生からは父親がいなくなりました。姉家族の明るく楽しいはずだった未来が、事故から大きく狂ってしまいました。そして、両親と私たち家族にも大きな影を落とすことになりました。



 四十九日法要が終わりました。陽気だった姉と子ども達から笑顔が消えました。


「日本中で同じ事がおきてるんだべぇ… やりたい放題やりやがって…」

父は“外国人犯罪被害者の会”と連絡を取り合っていました。今の状況を変えたくて。

せめて、日本の裁判所で加害者を裁けるようにしたいと運動に加わったのです。


 属国後の日本国内では、こんな理不尽があらゆる所で起きていたようです。何千、何万もの人々がロシア人や中国人達が犯す犯罪の犠牲になり、ほとんどの犯罪被害者とその家族が怒りをぶつける事すら出来ずに、うなだれるしかなかったので。

これが、属国民に待ち受けていた悲惨な現実の一つでした。そして、日本人全員の心は無力さで折れ始めていました。特に、ロシアが統治する東側の方が酷かったようです。


 

 “来週の土曜日、大地震を想定した全国一斉の避難訓練を行います。避難訓練は、日本国内にある全ての公立、私立の学校と全ての職場を休業にして行います。例外はありません。必ず参加をお願い致します…”


「避難訓練がぁ… 降伏しでがらぁ… ここ半年、どごにも行っていねぇし… 属国でも災害はくっぺしなぁ…」

父には避難訓練がいい息抜きのようでした。


「それにても… 大規模ね… 全国一斉に… 会社とか店も全部休みにしてするなんて」

私は属国になる前にも無かった規模の避難訓練に、何か違和感を持ちました。



 日本全国で防災警報が一斉に鳴り響き、スマートフォンには警報音と共に避難指示のメッセージが浮かび上がりました。


「どれ… 避難だ…」

父と母を先頭に、避難所になっている小学校に向かいました。


 避難中といっても、訓練なので緊張感がまるで無い、和気あいあいとした雰囲気が漂っていました。山形の内陸部にある私のいる地域では、津波の心配が全く無いのでなおの事緊張感が無かったのです。

雑談をしながら全員が避難所で待機をしていました。今回は初めて炊き出しの訓練もあったので、日本国民のほとんどが暫く避難所に留まるように指示されていたのです。


 炊き出しのおにぎりを食べようとした時、スマホから大きな警報音が発せられ体育館に響き渡りました。そして、音と共に地震警戒情報が表れました。


「地震だ‼」

警報音から五分程して、気持ちの悪い揺れに襲われ、ギシギシ音を上げる体育館に、今度は悲鳴が響き渡りました。


“緊急地震速報。震源千島海溝付近海底、震源の深さ50㎞…  各地の震度速報… 根室震度7 北方四島震度7から6強… 津波に最大限の警戒をお願いします。大津波が到達します。津波の高さは5m~25m…”


 体育館に居た全員がグラウンドに避難場所を移しました。震度3程度の余震が数分おきに続き、揺れる度に小さい悲鳴が起こり、みんなの表情は恐怖と困惑で固まっていました。

暫くすると、そこかしこから悲鳴と唸り声のような何とも言えない声が沸き起こり始めました。津波の映像が配信され始めたのです。私たちもスマホを取り出し、無言で見つめました。


“知床半島から釧路、根室… 10mから23mの大津波が到達中。更に北海道東岸と青森県下北、岩手県三陸… 予想到達時間は…”

十数年前の東日本大震災の記憶が呼び起こされ、避難している数百人から言葉や悲鳴が無くなりました。大震災を知らない子ども達も言葉を無くし、映像を凝視していました。


 暫く余震は続いていましたが、みんなの感覚が揺れに慣れ始めました。大津波が到達した沿岸地域も、ほとんどの建物がほとんど守られ“日本国内では人的被害が全く無いようです”との報道に安心し、避難所から自宅に戻り始める人たちが徐々に増えていきました。


「奇跡のような偶然よね… 全国一斉の避難訓練中に大地震が起こって、大津波に襲われるなんて… 日本の運は、上向いているのかしら…」


避難所から自宅に戻って、私は日本の幸運を喜びました。


「確かに… 運が好転し始めた… かな?」


悲しみが癒えてきた姉も同調しました。


 私は家族と会話をしながら、心の中で夫に対する不思議な予感が湧き起こり始めていました。

感じ取れたのは、今回発生した大地震と地震発生メカニズムの専門家である夫が、何故か結び付いているような、そんな予感でした。

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