第16話 雨と無知
例によって光の中から現れたコウイチロウは、早速前回の反省会を生かして『変化』を使用することにした。
『
コウイチロウの姿が現地の一般的な姿に変わっていく……!
現れたのは布製の衣服と分厚いフード付きコートをまとったごく普通のコウイチロウだ。これまた例によって鏡がないので顔までは確認できない。少なくとも女体化はしていないようだ。
そして、事前の情報通り雨が降っている。ただ土砂降りという風ではなく、シトシトと小雨がただただ降り続いているのであった。
とにかく情報収集をしないとな。今回は幸いどこかの街の裏通りに出られたようだ。
石畳の道路の裏道らしきところから道が広くなる通りへ向かってコウイチロウは歩き出した。雨降りのせいか人通りはなく西洋風の家々が立ち並ぶ通りもまるでドラマや映画のセットのように見えてくる。
しばらく大通りを歩いていると街の外れが見えてきた。この街はかつて城塞都市だったのだろうか、分厚い壁と大きな門が外敵の侵入を拒んでいる。門のそばをよく見ると誰か立っているようだ。見張りだろうか。コウイチロウは声をかけようと近づいた。
……え。全裸で何してるのこのおじいさん。
「あのー。すいません。話しかけて大丈夫ですか?」
「はぁ、なんじゃろ」
……怪しすぎる。『操作』しておくか。質問が終わったら解除しよう。
質問に素直に答えてくれ!
「あなたは全裸でここで何を?」
「こうしておるとな、雨に打たれて気持ちがいいんじゃ。どうせ雨で誰も外に出てこんしな」
帰ったらライザに謝ろう。ナチュラルに、全裸で雨に打たれている人がいるとは。そして教えてやろう。異世界は想像以上に広大だと。
「そうですか。でもさすがに裸はまずいのでは?」
「そうじゃな。まあこの辺りじゃ誰も気には留めんよ」
「というと?」
「この星の住人はな。生まれた瞬間からずっと全てを諦めて生きておるんじゃ」
「いくら何でも全員が全員そんな生き方ではないでしょう」
「お前さん珍しく目に光が宿っておる。不思議な青年じゃの」
意外に鋭いじいさんだった。悪い人じゃなさそうだし解……あ、一応。
「おじいさんは星の一族について何か知っていますか?」
「はあ、聞いたこともないの。なんじゃそれは」
よし。解除っと
「おお、若者よ。暇なら家に来んか? 寂しい年寄りの話し相手になってくれ」
「ちょうど、俺も色々伺いたいことがあったんですよ。お邪魔していいですか?」
「おお、ええとも、ええとも。こっちじゃ」
じいさんは手招きするとすぐそばの一軒家へ入っていった。どうやら家の中で服を着たようだ。
「いやあ、実は俺ちょっと転んで軽い記憶喪失になってるみたいで。ここがどことか聞きたいことがたくさんあるんですよ」
「記憶を失ったにしては軽い男じゃの」
じいさんはコウイチロウの顔を怪訝そうに覗き込んだ。
……しまった。記憶喪失はやや無理筋すぎたか。
「まあええわ。何を聞きたいんじゃ? ……とその前に紅茶がええかの。コーヒーがええかの?」
紅茶にコーヒー?異世界にそんななじみの飲料があるのか?まあ、『変化』があれば飲めないことは無いだろう。
「いいんですか?」
「来客にはどちらかを出してもてなす。常識じゃぞ?」
「そうなんですか。じゃあコーヒーをお願いいします」
「子供でもどちらかは出すんですか?」
「年齢、性別関係なく出すものは決まっとる。」
じいさんはストーブらしきものの上で湯気を吐いていたやかんの様なものから黒い粉が包まれた紙の上へ注いだ。下にはカップが設置されており、ここまでは地球のものと大差ないように思える。
「ほれ、あったまるぞ」
「おいしい……!」
コウイチロウの知っているコーヒーとはいささか味や香りが違うがそっくりな飲み物ではある。特にこの星は雨が降り続く影響か気温が低く、こういった温かい飲み物がもてなしに用意されるのだろう。
「さて、用件はなんじゃったかな」
「まず、ここはなんていう街なんです?」
「ここか? ここはメニウェットじゃ」
「メニウェット……。さっき言ってたみんなが全てを諦めているというのは?」
「記憶喪失とは恐ろしいものじゃのう……」
「ええか?この星にはこのモーイスト、レイセゾン、ヒューミッド、プリューイの4つの大陸がある。これら全て【大穴】に向かって流れ込んどるのは知っとるな?」
でた!【大穴】!さて、どういう事だろう。
コウイチロウは思わず身を乗り出した。
「なんじゃ、それも知らんという顔をしとるの。ほんとにお前この星の人間か?」
コウイチロウの背中に冷たい汗が流れる。
「フフフ、冗談じゃ。」
「この星ではそもそも5000年前まで豊かな豊かな星じゃったそうじゃ。それもこれもアムディスと呼ばれる気象システムによって完全に制御された天候のおかげだった。ところが、5000年前、突如としてアムディスが暴走なのか故障なのか天候を雨に設定したまま【大穴】に沈んでしもうた」
「アムディスそのものの自動制御に頼り切っておった当時の人間には【大穴】に潜る技術もないのでただなすすべなく天に祈っておった」
「そもそも【大穴】って何だったんですか?」
ここまで真剣に聞き入っていたコウイチロウが口をはさんだ。
「さあなぁ、アムディスの打ち上げ装置だったとも巨大な地下施設だったとも言われておる。その何らかの施設の蓋が何らかの原因で消失したともな。そして今では【大穴】に向かって全ての大陸がゆっくりと流されておる。降りやまない雨のせいでな」
そうか。そういう事情なら全ての人が失意の中暮らしていてもしょうがない。
「実際に幾つかの大陸が流れ込んでしまったようじゃ。そして、大陸を追われた人間とさらに外側の大陸の間で大きな戦争が繰り返された」
じいさんは身振り手振りを交えて人形劇のように語ってくれる。少し気乗りしてきたようだ。
「街の外壁がでっかい要塞のようじゃったろ? その頃の名残ともいわれておるな」
コウイチロウはしばし考え込んだ。
何かおかしい。そもそも星の一族がこの星に関与している様子がない。支配するメリットが薄いからか?
じいさんの話を聞いていると外がやがて薄暗くなっていった。
「じいさん。済まないけど自分の家が分からないんだ。今晩だけ泊めてもらえないかな」
「おお! ええぞ! 久しぶりの客人じゃ!」
「ありがとう、じいさん!」
こうして、コウイチロウの初日は謎のじいさんの家で更けていった。
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