第18話 雨、見つけ出した後

「ゼイド爺さん、さっき言ってたカミサマのことなんだけど」

「なんじゃ? 信じられんか? ま、ワシも今となっては半信半疑じゃがの」

「もう少し具体的に聞きたいんだ。もしかしたら俺の記憶の手掛かりかもしれない」


「ふむ。……あれは、10年前じゃったかのう。ちょうど婆さんを亡くしてなーんもやる気が起きんとボーッと空を眺めとったんじゃ」

「眺めても眺めても雨。生まれた頃から何にも変わらん空じゃ。ワシは絵本で見た青空とやらを見てみたくなってここらで一番高い山に登ってみた」

「年寄りの体には結構堪えたが自暴自棄になっとったのかもしれんな。途中で帰ろうとは思わんかった」

ゼイド爺さんは語り始めると盛り上がるタイプのようだ。当時を思い出しながらゆっくりと語り始めた。


「山を登り始めてしばらくすると雨のせいで体が冷えて立ち往生してしもうた。小さいころから山には近づくなと教えられとったが身をもって恐ろしさを味わった。腹は減るし視界は良くないしのお」

「じゃが、これで婆さんの元へ行けるのかと思うと不思議と恐ろしい気分は無くなっていった」


臨死体験という奴だろうか。肉体の苦痛を和らげるために脳が沈静物質を分泌するというのは聞いたことがある。


「俺の目の前にいるゼイド爺さんは幽霊だったってオチは無いですよね?」

「フフフ。話し終わったらこの屋敷も廃墟になっとるかもしれんぞ」

割とノリノリである。


「そう。死を覚悟したまさにその時じゃ」

「雨が止んだような気がしたんじゃよ。もちろん周りを見回すとシトシトと雨は降り続いておる。ところがワシのコートは水滴が付かなくなっておった。そして空を見上げると雲に切れ目が出来ておったんじゃ」

「ワシは絵本でしか見たことのない青空っちゅうもんを見た気がした。雲の切れ目はまさに絵本のように青く澄んでおった」

「じゃが、雲の切れ目はどんどん塞がっていきおる。ワシは婆さんへの冥途の土産話と思って最後の気力を振り絞り、雲の切れ目を追った。そしたらいつの間にか下山しておった、ちゅう訳じゃ」


ふぅ……。これが星の一族の仕業だとするとまさに雲を掴むような話だな。


「それ以来、ワシはカミサマに生かされておると思い仕事も再開したし、困っているものがいればなるべく施してやるようにした。祈りを捧げ始めたのもその頃じゃな」

「俺がゼイド爺さんと出会えたのもそのカミサマの思し召しってやつかもしれない」

「ワハハ、そうじゃな! そういう事なら今夜も乾杯と行こう! カミサマとこの出会いに!」


俺が感謝したいのはカミサマなんかじゃなくゼイド爺さん。あんたにだ。ほんとにありがとう――


コウイチロウは注がれたグラスを持ち上げゼイド爺さんと乾杯した。


――次の日、コウイチロウは爺さんと仕事を終えると、『分身』も使用して聞き込みを開始した。ただし今回は、星の一族に加え、『カミサマ』のような存在についても聞いてみることにした。


すると、配管工事のユーゴ、酒場の娘エミリーなどからポツポツとそれらしき存在の話を聞けた。


彼らの話を総合すると『カミサマ』の特徴が以下の通り浮かび上がってきた。


・まず、『カミサマ』を見たものは大小問わず命の危険にさらされている

配管工事のユーゴは作業中に足を滑らせ、川を流されている。治水が万全とは言え、流れは速く、一時は死を覚悟したそうだ。

酒場のエミリーは落石に遭遇し、走馬灯が走ったと言うが、結果、石に衝突することなく、難を逃れている。その他にも水難事故や遭難事故、いずれの体験者も死線を越えている。


・次に、その助かった方法だが、一見すると奇跡の類に見えなくもないが、大抵は何か不思議な力が意図的に働いているように思われる。川の流れや落石をコントロールしているように感じる。


・そして、その助かった者達は空に浮かぶ不思議な人の形をした物体をみている。


これらの目撃談がここ10年の間に集中しているのだ。偶然ということはないだろう。しかし問題は、出現時期の特定が難しいという点だ。命の危険にさらされた者の中にもそんなものは見たことがないという者もいた。


そんな調子で朝は漁師、昼は探偵まがいの生活を一週間ばかり続けたが、どうにも星の一族の尻尾がつかめない。情報は増えていたが内容自体は特に増えていなかった。


いっそのこと死にかけて見るか……? いや、だめだ。そんな丁半博打のような真似はできない。


「どうじゃ、なんか掴めてきたか?」

ゼイド爺さんが全裸で話しかけてくる。もう一週間も一緒に住んでいると慣れたものだ。


「爺さん、俺もお祈りしてくるよ!」

コウイチロウは半ばやけくそで上半身だけ裸になって外へ飛び出した。流石に全裸は気が引けたようだ。


コウイチロウは雨の中で空を見上げて両手をかざした。


「おおーーーーい! カミサマーーー! あんたどこにいるんだーっ!」

大声は空しく空に吸い込まれたように見えたがその時、コウイチロウの視界を鳥ではない何かが横切った。


「っ!!!」

コウイチロウはその何かを全力で追った。しかし、コウイチロウが全力で追ってもぐんぐん離されていく。かなりの速度で飛行しているようだ。『操作』しようにも目が合う距離ではない。


「くっ……、はぁっ! はぁっ……! 逃がしたか……!」


コウイチロウはすぐさまゼイド爺さんの家に帰り、謎の物体が飛んでいった方に検討をつけた。


「爺さん! この星の地図ってある!?」

「どうしたんじゃ、血相変えて」

「カミサマを見たかもしれない!」

「おお、大陸移動で多少変わっとるかもしれんが一応あるぞ。これでエエか?」

「よし! これ、書き込んでいいかな!?」

「構わんぞ。同じものはいくらでもある。持ってけ」

「ありがとう! ええと……見たのがここで……飛んでいったのがこっちか……?」

「ユーゴがここでこっち、エミリーがここでそっち」

コウイチロウは大急ぎで今見たものとこれまでの情報を書き込んでいく。


「飛んでいく方向が多いのはこっちか……」

「爺さん! この大陸はなんて名前だっけ?」

「これは、レイセゾン大陸じゃの」

「どうやって行けばいいかな?」

「ワシらのいるモーイスト大陸とは今は地続きになっておる。歩いてでもたどり着けるじゃろ」

「わかった。……爺さん」

「ああ。わかっとる。気を付けて行くんじゃぞ」

コウイチロウはこくりと頷くと地図を手にした。


「短い間だったけど、本当にお世話になりました! 雨が止んだらまた会いに来ます!」

「ハハハ、期待せずに待っておるよ」

「じゃあ、行ってきます!」

「待て! 今日までの駄賃と弁当じゃ!」


ゼイド爺さんはコウイチロウに35000レーンと魚のフライサンドを手渡した。

「じゃあな。また魚運んでくれるのを楽しみにしとるわ」

「……本当にありがとうございました!」



コウイチロウは深々と頭を下げ、ゼイド爺さんの家を後にしたのだった……。

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