2年秋【恋バナ】
九月十四日(晴れ)
今日のリネカはいつもと違った。朝から机に向かって考え事をしているようで眉間にしわを寄せたり溜息をついたりしている。嫌な予感しかしないがお昼の菓子パンを持って近づき、何かあったのって問いかけてみた。
「あ、千里さんでしたか」
リネカは上の空。声をかけないと私に気づかないことから相当何かに集中していたことがわかる。
「千里さんに質問なのですが…」
リネカはとても言いづらそうにしていたが意を決したように言葉をつなげる。
「き、気になる人とかいますか」
目の前の整った白い顔が一気に赤くなり、その勢いはこちらにまで伝染しそうだった。
私はリネカの耳元に自分の口を近づけ、補助するように左手を耳と口の間に置いた。少し聞きづらかったけど、ハッキリさせたくて聞いてみた。小声で。
「ちなみに誰なの?」
「隣のクラスの渡辺君です」
リネカはすぐに答えた後さらに頬を赤らめ始めた。
私は反対にまた衝撃を受けた。隣のクラスの渡辺というのは見た目は良くて女子にカッコいいなんて言われて人気だけど愛想がなくてとても感じが悪いって噂されてる
マジか。なんて思っているとリネカは頬を赤らめたままいきなりこっちを見た。かと思うと私にさらなる衝撃を与えた。
「では、これから彼に会ってきますね」
「———はぁ?」
私は最初彼女の言ったことが理解できなかった。『会ってきます』…? 誰に…?
この流れなら該当者は一人しかいないのに、私の頭は働かず全然その一人を絞り出せなかった。
「彼って誰?」
「渡辺君に決まっているじゃないですか」
「今からってなんで今なの、早すぎない?」
頭の整理が追い付かず、まだ状況がわかっていない私にリネカは笑いながら説明した。
「実は昨日のうちに手紙を出しておいたのですよ」
リネカは両手の人指し指で長方形を空に描く。きっと手紙を表しているのだろう。
「これから校舎裏で会う約束をしたのです。そろそろ約束の時間なので行きますね」
そう言って席を立ち、彼女は私の横を通って教室を後にしていった。なぜかいつもより足取りが軽く感じた。
私はというとその場に静止、教室の真ん中に突っ立っていた。
リネカを止めようと伸ばした手は彼女に触れることすらなく、不自然に空中においてあった。
まだ状況の理解に苦しんでいた。が、すぐに我に返って彼女の後を追った。
リネカの恋の行方がとても気になったしまった。普通告白現場に関係ない人が現れるのはおかしいから気づかれてしまえば言い逃れはできない。そのことを後で弱みにされたくなかったので、気づかれないように距離を取りつつ不自然な音は立てないように隠れながら後を追った。
場所は変わって校舎裏。リネカが一人ぽつんと立っているのを私は校舎の影から見ていた。
季節が秋への変わり目で、最近晴れの日が続いていたから隠れることを環境によって邪魔されることはなかった。もし制服のどこかが濡れていたら不自然すぎるし言い訳しづらい。
視界も邪魔するものがなかったので、充分その場周辺も見ることができた。
リネカはまだ頬を赤らめ気味で緊張しているようだった。本当に少女漫画のヒロインさながら、恋する乙女のようだ。
リネカと私が校舎裏で待ち始めてから数分後、足音が聞こえてきた。現れたのは予想通りリネカの手紙で呼び出された渡辺だった。
私は渡辺を噂だけでしか知らず、見たことがなかったので少し興味があった。確かに整った顔ではあったが第一印象は噂通りに怖い、とあまりよくはなかった。
しかしリネカは彼が現れたとわかると嬉しそうにした。
そんな二人は会うとすぐに話始めた。私は少しだけ二人と離れていたので聞き取りづらかったが、ギリギリまで近づいて耳を傾けて集中した。聞こえてきた会話はこんなものだった。
「渡辺君今日はわざわざ来ていただきありがとうございます。いきなりこんなところに呼び出してすいません。しかしどうしても直接会って伝えたいことがあったので…」
「……俺もちょうど藤咲さんに伝えたいことがあるんだ」
渡辺は少しの間黙っていたが徐々にリネカ同様、顔を赤くして右手で頭を掻き始めた。
私は耳と目を疑った。
まさかの展開だった。私はフラれたリネカをどう慰めようかなんて考えていたのに、私の予想とは真逆にいい感じの雰囲気だ。これじゃ本当に少女漫画のワンシーンだ。
そんな中リネカから告白する。
「実は私、前々から渡辺君と友達になりたいと思っていました。お願いします」
リネカに応えるように渡辺も告白する。
「俺も藤咲さんと友達になりたいと思っていたんだ」
二人は数秒間目を合わせ、二人だけで盛り上がっていた。
「それでは私達は友達ですね」
「よ、よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
二人で両手を合わせてハイタッチなんかをしている。私は何を見せられているのだろう。目の前の男女二人は新しい友達を作ることに成功し、単純に喜んでいるようだ。
私も普段なら『新しい友達ができてよかったねー』て言って終わっていた。しかし、今の私は到底そんな気分になれるはずもなかった。
私は隠れていることも忘れて校舎の影から飛び出し、リネカに近寄る。リネカは私がいることを最初から知っていたようで驚きもしなかったし、やっぱりと目で語っていた。それに反して渡辺の方は私がいることに気が付いていなかったようで少し驚いていた。
リネカはクスクス笑っていたがそんなことはお構いなしに私は彼女に問い詰める。
「あんた、渡辺が好きな人だって言ってたじゃん。友達ってどういうことなの?怖くなって妥協したの?私の知ってるあんたは絶対そんなことしないのに」
つい口調が荒っぽくなってしまった。当の本人はまだクスクスと笑っている。まるで可笑しくてたまらないと言わんばかりに。そして余裕そうな口調で回答が返ってきた。
「私がいつ好きな人がいると言いました?」
「えっ?だってさっき教室で言ってたじゃん」
私はリネカの言葉に困惑した。リネカはクスクスという笑いはやめたが目は笑ったままだった。
「確かに私は気になる人がいるとは言いました。これまでの渡辺君を見ていて彼とは仲良くできそうだと思ったからです。私は別に渡辺君を恋愛対象として好きなわけではありません。気になる人と好きな人は別物でしょう?」
私は敗北感が湧いてきた。リネカは好きな人とは一度も言っていないのだ。私は勝手に気になる人=好きな人と思い込んで決めつけていたのだ。屁理屈だと言われるかもしれない。でも、もし本当にリネカに好きな人ができたら、彼女はその人のことを『気になる人』などと遠回しには言わないだろう。そんなことをわかっておきながら決めつけてしまった。私の失態だ。
しかしこれだけは言いたい。それっぽい雰囲気を出していたリネカにも原因はあると。彼女にそう告げたところちゃんと答えが返ってきた。
「渡辺君は部活にも無所属で授業が終わるとすぐに帰ってしまうので時間帯としては昼休みがベストだと思ったのでそうしました」
「なんで校舎裏なんかで…」
「場所は学校で人目につかない場所が他になかったからです。ほら、渡辺君はあまり人と一緒にいるところを見ないので、いきなり女子といたら変な噂がたって迷惑になるのではないかと思ったので」
あれは?これは?あとは…。
「それに今の私には恋愛よりもやることがあるので、ねぇ千里さん?」
「…ん?」
リネカは同意を求めるように私の名前を呼んだけど、私には何のことかさっぱり分からなかった。
恋愛よりも優先順位の高いこと、勉強かな。リネカは頭がいいからテストで良い点を取ることは私よりも大事と思うかもしれない。
「これで満足していただけましたか」
私に言い返せるはずがない。的確で行動の全てに当てはまっていた理由だと思った。
ちなみに、頬が赤かったのは単に緊張していたからだという。嘘だと思うが。拒絶されたら嫌だと思い、変に力が入ってしまったらしい。
そんな感じで疲れた一日が終わった。
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