2年晩秋【友達】

 十一月三日(晴れのうち雨)


「千里さん、友達を解消しましょう。そしてオトモダチになりましょう」

「は?」

 思わずそんな声が出た。無理もない。私はリネカの発言で混乱状態に陥っていたのだから。

「何が違うかわからないんだけど」

 リネカはフフフって笑っているけど、私何か変なこと言った?声には出さなかったけど心の中で反論してみる。

「いいえ、フフ、そうですね」

 真剣な私の顔を見て笑っているのは失礼と感じたのか笑い声は収まったがやはりまだ目が笑っている。私にはリネカが笑っている意味が分からない。今までも彼女のことで分かったことなんてほとんどないのだけれど。

 そもそも一年生のあの時、友達になろうと言ってきたのはリネカの方なのだ。

 そんなことを思っているとリネカは説明してくれた。

『オトモダチ』とは友達で当たり前のことを互いに求めなくていいらしい。簡単に言うと相手のことを気遣った言葉、行動はしなくてもいいということ。相手より自分を優先しても受け入れ合うということらしい。

 男性よりも女性の方がわかってくれるだろうか。小学生または幼稚園生の時に同じクラスになった子に「おともだちになろう」と言ったこと言われたことがあるかもしれない。私も例外じゃない。小学一年生の時に言われたことがある。

 少し失礼かもしれないが、事実小さい子に相手のことまで考えて行動できる人はいないといっても過言ではない。無意識に自分を優先し、行動する。結果親などの大人から「相手の子のことも考えて」なんて叱られたりするものだと思う。だから先生たちは時間を設けてまでそういう類いの話を聞かせる。

 今私の前に座っている、やっと笑いが収まった彼女が求めているのはそんな小さい子達のような関係。でもこれではリネカ側にはメリットがないように見える。しかし提示してきたのにはなんか理由があるはず。なのに私にはそれが何かまで見極めるスキルがない。

「オトモダチがどういうものかは大体わかった。でもあんたがそれをしたい理由がわからない。私がこれを受け入れたらあんたが不利になるだけじゃないの?」

 リネカは私が何を言いたいのかわからなかったようでキョトンとしていた。

「千里さんが何をもって有利・不利と考えているのかわかりませんが、私はただあなたと対等な関係になりたいと思っただけですよ」

 これを聞いてもまだ納得できない。

 結局私は自分のメリットを基準として考え始めた。

 リネカの行動・言動には絶対何かしら理由がある。今までもずっとそうだったから。

 さっき彼女が言った通り、ただ対等な関係でいたいが理由かもしれない。でも私はそれだけじゃないと思った。根拠はない、ただの勘。

 この話、受け入れてもよさそうだし、受け入れたところで具体的に何が変わるんだと言ってしまうだろう。

 しかし私は悩んでいた。今までの関係が好きだったとか、固執していたとかではない。ただ単純に自分とリネカの利益の大きさを考え比べようとしていた。

 リネカは言ったことは必ずやる有言実行タイプだ。それができるほどの勇気と行動力をもっている。

 ここで衝撃的な事実を一つ提示する。私はリネカに反論することができない。してはいけない立場なのだ。リネカがこの案を提示してきた時から私には受け入れるという選択肢しかない。

 ではなぜこんなにも時間をかけて悩んでいるかというと、抜け道を探していた。もしかしたら今の関係を逆転できるものがあるかもしれないと。

 考えたところでなかったけど。

 結局私は彼女の提案を受け入れることになった。

 なぜこんなにも私は彼女と毎日一緒に過ごし、意味も分からない話に毎回付き合っているかというと、私の今の平穏は彼女がいなくては得られなかったものだからだ。私はリネカを手放してはいけない。その為なら私は何だってするだろう――。



 ***


 藤咲リネカは電車で通学している。

 藤咲家の最寄り駅から四駅先が千里とリネカの通っている高校の最寄りだった。

 駅から学校までは徒歩で十分にたどり着ける場所にあるため電車通学の多くの生徒とおなじように、リネカもバスや自転車などは使わずに学校まで歩いている。


 十一月二日放課後


 いつものように学校から駅へ向かっている途中でのことでした。代り映えのない日、いつも通っている道、しかしどこかふわふわした心地。

 前から近所の小学校に通っていると思われるランドセルを背負った小学生の男女六、七人のグループとすれ違いました。彼らはただいつもと同じように友達と喋っているぐらいにしか思ってないのでしょう。

 しかし彼らのいつもと同じふつうが私にはとても特別なものとして目に映ったのです。

 例えるのなら、キラキラ輝く小さなカラーダイヤモンドが散りばめられた美術品のようなものに見えたのです。

 どんどん小さくなっていく彼らの背中を私は歩道のど真ん中に立ち止まりながら、ほぼ無意識に見続けていました。

 ふと意識が現実に戻り歩みを再開したとき、頭の中に残ったのは彼らの楽しそうに話す顔とある言葉だけでした。

 —―いいな。

 小学生の頃にあった思い出はいろいろあって色あせ、今では楽しく過ごしたことを思い出しても全然嬉しくも楽しくも無くなってしまったのです。

 そんな乾いた私だったからでしょうか。余計に彼らが羨ましいのです。


 ***

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