第17話 雨に踊れば

次の日の朝、コウイチロウは頭痛と共に目が覚めた。

たしかじいさんが長年かけてため込んだ秘蔵の酒とやらを空けだしたところまでは記憶にある。つまみは魚の塩漬けだ。軽い発酵臭があるが、食べてしまえばどうということはない。むしろ、クセの強いじいさんの酒にはぴったりだ。


ばあさんとの思い出話や全裸で瞑想するようになった経緯、この星の事情など色々突っ込んだ話をしたように思う。明らかな不審者である(お互い様だが)俺にベッドまで貸してくれて、最初に出会ったのがここのじいさんで本当に良かった。コウイチロウはつくづく自分の運の良さに感心した。


「あれ、じいさん?」

コウイチロウが下の階に降りるとじいさんの姿はなく、家中から人の気配が消えていた。


「不審者一人家に置いていくなんて無用心なじい様だな」

「おう、目が覚めたか。自分の名前ぐらいは思い出したか?」

ドアを開ける音と共に、全裸のじいさんがのっそりと入ってきた。


「じいさん、いくら人気ひとけが無いからって…」

「ワシの日課じゃ! それより名前は思い出したか?」

「あ、たぶんコウイチロウです」

「そうか。ワシはゼイドじゃ。なんぞ変わった名前じゃの」

「そうかも知れませんね。ハハハ 」

コウイチロウは乾いた笑いをゼイド爺さんに振りまいた。


「ところで、これからどうするんじゃ?」


しまった。何も考えてなかった。適当に散策しながら星の一族を探そうかと思っていたがよく考えたらアルデオサ村のような拠点がない。住人を『操作』すれば話は早いができるだけ枠は空けておきたいのと、倫理的に避けたいところではある。


「なんじゃ、なんも考えとらんかったんか。じゃあワシのところで住み込みで働いていくか?」

「え? いくらなんでもそこまでは甘えられないよ」

「構わん、ワシは近くの湖で漁師をしておるんじゃが人手が足りんでの」

「雨の星で漁師!? 危なくないですか?」

「5000年かけて治水は対策しとる。もはや湖というより養殖場じゃな」

「そう言うことなら……お言葉に甘えようかな」

「言葉には甘えてエエが仕事は甘えるなよ」

ゼイド爺さんは少し意地悪く笑った。


「仕事さえ手伝ってくれりゃ、後の時間も家も好きに使ってエエ。どうせ盗まれて困るようなもんなんぞないからの」

「ゼイドさん……本当に助かります! ありがとうございます!」

「そうと決まれば早速漁場に向かうか!」

「はい!」

ゼイド爺さんに伴われてコウイチロウは近くの湖へ向かった。だが、見えてきたのは湖というよりは巨大なドームだった。


「このドームと上流のダムによって水の流入は一定に保たれておる。中の足場は滑るから気をつけろ」

「なんてでかいドームなんだ……」

「ここも昔の文明の名残なんじゃろな……。ワシが生まれるずーっとずーっと前からあった様じゃ」

街並みや文明レベルこそ中世風ではあるが、先史文明の名残を上手く活用して生活しているのが現在の住民なのだろうか。


「さて、コウイチロウ。そこのレバーを引いて水門を開けてくれんか」

コウイチロウは言われた通りにレバーを引くと水門が開き、四角い穴に大量の水と共に魚のような生物が吸い込まれていく。


「クランクを回して網を引き揚げてくれ」

よく見ると四角い穴には網が設置されており、クランクを回すと上部が閉じて引き上げられていく。網には数十匹の網がかかっている。ゼイド爺さんは自分の目線ほどの高さに引き上げられた網の底を手慣れた様子で引きほどいた。下にはコウイチロウが引いてきた台車が置いてあり、それを目がけて勢いよく魚が飛び出していった。


「二人の方がやはり効率がええのお。婆さんと二人の頃を思い出すわい」

「思ってた漁業とだいぶ違うけど、肉体労働には違いないね」

「この魚を街の中心まで運ぶのがまた腰に来るんじゃ」

ゼイド爺さんは網の底を結びなおすと再び四角い穴に設置した。もう何年ものルーティーンで体が勝手に動くのだろう。


そして、先ほど引いたレバーを元に戻すと今度は反対側の水門が開き、水が排水されていった。


「じゃあ、また俺が台車を引きますね!」

「おぉ、助かる」

ゼイド爺さんは腰をトントン叩きながら歩き出した。


帰り際、ゼイド爺さんはドーム脇に自生していた薬草を拾ってバッグに詰め込んでいた。

「コウイチロウも少し拾っておいてくれ。こっちの草は腰に効くんじゃ。残りは街で卸す分じゃが貴重な稼ぎでな」

「了解!」


二人が家に戻る頃にはおそらく昼と思われる時刻になっていた。というのも雨が降り続くので、空を見上げてもだいたいの時刻すらつかめない。わかるのは昼夜ぐらいのものだ。


「さて、一旦飯にしてから街の中心部へ行こう」

今日の昼食は魚フライとキャベツのような野菜を挟んだサンドイッチだ。もちろんコーヒーも忘れない。


「ワシはそんなに食わんから遠慮するなよ」


絶望していてもいい人じゃないか!この星の人がみんなこんな感じだといいが……。


昼食を食べ終わると二人は街の中心部に魚を卸しに向かった。そこで紹介されたのは魚屋のランドだ。ふっくら体系で鼻の下にちょび髭を伸ばしている。


「よう、ゼイドさん! そこの若者はどちら様だい?」

「昨日から家で住み込みで働いてもらっておる、記憶喪失のコウイチロウじゃ」

「よ、宜しくお願いします」

「記憶喪失とはまた難儀な……。ゼイドさんに迷惑かけなさんなよ」

「は、はい……」

「じゃ、ゼイドさん。これ魚の代金。10000レーンだね」

「よし、コウイチロウ。5000レーンとれ」

「半分ももらえないよ!」

「今日の実働はほとんどコウイチロウみたいなもんじゃ。もってけ!ワシはもう家に帰る。お前は色々街の人に聞いて回るとええ」

ゼイド爺さんはコウイチロウに半ば強引に5000レーン紙幣を手渡し、家へと戻っていった。


「ランドさん、ゼイド爺さんてなんであんないい人なんですかね?」

「なんでも10年前にカミサマを見たんだと。ちょうど婆さんを亡くしたのと同じ時期でな。何かに目覚めちまったようだ」

「カミサマ……か……」


「あ、ところで星の一族って知ってます?」

「うーん。よくわからないなぁ」

「ご協力感謝」


その後コウイチロウは同様の調子で町の住人に訪ねて回ったが、これといった収穫は得られなかった。


これは手間取るかもしれん……。


頭を悩ましながらゼイド爺さんの家へ戻ってきたコウイチロウだったが、その目に飛び込んできたのはまたしても全裸で、しかも踊るような動きをしているゼイド爺さんだった。


「今度は何事だい?」

「カミサマに祈っておるんじゃ。雨をそろそろ止めてくれませんか、とな」

「カミサマって何かの宗教かい?」

「いや、ワシは実際にこの目で見たんじゃ。西の空を雲を切り裂きながら飛んでいく人のような物体をな」



これはもしかするともしかするのか……?


コウイチロウは詳しく話を聞くことにした。

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