第27話 曇天の旅立ち

天川重工業の会見以来、コウイチロウは誰かの視線を感じるようになり、ひとまず秘密基地を駆け込み寺にした。ライザに事情を話したコウイチロウは自宅に帰るとすぐさま転星システムを起動し、ライザの元へとやってきた。


「よーう。コウ君。久しぶりだな!」

「悪い! ライザ! 日本じゃ隠れるところがなかった!」

「良いってことよ!ところでそのスターゴールドの件、今どうなってんの?」

「会見以降監視はついてるっぽいしスターゴールドとスターレッドの快進撃は続くしメディアはそれ一色さ」

「ま、今のところ一般人が受け入れ態勢なのも無理はない。実害がないからな。むしろ犯罪が減って喜ばしいことだろう」

「だが、あの社長には危険な香りがする」

「それについては同意見だ。だがそんなことは知る由もないな」


ライザのいう事はもっともだ。今のところコウイチロウ以外にとってはなんのデメリットもない。それどころか新しいヒーローの誕生に沸き立っていることだろう。


コウイチロウが心配していたのはむしろカレンだった。テンカワ ソウイチ氏がスターゴールドの正体と気付いてしまったカレンは相当にショックを受けていた。無理もない。コウイチロウの話が本当なら社長の目論見に加担しているのかもしれないからだ。


「とにかく、ここからなら好きなところに飛べる。入浴中を避けて好きなところへジャンプするといい」

「ああ、そうさせてもらうよ。しばらくはここが起点になりそうだ」

「私はここから動くことが出来ないからな。せいぜいサポートに徹するよ」

「心強いよ、実際。今回は下手したら本当に味方がいなくなるかもしれない」

「スターレンジャ―達は?」

「戦いに連れ出すのはちょっとな。ただ確かに同じく心強い味方ではある」

「やれやれ。私が言うのもなんだがコウ君はお人よしだな」

「よく言われる」


コウイチロウは言い終わると同時に大きくため息をついた。



====================


その頃、地球では着々とスターレッドの配備及びスター装備の生産が始まっていた。


「いやー、壮観だね。僕が子供の頃憧れた戦隊ヒーローについになることが出来たんだ」

ソウイチは眼下を流れるスター装備の生産ラインを見ながら言った。

「ただ、僕としては赤がリーダーで5色というのが実現できなかったのが唯一悔やまれる」

「これは、ヒーローごっこではないぞ。ソウイチ」

「分かってますよ。父さん……」

「ザイゼン氏のバックアップもあって今や天川重工業の株価は連日ストップ高。おまけにこの装備が量産の暁にはもう日本が世界の顔色を伺うことも必要なくなるだろう」

「ええ。世界はスターゴールドによって導かれるのです」

「楽しみで仕方ないな。ソウイチよ。ククク……」

「父さん。その笑い方じゃ、悪の親玉ですよ。僕たちはなんです」

「フフフ、そうだったな」


====================


「さて、いつまでもこうしていても仕方ない。どこに飛ぶのがいいかな」

「社長をイメージできるならそこへ飛んでいって『操作』してしまうのが一番手っ取り早そうだが」

「意思は堅そうだったし、そうなるとずっと近くにいないとなぁ。副社長にも使ってしまうとそれこそこっちのストックがなくなるし」

「コウ君が地球に縛り付けられるのは困るぞ!」

「ウーン…世界に宣戦布告でもすれば大義が出来上がるんだが、まだそんな段階でもないだろうし」


「それならいっそ調星業を進めてみるか? 有益なスキルが手に入るかもしれないし。最悪1ヶ月経ったら戻ってくればいい」

「地球の様子はどう観測する?」

「星の一族に選ばれし仲間たちがいるじゃないか。通信機を渡しておこう」

「それはな……」

コウイチロウはこの戦いに彼らを巻き込んでいいものかどうか逡巡した。


「私とて彼らを無理に戦わせるつもりはないさ。各々事情はあるだろうし。ただコウ君の不在中の連絡係としての関わりならどうだろうか?」

「それと、脅すつもりはないが、彼らもスターレンジャーの一員として狙われないとも限らない。転星システムは彼らにも有効なのだからいざという時の避難所にもなる」


「一応、聞いてみるよ。それぞれの所へ行って」

「ああ、吉報を期待しておく」


コウイチロウはまず、ダイスケの元へ向かった。

「よし、何とかダイスケが住んでるマンションの前に出られた」


コウイチロウはダイスケの部屋のインターホンを押すと、ドアの前で待機した。程なくして応答があり、案内されるまま中へと入った。


「いきなりでびっくりしたよ。今日は何か?」

「最近、誰かにつけられているような気配はないか?」

「いや……特には。例の天川がらみか?」

「そう。俺には何人かついてたみたいだ。撒いてきたが」

「職業柄かもな」

「職業柄?」

「俺は今、元警察官のコネを利用して探偵の真似事をやってるんだ。尾行の練習もしたんだぞ」

そういうとダイスケは少し笑った。


「尾行されてたらなんとなく分かりそうだから今はいないんじゃないかな」

「そうか……。ダイスケ。ここからは少し重要な話なんだが」

「なんだ急に改まって。らしくないじゃないか」

「俺はまた、しばらく地球を離れるかもしれない。その間、前に少し話したライザとの連絡係をお願いしたいんだ。何か異変が起きたらでいい。その時は……」

「おう、いいぞ! で、どうやって?」


まさか二つ返事とはコウイチロウの想定外だったので、しばし沈黙したコウイチロウだったが、すぐに気を取り直してライザから預かった通信機を渡した。


「腕時計型だ。これでココのボタンを押して話しかければいい。一応マナーモードもついてる」

「フッ、なんだソレ。星の一族でもマナーとか気にするんだな」

「タイミングによっては役に立つ」

コウイチロウも少し笑いながら答えた。


「それじゃ、悪いけど宜しく頼む!」

「ああ、任せとけ!」


コウイチロウはダイスケと別れるとすぐさま秘密基地へ戻った。


「割とあっさりOKをもらえたよ。次はケンゴの所へ行ってくる」


「ケンゴは確か実家兼道場住まいだったな。うむむ……」

コウイチロウが目を開けると希望通りの場所へ飛んでいた。

「やはり転星システム、侮りがたし……」


古風な門構えの一軒家の前でコウイチロウはインターホンを鳴らし、待機した。

『はーい。どちら様でしょう』

出てくれたのはケンゴのお母さんらしい。

「俺です! ホシザキ コウイチロウです!」

『あら、ホシザキ君! 久しぶり! ちょっと待っててね』


『おお、コウイチロウか。家に来るのは久しぶりだったな。茶でも出す。まあ、上がってくれ』

そう促されると、コウイチロウは玄関から客室へ案内された。


「それで? 今日はどういった用向きでここに?」

「ああ」

コウイチロウはダイスケと同じ切り出しでケンゴにも尋ねた。

「ふむ。特に気配は感じないが」

「そうか、それともう一つ」

またしても同じ内容で連絡係を依頼した。


「なんだ、そんなことぐらいお安い御用だ。その通信機とやらを置いて行ってくれ。おかしな様子になったらいつでも連絡する」

「通信先のライザという奴は軽いし変な奴だから気を付けてくれ」

「ふむ? 気を付けよう」

「じゃあ、宜しく!」

「相変わらずせっかちな奴だ。茶ぐらい飲んで行け」

「ああ、そうだな。ズッ……あっつ!!」

ケンゴはため息をついてコウイチロウを見送った。


「次はマオか。家にいるかな。かといって入浴中は怖いし……。対象の5m向こうとか指定できないかな」

「実験は何事にも大事だぞ! 一回やってみてくれ」

ライザは少し楽しそうにコウイチロウに促した。


「マオの5m先……」


コウイチロウが出たのはどこかの街角らしい。5mほど先でマオが撮影をしている。どうやら実験は成功の様だ。しばらくするとこちらに気付いたマオが監督らしき人と話し合った後、こちらに駆け寄ってきた。


「どうやってここに来たの……? ストーキング?」

「前に話した転星システムだよ」

「ふーん……?」

マオにも同様に気配について尋ねてみた。


「正直、今も何人かいるよ。職業柄」

「また、か……」

「カメラマンかもしれないし、一般人かもしれないしストーカーかもしれない」

「特定は難しそうだな。別の意味で注意してくれ」

「襲ってきたら返り討ち。私より先に地面と仲良くなることになる」

コウイチロウは背筋に寒気を感じた。


「そ、そうだ。もしよかったら日本の様子をライザって奴を通じて俺に教えて欲しいんだが。何か異変が起きたらでいい」

「何それ。通信機? かっこいい……」


マオの瞳がギラリと光っている。コウイチロウはマオの趣味は理解できんとばかりに聞こえないふりをした。


「OKということでいいかな?」

「コウイチロウの頼みなら仕方ない」

「ありがとう。助かるよ」


さて……最後はカレンか……。


コウイチロウは敢えて後回しにしていたが、カレンは今回の依頼に最も重要で、且つ最も頼みづらい相手だった。理由はもちろん、彼の夫であり、天川重工業副社長であり、スターゴールドであるという、テンカワ ソウイチ氏によるものだ。


コウイチロウは意を決して、カレンの元へ飛んだ。監視カメラがあるかも知れないのでできるだけ近くをイメージして。今は日本で16時ごろだ。入浴は大丈夫だろう。


「キャッ!」

突然現れたコウイチロウにカレンは短い悲鳴をあげた。どうやら晩御飯の準備中だったらしい。


「な、なに!?どういうこと!?」

「すまない。カレン、前に話した転星システムだ」

「ビックリするから次は先に連絡して!」

「そういえばそうだ。先に連絡をいれとけば良かった」

「用件は……想像つくけど一応。何?」

監視については流石にテンカワ夫人に聞く必要はないだろう。コウイチロウは通信機を手渡した。

「俺はまた地球を離れる。その間日本の様子を知りたい。別にスパイをやってくれというのではないんだ」

「……ええ。何かあったらすぐに連絡するわ。ね」

「ありがとう。応答するのは俺じゃなくてライザという奴だ。すまないが宜しく頼む」


「いってらっしゃい。……気を付けてね」

「ああ」


そうして、コウイチロウは短く切り上げ、秘密基地へと戻った。


日本の空はコウイチロウの心を表すかのようにひどく湿り気を帯びた黒い曇り空だった……




地球動乱編 完

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