第14話 天川重工業副社長とそのご家族

「やあ、久しぶりだな! コウイチロウ君!」

「お久しぶりです! テンカワさん」

コウイチロウは宴の翌日、お礼行脚も兼ねて帰還報告をするために天川重工業を訪れていた。お相手はゴーストン撃退の影の立役者でもある天川重工業副社長、テンカワ ソウイチ氏(35歳)である。


黒革の艶が美しいソファに案内され、ガラス張りのセンターテーブルには美人秘書がお茶を差し出してくれる。絵にかいたような一流企業の役員室。

普段の生活では全くご縁の無い空間に少し気圧されたコウイチロウだったが、テンカワ氏の力添えでゴーストン首領ギベオンを仕留めたこと。その後の顛末を要約して話した。


「そうか、相変わらず一般人には想像もつかない生活を送っているな。コウイチロウ君は」


一般人……?


コウイチロウは先ほど自分が受けた印象と全く同じ言葉が相手の口から出たのを可笑しく思い、苦笑した。


「カレンからも聞いたよ。帰ってきて開口一番『コウイチロウが生きてたの!』だからな」

どちらかと言うと普段はクールビューティーを気取っているカレンからは余り想像ができないセリフにコウイチロウは驚いた。


「興奮して要領を得ないのでコウイチロウ君に直接聞いた方が早いと思って適当にきりあげたよ」

「そうですか……。ともかく、ギベオンの侵略を防げたのはご協力いただいたおかげですから。本当にありがとうございました。社長の反対も押し切ったとか……」

「それについてはいいんだ。我が社の製品の売上増につながったからな!」

テンカワ氏は誇らしげに胸を張った。

「それは何よりです」

「そうだ、コウイチロウ君に相談というかお願いがあるんだが」

「なんです?」

「君のグッズを関連会社で作りたいんだ」

「はぁ……。お、俺の?」

「そう、君を地球を救ったヒーローとしてプロデュースしたいんだ」

「いや、俺今事情があってあまりこの国にいないんですよ。それにあんまり表に出たくないというか……」

「なるほど、では謎のヒーロー『スターレッド』というのはどうかな。これなら君が表舞台に立つ必要もない。ちなみにロイヤリティはこのぐらいを考えている」


テンカワ氏はおもむろに書類を取り出しコウイチロウに見せた。


「いや、ロイヤリティだなんて……え!!?」


コウイチロウは書類に並んでいる0を数えるのに苦労した。見たこともないカンマの数だ。


「こ、これって……、一、十、百、千、万……億、ご、50億!!? 無理無理! 受け取れないっすよ! こんな額!」

「コウイチロウ君。君は地球を救うために1年以上も戦い、そして勝利したんだ。その報酬としては安いぐらいだよ。それにメテロルの討伐報酬さえ投資していたじゃないか。これは正当な報酬だ。誰も文句なんか言わないさ」

「いや、しかし……」

「これは天川重工業の一存ではなく、支援企業群の総意だ。頼む。受け取ってくれ」

「そういう事でしたら、討伐報酬分を差し引いて、侵略生物被害者財団にでも寄付しておいてください。その報酬だけでも『力』の対価としては十分です」

「本当に欲がない男だな、君は。ではそのようにしよう。この書類にサインと拇印を」

「これでいいですか?」

「ああ! ありがとう! 漫画化やアニメ化、考えただけでもワクワクするね。もちろんスポンサーは天川重工業! CMにはマオ君を起用したりしてな! ハハハ」


天下の大企業が考えることはすごいな……


「あ、そうだ! カレンと娘のイノリにも会っていってくれよ! めちゃくちゃ可愛いけど嫁には出さんからな!」


……まだ1歳にもなっていないはずだが娘の父親ってそんな感じなのかな。


「わかりました! 本当に色々ありがとうございました!」

「よしてくれよ! 水臭い! いつでも会いに来てくれよな!」

「はい! それじゃ!」



ピンポーン

コウイチロウが緊張の面持ちでドアホンを鳴らす

『はーい、コウイチロウ君ね? 今開けまーす』

ドアホンからはカレンの声だ。恐らくこちらの様子はカメラで見ているのだろう。


「お待たせ! さあ、上がって!」

「お、お邪魔しまーす……」

コウイチロウがキョロキョロするのは無理もない。ドアを開けた瞬間からアニメの中に飛び込んだかのような豪勢なつくりの広々とした玄関。靴を何足収納するつもりなのかと聞きたくなるシューズボックス。風景画だろうか、絵画が飾ってあるが悪趣味さを感じさせないのは一流のセンスといったところか。


そもそも、玄関にたどり着くまでに門を一つ越えている。コウイチロウは初めて転星をした時のような興奮を覚えていた。


「カレン、お前は何星人になったんだ」

「何を馬鹿なこと言ってんのよ。さ、こっちこっち」

ホールを抜けて1Fリビングに案内されたコウイチロウの目に飛び込んできたのは、子供用の柵に手をかけてこちらを見つめている小さな小さな女の子だ。


「あーーーい」

「我が家のアイドル、イノリちゃんでーす♡」

そのアイドルは見慣れぬ生物の登場に顔を背けてハイハイで逃げてしまった。

「あら、ゴーストンがやってきまちたねー。ママが退治しまちゅからねー」

ママがゴーストンコウイチロウを殴る素振そぶりをすると、イノリちゃんはキャッキャと嬉しそうに屈伸のような動きを繰り返した。クールビューティの姿はそこにはなかった。


「イノリちゃーん、おじさんがコウイチロウですよー」

不思議と顔が緩んでいるのが自覚できる。そして今絶対に鏡を見てはいけない気がする。テンカワ氏が去り際に言った言葉を今なら理解できる。


「どっちかというと父親似か?」

「女の子は父親に似るって言うしね」

「今、いくつだ?」

「もうすぐ1歳よ。歩き始めて大変」

「すっかりお母さんだな」

コウイチロウは途中で離脱したカレンの事を恨む気持ちはさらさら無かった。むしろ新しい命を紡いでくれた感謝でいっぱいだった。


「カレン、元気に育ててくれよな」

「あったりまえよ! 侵略者だってぶっ飛ばすぐらいに育てなきゃ」


その後はひとしきりイノリちゃんと戯れ、カレンと世間話をしたコウイチロウだった。


「んじゃ、そろそろ行くよ」

「また新しい転星とかいうの?」

「そう、少なくとも1ヵ月は地球を離れる」

「なんで、あなたがそんなに頑張らなきゃいけないのか知らないけど、命だけは大事にね」

「ああ、わかってる」


そういうとコウイチロウはテンカワ邸を後にしたのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る