私の日常日記

真和里

2年春【真実者】

◆◇◆

 以前書いていた『私の日常日記』に書ききれなかったエピソードを追加しながら、ついでに文の直しもして、不定期で更新していきます。

 完結している方がいいという方は【完結版】をよろしくお願いいたします。

◆◇◆


 類は友を呼ぶ、ということわざがある。意味は似たものは自然に集まって仲間を作るということ。

 私はこの諺が正しいと感じたことが何回もある。

 街を歩いていても自分たちの好きなこと話題にして笑いあっている人達はたくさんいるし、世間にはファンクラブというものがある。あれは典型的な同じ趣味をもつ人達の集まりだ。

 普通に生活していれば似た人達は集まり友達や仲間といった集団になっていく。そう考えると、この諺は誰にでも当てはまる言葉である気もする。

 しかし、私には当てはまっていない。いつも私の横にいる人が私と同じ類の者だとは到底思えない。私と彼女とでは容姿も性格も、好みも何もかもがまるで違う。

 いつか彼女から言われた『友達になりませんか?』という言葉。素敵だと思っていたこの言葉が私を縛る呪文になったのも、私には当てはまらないこの諺のせいだと罪を擦り付けたいぐらい私には合っていない。


 私の名前は中野千里なかのちさと。ごくごく普通の特に珍しさもない、探せばどこにでもいそうな一般人。普段は近くの公立高校に通う女子高生。

 一人っ子で両親共働きと家族構成も特に珍しさがなく、親の収入だって周りと変わらず貧しくはないが豪華な生活が送れているわけでもない。

 ごくごく一般的な生活・人生を時間に抗うことすらせずに送っている。

 今日も学校に行って、眠いなーなんて思いながら授業を半分聞き流して受ける。

 授業を四つ受け終えると教室の上の方に設置された四角いスピーカーからチャイムが流れる。多分ほとんどの人の頭に浮かぶであろうあのメロディーだ。

 昼休みの開始のチャイムと同時に私は教室中央付近の自分の座席から二列隣、窓際の藤咲ふじさきリネカというクラスメイトの座席まで移動して昼食をとる。これは日課みたいに当たり前になりつつある行動だ。

 いつも通りリネカの座席の方に向かうと私は目の前の景色に目を奪われた。一ヶ月に一回程度、本当に多い時には一週間に二回の頻度で同じ現象が私に起こる。そしてその時私の視界に必ず写っているものはなのだ。

 今日は開け放たれた教室の窓から流れ込んでくる風を受けて彼女の髪はまるで舞っているかのように煽られ、整った顔に当たる陽光がドラマや舞台のスポットライトのように彼女を照らす。

 この藤咲リネカというクラスメイトは私とは全てにおいて真逆の人間である。白い肌や整った顔、まるで純白のような長くきれいな色素の薄い髪などの見た目、性格、大体のことをこなせてしまうほどの学力と運動能力、コミュニケーション能力などなど。

 私において普通でない部分があるのならば間違いなく彼女の存在だと思う。

 私が座席近くに移動してくると、それに気づいたリネカは待っていたように問いかけてきた。

「千里さん、聞きたいことがあるのですがいいでしょうか」

 またか、と思いながら心の中で溜息を一つ。私はいつもと同じく近くの椅子を借りて座った。



 五月十六日(曇り)


「もし真実を話しても信じてもらえなかったら、もしくは周りの人が真実を話しているのに信じてもらえていなかったら、あなたはどうしますか」

 藤咲リネカからいつも通り唐突に話題を振られた。

「あんたにそんなことが起こったの?」

 つものくだらない冗談だと思い、呆れながら聞く。

 パン、軽い破裂音。

 登校途中に買った菓子パンの袋を開けた。

「まさか。例えばの話ですよ」

 私はパンをかじりながら心の中で、やっぱりと呟く。私の予感は的中し最初から本気で相談に乗るような姿勢で話を聞かなくてよかったと心底思った。そもそもリネカの突拍子もない話達に本気で相手をしてはいけないのだ。

「でも悲しいですよね。信じてもらえないなんて」

 リネカは机に肘をつき手を組んで言う。まるで自分で出した例えに同情するかの様な話し方だ。どこか遠くを眺めているような目と顔つきが似合い、絵になるのだから憎みきれない。

「でも、あんたはそんなことないんでしょ?」

「なぜそう思うのですか」

 少し嫌味っぽく言ってみたがリネカには効かなかったようで、にやりと笑みをうかべながら理由を聞いてくる。

「だってあんたに悲しいなんて感情ないでしょ?」

「あら、私だって人並みの感情くらいありますよ」

 絶対にそんなことはない。

 この半年間、私は誰よりも彼女の近くにいた自信がある。でもリネカからそんな感情など感じ取った覚えがない。今現在も感情がないなんて言われているのに何事もなかったのようにスルーするぐらいだ。周りの意見など気にしない人が周りに一つ信じてもらえなかっただけで悲しいなんて感情は本当に出てくるのだろうか。

「それで千里さんはどう思いますか?」

 うーん。一応聞かれたので腕を組んで考える仕草をする。

「でも信じてもらえないのって内容にもよるけど、その人との信頼とか親密度とかにもよるんじゃない?普段嘘をついている人がいきなり本当のことを言っても誰も聞かないでしょ」

 考えた割には適当な答えになった、というよりは思いつかなかったの方が正しい。

「確かにその人との信頼度は重要ですね。しかし――」

 リネカは顔を上げ私の目を正面から見つめる。

「内容にもよるというのはどういうことでしょうか。信用・親密関係なく信じてもらえない内容というのは」

 キレイな二つの瞳に見つめられ相変わらず彼女は綺麗だと再認識するが逃げられないような恐怖に似たものも感じるから、リネカは怖い。

「た、例えば宇宙人に遭遇したーとか。私有名人の誰々と友達なんだーとか?最初宇宙人の方はありえないって言えるけど、どっちも話だけ聞いたんじゃ本当かどうかは判別できないよね」

「信じがたい話ではありますが、完全に否定はできませんね」

 リネカはうーんと私の意見を熟考して言ったが、すぐにフフッと微笑みながらこの話題に終止符を打った。

 私はちょうど食べ終わった菓子パンの入っていた袋をすぐに捨てられるように小さく丸めて結んだところだった。

「あんた授業中にこんなこと考えてたの?」

 呆れた。

「はい。でもちゃんと授業も参加してましたよ。このノートを見てください」

 そう言ってリネカから差し出されたノートはとてもきれいにまとめられて見やすいものだった。

「…やっぱり勉強できる人はいいな」

 ポロっと出た小さな本音は昼休み終了五分前のチャイムと重なり消される。急いでノートと椅子をそれぞれの持ち主に返し、教室後方のごみ箱に小さくされた菓子パンの袋を投げ入れて自分の座席に戻った。

 午後の授業中、今日のリネカはおとなしい方でよかったと心の中で胸を撫で下ろした。願うなら明日からもこんな調子でいてくれないかと、普段は信じることもしない神に願った。


 この時私は気づかなかった。背後から私を射抜く勢いで向けられた目線に。

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